いっぱいのおめでとう 「兄上、急いでください。のんびりしていたら望美の式に間に合わなくなるわ」 「これでもすごく急いでるんだけどなあ」 「つべこべ言わずに足を動かして」 「はいは〜いっと……これで全力だって言ったらまた怒られるかな」 「なにか言った?」 「なっ、なんでもないよ〜」 むかしむかし、あるところに、とても優しい神様がいました。 その神様は時の狭間に迷い込み、ただじっと待っていました。共に世界を救ってくれる、とても強くて、とても優しい一人の少女を。 雨が降る空の下、今日も神様は少女を待っていました。すると、ようやく少女に出会えたのでした。優しい少女は神様を見捨てることができずに、救いの手を差し伸べました。少女のその手は剣を掴み、少女は運命に抗う道を選びました。 「遅いぞ、お前が最後だ」 「ごめんね〜、譲くんにお土産でもと思ったら荷物がまとまらなくて」 「せっかくの姫君の晴れ舞台を遅刻なんてことになったら、間違いなくあんた置いて先行くよ」 「ひどいなぁ」 「兄上がだらしないからでしょう」 「ふふ、仲違いはそれくらいにしませんか? 彼を責めていて遅刻なんて、笑えない冗談ですよ」 「アイツ目が笑ってないよ」 「あれ、なんか今寒気が……」 「なんだ、風邪でも引いたか?」 「いやぁ、それはないと思うんだけど……へっくしゅん!」 「もう、いつもお腹を出してるからそんな風に風邪引くんです」 「いやいや、それは違うよ!?」 「とにかくさ、急ぐんだろ? さっさと行こうぜ」 「その通りだ、皆、準備は出来ているな」 「はい、先生!」 「もう一度、彼らに会えるのですね」 少女には仲間が居ました。彼らは少女を守るために神様が選んだ少女の盾でした。ですが、少女は決して彼らの後ろで戦うことはしません。少女は仲間が大好きでした。たとえ盾であろうと、仲間が傷つくことを許さなかったのです。 少女はたくさん傷ついて、たくさん泣いて、たくさんたくさん笑いました。 そして、果てなき戦いを続けていました。運命を変える、そのためだけに。 「皆、準備はいいね? では、時空の扉を開くよ」 「ああ、頼む」 少女は頑張りました。何度も運命を上書きして、そのたびに傷ついて癒せぬ傷を心に刻んでも、たった一人で戦い続けました。 そんな少女のそばには、小さな頃からずっと一緒の幼なじみが居ました。一人は少女をそばから守り、もう一人は遠くで少女を見守っていました。遠くに行ってしまった幼なじみとは一度は袂を分かちましたが、二人は再び巡り会います。 幼なじみは少女よりも大切なもののために戦い、少女は幼なじみよりも大切なもののために戦っていたのです。 けれど、二人の道は決して平行線ではありませんでした。目指す形が違っても、最後には手と手を取り合い、みんなの笑顔が輝く世界を取り戻したのです。一度は交えた剣を捨て、代わりに互いの手をつなぐ姿を仲間はみんな祝福しました。 「皆さん、こっちです!」 「譲くん!久しぶりだねー」 「挨拶は後回しにしましょう、時間がありません。走って!」 「ええ! 今も走ってきたばかりなんだよ〜」 「文句はあとで聞きますよ。とにかく急いでください。兄さんたちは向こうに居ます」 少女の世界が救われて、そして少女には仲間との別れの時がやってきました。今まで共に戦ってきた仲間との、最初で最後のお別れです。 少女にはいるべき場所があり、また仲間にも帰るべき場所があります。平和になった世界には、少女の握る剣も、少女を孤独にさせる力もいりません。 ただ、それぞれの幸せがある場所へ、向かってゆくだけです。 少女にはもう戦う仲間はいりませんでした。少女の駆ける戦場はどこにもないからです。そして仲間もまた、戦士としてではなく、一人の人間として生きてゆく術を探し始めたのです。 「ねえ、兄上」 「うん?」 「私、あの子に会えて良かったわ」 「……うん、そうだね」 「あの子が幸せになる姿を見られて、私も幸せなの。不思議ね、涙が出てくるのよ」 「不思議じゃないよ。俺も嬉しいさ」 そして、数年の時を経て、誓いが永遠になる日がきたのです。 優しい優しい神様は、優しい奇跡を起こしてくれました。異なる世界の仲間と少女は、もう二度と会えることはないはずだったのです。 「ここに来るのも、なんだか久しぶりですね」 「オレたち、いっつも走ってる気がするよ〜」 「兄上、喋ってないで走ってください!」 「おい、いたぞ! 望美、将臣!」 「お前ら……!?」 「みんな、来てくれたんだ! すごい……すごく嬉しいよ」 少女は今日も笑いました。綺麗に着飾った衣装を翻して、手を引かれてゆっくりと歩いていきます。 仲間の内の一人は懐かしく思いました。 いつも走っていた自分たちの、先頭にいたのはいつだって少女でした。彼女の背中を見ながら、その迷いのない真っ直ぐな道のりを自分たちも走ってきました。 けれど、少女はもう走ることはしません。戦で傷だらけだった手は白く美しく、一緒にいた頃より遥かに大人びた顔立ちで、ゆっくりと神様の前に立ちます。 少女はもう少女ではありません。仲間が一度も見たことのない、ただ一人の女性でした。 少女の手を引く、穏やかな笑みを浮かべるかつての仲間は、その大きな手で少女を包み込みながら、誓いの言葉を高らかに述べました。 ああ、そうか。 君は幸せになるんだね。 今この宣誓が神の元に届いた時に、 君の幸せを神が見守り続けるんだ。 少女だった女性の名前が今日から変わり、かつての仲間は彼らの姿を見守ります。 そう、仲間としてではなく、大切な古き友人として、彼らは少女に会いにきたのでした。 むかしむかし、あるところに、とても優しい神さまと、とても優しい少女、そしてその少女のとても強い仲間がいました。彼らの縁はとても強く、異次元さえも超えて互いを思いやり、生涯の友と呼び合う仲になりました。 了 20100108 七夜月 |