特別じゃない特別


 異常気象に猛暑が続き、台風はくるわ竜巻は起こるわ、ここ最近のニュースは常に天候異常で賑わっている。が、それよりも(不謹慎だが)大事なことのある望美は、ここ数日悩みに悩んで過ごしていた。端から見たら怠惰にゴロゴロ過ごしているように見えるかもしれないが、決してそうではないのだと誰にともなく言い訳する。
 譲に密やかに探りを入れれば「この歳にもなって、とか兄さんは言いそうですから。俺はあまり凝ったものはあげませんよ」とのこと。
 この歳になっても祝われたい望美からしたら、譲の言葉は確かに間違ってないが納得は出来ない。将臣が言いそうだが、祝いたいものは祝いたいのだ。
「一番におめでとうは言ったし」
 午前零時を回った時点で電話して、お祝いの言葉は言えた。一番乗りだったことに満足したものの、将臣は「おう、サンキュー」といつも通りの反応だ。
 いつも通りじゃない将臣の反応というのも気持ち悪いが(笑顔でヒノエや弁慶みたいなことを言い出したら頭を疑う自信がある)、物足りないという気持ちは否めない。
 おめでとうを言ったら次はプレゼントだ。もちろん用意はしてある。学生の身分である望美が出せる金額などたかが知れているので、お金がかかるものではない。将臣自体もそんなにお金をかけたものだからと言って喜ばないし、むしろこちらの懐具合を心配しそうだ。そんな部分は幼なじみとして、彼が兄貴分なのをちらつかせるようで面白くない。素直に喜べばいいのにと、不満が漏れる。
 まだ渡してもないプレゼントの反応を想像して若干不機嫌になりかけた望美は、突然鳴ったケータイに尖った声のまま出てしまった。
「もしもし」
『なんだ、機嫌悪いな。アイスの食い過ぎで腹でも壊したか』
 笑いを含んだ声はまさに今想像していた相手だったので、望美はふてくされて正直に言った。
「将臣くんが素直にプレゼント受け取ってくれないからだよ」
『貰ってねーのに文句つけようがねぇだろうが』
 その通りだ。あくまで望美の妄想の出来事なのだから。
『で、お前俺にプレゼントくれるつもりなのか?』
 機嫌の直った望美は剣呑な声を引っ込めて将臣に尋ねる。
「うん、だからいつ帰ってくる?」
 強いて怒ることと言えば、誕生日の日にバイトを入れたことだろうか?
『ちょうどいい、お前ちょっと出てこいよ』
「なんで?」
『俺を助けると思ってさ。お前がくれば解放されて、プレゼントも貰える。一石二鳥だろ』
 訳がわからないが、とりあえず珍しく将臣が困っているらしい。素直に返事をして将臣が指定する場所を聞いた。
「じゃあ、またね」
『頼んだぜ、気をつけてこいよ』
 電話を切ってから、悩んでほんの少しだけおしゃれをした。別に将臣は望美がジーンズだろうがスカートだろうがなにも言わないが、なんとなくおしゃれしたかった。

 望美が約束の場所に行くと、将臣はいなかった。鎌倉の駅前だ。少しは人がいるとはいえ、この時間なら人波で見つけられないなんてことはないというのに。
「なによ、自分で言ってたくせに……どこにいるんだろ」
 ケータイを取り出して将臣にコールしようとしたら、望美の腕が急に取られた。
「望美、よく来たな」
「将臣くん! どこにいるのかと……」
 望美は思わず言葉を途中で止めた。将臣のあとを追うように、何人かの女の子と男の子がくっついてきたからだ。
「うっそ、ホントに彼女いたんだ」
「だから言ったじゃん、無理強いはよくないって」
「しかし、さすが有川っつーか。彼女も可愛いな」
 望美は疑問符を浮かべて将臣とその相手を見つめた。なんだろう、これはどういう状況なんだろうか。
「でもさー、いくら呼ばれたからってホントにくる?」
 中でも特に、化粧もバッチリしている可愛い子が望美に敵愾心を放つかのように言った。直感的に喧嘩を売られていることはわかったが、すぐさま買うほど子供ではないつもりだ。
「望美に頼んだのは俺だ。こいつはなんでここに呼ばれたかもわかってねーよ」
 望美を庇った将臣に、望美はこっそり嬉しさを感じたが、それだけではなんの解決にもならない。
「将臣くん、お願いだから状況説明して」
「バイト先の常連と先輩。今日俺の誕生日っつーのをどっかで知ったらしくてさ。祝ってくれるって言うけど、先約があるって断ってたところだ」
 ふむ、と望美は納得した。
 なんとなく状況は把握した。将臣は誰かに捕まって逃げられなくなったんだろう。それで先約を取り付けた望美を召喚してそれを証明しようとしたわけだ。
「ええっと、わたし引いた方がいい?」
 一応のお伺いを立てて将臣を見上げると、ムッとしたように将臣が望美を小突く。
「バーカ、そうしたらお前を呼んだ意味がねぇだろ」
 居てもいいのだ。了承を貰ったからには望美も強気の姿勢を保つ。
「と言うことなので、将臣くんはわたしが連れて帰ります。ごめんなさい」
 嫌みにならない程度に振る舞うと、一人を除いて笑顔を見せた。それが了承の合図だろうと勝手に解釈すると、望美は背中に突き刺さる視線を感じて振り返った。殺意のこもった視線をまさかこの時代で感じることになろうとは、そう思うが望美も譲れない。
「大したことないじゃない」
 負け犬の遠吠えよろしく、呟かれた言葉が胸に突き刺さった。確かに自分は可愛くなんかないけど!と心で言い訳していたら、将臣の歩くスピードが上がって望美の手首を引っ張った。
「ちょ、将臣くん?」
「悪かったな。面倒なことに巻き込んじまって」
 さっきの言葉が将臣にも聞こえていないはずがない。気を遣っているのだと望美にもわかった。
 気にするなという言葉の代わりだろうか。
「いいよ、選んでくれたから」
 望美がそう言うと、将臣が少し笑って望美の頭を撫でた。誰に何を言われようと、将臣が選んだのは望美だ。だから、負けるもんかと思える。
「あの子、将臣くんが好きなんだね」
 望美が呟いても、将臣は反応しなかった。肯定も否定もしない時はイエスだ。こういうのに鈍そうに見えて、無意識に勘が鋭いのだ。この様子だと告白されてたりするかもしれない。
「でも、わたしだって負けないし。あげない」
「俺はモノかよ」
 呆れたように言った将臣に望美は真剣に言った。
「今はもう、わたしの将臣くんだから。平家にもあの子にもあげないんだから」
 将臣は歩みを止めて望美を見下ろした。そこには驚きの表情が浮かんでいた。
「何か文句でも?」
 畳み掛けるようにそう聞き返すと、将臣は何かを言おうと口を開きかけて逡巡した。ん?と望美が促すと、観念したように溜息をついた。
「そうホイホイ上げ下げされてたまるか。俺はお前のお守りで充分だよ」
 皮肉にも愛情が込められてる気がしたのは、望美の欲目だろうか。たとえ欲目でもにやけるのは止められない。
「素直でよろしい」
 女王様気取りで胸を張ると、「調子に乗るな」とまた小突かれた。
「ほら、行くぞ。さっさと帰ってプレゼント寄越せ」
「なんでそんな上目線なの?」
「俺とお前の力関係は俺のが上だから」
「違うよ、わたしのが上!絶対!」
「どの口が言ってんだー?」
「いひゃい!はなひてひょ!(痛い、離してよ)」
 いつもみたいにじゃれあって家路を歩く。誕生日だからって特別じゃない、普通の会話だ。なんだか悩んだのが拍子抜けするくらい、なんてことない一日。だけど、まだ誕生日は終わってないのだ。
「望美、帰るぞ」
 帰ろうと将臣が手を伸ばしてくれるのを取るのは、誕生日限定じゃない。特別じゃないことを出来る特別ってある意味ではすごいのかもしれない。いつもと同じように、今日もまた過ごしていく。
「うん」
 誕生日でも、そうでなくても、将臣の腕をとって歩けるのは望美だけの特権。これを手にしているうちは、なんだかんだで幸せなんだと納得した。







   20090812  七夜月


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