はじめてのおるすばん



 ワクワク、ワクワク。
 そのときがくるまで、将臣はドキドキワクワクした胸を抑えられずに朝食を取っていた。ベーコンの入った目玉焼きをフォークで突き刺して、もふもふ食べる。一口で入れすぎて、むせたところを母親が苦笑して飲み物を渡した。
「まーさおーみくーん、おーはーよー!」
 ピンポーン、ピンポーンと何度かチャイムが鳴って鉄砲玉のように玄関へ将臣は走りドアを開けた。すると、リュックサックを背負った望美が望美の母と連れ立ってやってきた。
「のぞみか!」
「のぞみだよー!」
 元気な声で返事をする。
「まさおみくんでしょ?」
「みればわかんだろ」
「あははーそうだね!」
 顔を見て何故か相手を確認する、子供らしい行動に母親たちは苦笑する。
「譲くんは?」
「うん、嫌がってるんだけどねぇ……まだ譲は置いていけないからやっぱり連れてくわ。心配だし」
「そうね、じゃあやっぱり望美と将臣くん二人だけね」
 将臣の母親はしゃがみこみ、将臣の肩に手を置く。
「将臣、よく聞いてね。今日は望美ちゃんと将臣の二人でお留守番をしてもらいます。母さんたちは夜に帰ってくるけど、二人で大丈夫よね?」
「おーけい!」
 胸を張ってドンと叩く将臣。それを見て、母親は頭を誇らしげに撫で繰り回した。
「よし、将臣は男だね。よく言った! ガスの元栓とかはちゃんと締めていくけど、くれぐれも火は使わないように。それと、雨が降ってきたら洗濯物取り込んでね、踏み台使えば届くよね? ああ、勿論踏み台で遊んだりしないように」
「わかってるよ、だいじょうぶだって」
「何かわからないことがあったら、冷蔵庫に貼ってあるメモを見ること。それじゃあ、母さんたち行って来るから」
「うん!」
 同じく望美の母親が望美にも同じことを言っており、二人は顔を合わせると苦笑した。呼ばれてやってきた譲が望美と将臣を交互に見てから、羨ましそうな顔をしたものの何も言わずに母親に手を引かれて出て行った。
 さて、将臣はそれをずーっと見送ると、二階へ駆け上がり、自分の部屋のベランダから外を眺める。車庫から車が出て行くのを見届けてから、後からついてきた望美に振り返った。
「のぞみ! きょうはいっぱいあそべるぞ!」
「うん、ずっとあそべるね!」
 望美は握りこぶしで手を大きく振る。嬉しさのポーズのようだ。
「なにしたい?」
「あのね、おままごと!」
「そんなのだせーよ」
「ださくないもん、おままごとやるの! だってのぞみいっぱいもってきたんだよ?」
 そして望美は自分の持っていたリュックサックを開けると、がさがさと人形やおままごとセットを取り出した。
「しょうがねぇな、それじゃあじゅんばんだぞ。おわったら、ウルトラメンごっこだからな」
「うー……わかった」
 渋々ながらに頷いた望美。とりあえず約束を取り付けてしまえば望美も逆らえまい。それに時間はまだまだたっぷりとあるのだから。
 満足した将臣は、望美が用意したネクタイを巻けないにもかかわらず首元に垂らした。


「あなたー、おかえりなさい。おふろにする? ごはんにする? それとも、わ・た・し?」
 エプロンを着用した望美に言われるがまま遊び倒して、早数時間。いい加減、このやりとりにも将臣は飽きてきた。
「ウチのかあさんそんなこといわねーぞ」
「だってこうするのがせおりーだってテレビでいってたもん」
 自慢げに胸を張る望美を訝しげに見る将臣。
「おまえ、せおりーのいみわかってんのかよ」
「さぁ? どういういみ?」
「おれがしるかよ」
 結局巻けなかったネクタイは首に引っ掛けておいた。それすらも今はわずらわしくなり、ぽいっと投げる。
「なー、そろそろウルトラメンごっこしようぜ」
「やだー、まだあそぶんだもん」
「ずーっとそういってるじゃんかよ」
「むー」
 望美はしかめ面をしている。実際にしかめ面をしたいのは将臣のほうなのだが、望美の剣幕は時に恐ろしい。一度泣き出したらなかなか止まらないのである。しかも、今日は親が居ない。喧嘩しようものなら後で殴られるのは目に見えているので、将臣もそんなに強くは出られない。
 だが、そろそろ我慢の限界に達するという頃、タイミングよく外からお昼のサイレンが聞こえてきた。
「のぞみ、おままごとはいったんおわり。ひるめしくおーぜ! おれ、はらへったよ」
「あ、それならのぞみ、ちゃんともってきたよ」
 望美もお腹がすいていたのか、将臣の提案には否を答えることもせずにリュックサックを漁り始めた。
 そんな彼女が取り出したのは、ケースに入ったサンドイッチ。
「食っていいのか?」
「うん、でもここじゃだめ。ちゃんとテーブルでたべよう」
 意外にしっかりとした意思を持っていた望美は立ち上がると、将臣の手を引いた。特に逆らうことも無いので将臣も立ち上がる。
 外を見ると、少し天気がぐずついていた。
「あめふりそうだね」
「そうだな」
 心配そうに呟いた望美に肯定してから、将臣は立ち上がった。


 望美母の手作りサンドイッチはそれはそれはおいしかった。将臣は満足だ。望美も満足だ。そこでふと、デザートの存在を思い出す。
「のぞみ、いいもんあるぜ」
 それは今朝、将臣が母親と二人で更に取り分けて練乳をかけたいちごだった。冷蔵庫から取り出したそれに、すっ飛んできた望美は、将臣が持っている器に感嘆の声をあげる。
「れんにゅういちごだー!」
「かあさんがあさ、デザートにふたりでたべなさいっていってた」
 言い終わる前に、望美は皿の中に手を伸ばして一粒つまむ。ひょいっと口の中にいれて、その甘さにきゅうっと顔をほころばせた。おいしくて頬に手を当てる。
「おいひい」
「おれのぶんものこせよな」
 言いながら将臣も一粒口の中へ放り込む。練乳の独特の甘味に、将臣は顔をしかめかけたが、食べられないほどではない。将臣だって嫌いじゃないのだ、練乳いちごは。
 そうして二人して座りもせずにがっついていると、窓ガラスに水滴が当たった。食べてる二人が気付いたのは、少し経ってからの事。
「うわ、せんたくもの!!」
 先に気付いたのは将臣。望美に持っていた皿を押し付けると、先ほど同様二階へと駆け上がり洗濯物を取り込み始めた。幸い、量はそんなに多くない。雨を見越していた母親が無理ない程度に干して行ってくれたらしい。雨ざらしになっているものは少ないが、こうなったら乾燥機に入れてしまうと習っている。
 タオルやら衣類やらを取り込んで、将臣がそれをかごに入れていると、小さなリズミカルな足音をさせながら、望美が階段を上がってきた。顔を覗かせた望美は皿を手放すことなく、二階へやってきたようだ。将臣は取る気など無いが、望美なりに将臣の魔の手からお菓子を守ろうとした結果なのだろう。傍から見ると食い意地が張っているようにしか見えないが。
「のぞみ、おまえしたにいってろ。じゃま」
 重いものを持っているだけに、将臣も言葉に余裕が無い。望美はムッとしたようだったが、大人しく従った。やはり同じようにリズミカルな足音をさせていったが、その音が少しだけ大きかった。
「なんだよ、アイツ……」
 ムッとされたことにムッとして、将臣は洗濯物を階下へと運んだ。乾燥機のスイッチを押した将臣がリビングに戻ってくると、望美が将臣に背を向けて人形遊びをしていた。その背中がなんだか寂しそうで将臣は声をかけた。
「のぞみ、ままごとのつづき、やるか?」
 せめてもの、将臣の妥協案だった。けれど、望美はこちらを見ない。
「やらない。のぞみひとりであそぶ」
「なにおこってんだよ」
 将臣には望美が怒る理由がさっぱりわからない。
「しらない、まさおみくんのばか」
 そんな将臣の心知らず、望美は頑なに拒否を続けるのだった。
「なんだよ、ばかっていったほうがばかだ」
「のぞみばかじゃないもん、まさおみくんだもん。いいの! ほっといて!」
「あーそう、じゃあもうしらねーからな!」
 それから二人はお互いがまるでいないかのように振舞って、一人遊びをし始めた。


 天気は本格的に悪くなり、雷音まで聞こえてきた。外を見れば暴風雨状態。夜になっても回復しないので、将臣は本格的に不安になってきた。
 なんだか、気のせいならいいが先ほどから電灯がちかちかと光っている。
 ――ゴロゴロゴロゴロ………。
 遊んでいた車を置いて顔を上げる。窓から見える遠くの方で、白い閃光が空を駆けた。
 ――ドォン!!
 痛烈な音が直後響き渡る。あまりにも大きい音で、将臣も驚いて声を上げてしまったくらいだ。
 だが、それより更に驚いたのは望美だった。
「うきゃあ!」
 飛び跳ねた望美はリビングのソファの上に飛び乗って、クッションで頭を押さえた。まさに、頭隠して尻隠さず状態だ。
 さすがに、そんな望美を放っておけるわけもなく、将臣は望美に声をかけた。
「のぞみ、こわいのか? こっちこいよ」
「こわくなんかない! こんなのちっともへいき!」
 そういう割にはビクビクしている望美の体。体全体がプルプル震えていて、まるで小動物のようだ。音が響くたびに「きゅう」と潰れた声を上げる。
「なんでそんなおこってんだよ……言わなきゃわかんないだろ!」
 将臣もそろそろ、理由が思いつかず怒っている望美にイラつき始めた。
「だってまさおみくん、のぞみのことじゃまなんでしょ!」
「はぁ?」
「じゃまって、さっきいった!! だから、のぞみのことおいて さきにひとりで いっちゃったりするんだ」
 望美を置いて先にいったって何の話だろうと考えてから、洗濯物を取りに行ったときを指しているのだと気づく。
「せんたくものなんだからしょうがないだろ」
「でも、せっかくふたりであそべるのに」
 ぐすぐすと望美の声に鼻声が混じってきてしまった。このままだと泣く、将臣が泣かせたことになる。望美が泣くのは将臣も嫌だった。
「のぞみ、ちょっとまってろ」
 望美に一声かけてから、将臣はリビングを出て行った。
 また置いていかれた……。
 望美が一人打ちひしがれていよいよ本気で泣き出す寸前、温かい何かが望美を包み込んだ。
「それでもかぶってれば、こわくないだろ」
 将臣が持って来たのは、洗い立てのバスタオルだった。大きなそのタオルはいい匂いがしていて、望美の涙が少しだけ引っ込む。
「ま、まさおみくんは?」
「おれはべつにいーよ。こわくないし」
 目をごしごしと擦った望美は、そこでようやく将臣を見る。鼻を啜る音が何もない部屋に響いた。
 その直後、再び雷が落ちる。
「ひゃあ!!」
 ガタガタと震え続ける望美。将臣はもう一度望美を呼んだ。
「のぞみ、こっちこいって」
 将臣が居たのは、ダイニングのテーブルの下。ポンポンと手で隣を指している。
「こわくねーから、ずっといっしょだろ?」
 その一言がバネとなり、望美の身体を動かした。望美は急ぎ足で将臣の隣に座ると、その服の袖を握った。
「おれだって、ずっといっしょにあそべるのたのしみにしてたんだ。ほんとはじゃまなんておもってねーよ、ごめんな」
 ふるふると、望美は首を振る。酷いことを言った自覚は望美にもある。
「のぞみも ばか っていった。ごめんなさい」
 お互いに仲直りをして望美と将臣は手を繋ぐ。雷の音も、もう。望美は気にならなくなっていた。
「ちゃんとまもってやるよ」
「うん、まさおみくんだいすき」
 そのうち、泣きつかれたのか、安心したのか、二人は眠ってしまった。バスタオルにくるまった望美が将臣に寄り添うように、また大きく足を伸ばした将臣が望美を守るように眠っているのを、帰ってきた母親'sが面白いものを見たと言いたげにクスクスと笑う。珍しいものを見たと、笑って写真をとった母親が起こすまで、二人は夢の中でも手を繋いで笑顔で走り回っていた。





 メールで友人に送りつけたリクエスト物です。七瀬瑞樹さんに捧ぐ。

   20080919  七夜月


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