【壱】 その日は生憎の雨だった。 「登校中に雨だなんて、ついてないよね〜。敦盛さん、大丈夫?」 「これくらいならば大したことない。その……心配かけてしまってすまないな」 「疲れたりはしていない? 貴方この間倒れたのだから、無理は禁物よ?」 先日の体育の件をいわれているのだと知り、敦盛は苦笑いを浮かべた。 不覚にも授業中、素晴らしいほど晴れ渡った空の下、皆で仲良くドッチボールなぞをしていたら、見事敦盛は熱射病にかかって倒れたのだった。 「今日は雨だし、気にするほどではない」 「本当に? 熱など出ないかしら」 朔は心配そうに溜息をついているが、心配をさせてしまっている敦盛は落ち込んでしまう。こんな身体じゃなければ、こんな風に朔を心配させることなどないのに、と。 朔も敦盛が気にしてしまったことに気付いて慌てて笑顔を浮かべた。 「ごめんなさい、貴方を責めている訳ではないのよ? 少しだけ気になっただけなの。でも、貴方が大丈夫だって言うなら、大丈夫よね。ごめんなさい、心配性だから、つい…ね。あまり、気にしないで」 心配かけた挙句、今度は気を使われてしまった。男としてだけでなく、人間として情けない……敦盛ははぁっと心で溜息をついて教室の中へと入っていった。 雨は止まない。午前中ずっと降り続け、敦盛は昼食を食べてから昼休みにいつもの部活に励むでもなく、うとうとと自らの席で舟を漕いでいた。敦盛の身体は濡れて、少しばかり体温が奪われそれを昼食により補ったため、どうやら今度は睡眠を欲しているようだ。 夢うつつの気持ちよさを存分に楽しんでいると、後ろの席の望美と朔がひそひそと何かを話し合っている声が聞こえてきた。 「……ね、景時さん……だって。じゃあ、次は……かな?」 「何言ってるの……わけ、ない……どうして?」 「だって……私も転校してきたし……さんも」 「貴方は……じょうぶよ、だって望美は……」 話の会話の要所は聞き取れないのだが、景時という単語にうつらうつらしていた敦盛の脳内が目覚める。何の話をしているのか知りたくて、しばらくそのまま眠ったフリをしていると。 「でも、湛快さんは…行方不明のまま戻ってこないし…」 「シッ。望美、その話はまた、ね。ヒノエ殿が戻ってきたわ」 元気なヒノエの声が教室の中に戻ってきて、望美と朔はまるで何事も無かったかのようにヒノエや弁慶と話をしていた。笑い声さえ聞こえる。 けれど敦盛はその輪に交わろうと言う気が起きなかった。初めて聞いた湛快という名、一体誰を指すのか。 「全員席についてるかー? それじゃ、午後の授業を始めるぞ」 九郎の声が遠くで聞こえていた。眠気は吹っ飛んだものの、今度は何故か薄ら寒い感覚が身を襲って無意識に身体を震わせた。 きっとこれは寒さのせい。それ以上意味を持ったりなどしない。もってはいけないのだ。敦盛はそう考えて、暗い意識の中へと自らを沈み込ませていった。 【壱】 了 【弐】 20060705 七夜月
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