【弐】 チモチモチモチモチモー……。 遠くで蝉の鳴く声が聞こえる。初めて聞いたときは異世界に迷い込んだかと思わせるような蝉の鳴き声ではあったが、慣れてしまえば大したことない。 ちなみにアブラゼミのようなチモモリの鳴き声はチーモチーモチーモと素で聞こえてきたりすることがこの間判明した。 夕暮れ時に啼く蝉の声ほど悲しく響くものは無い。そんな情緒を感じさせるのが夏。敦盛は考え事をしていたため静かに歩いていた。後ろにいるのは、望美だけ。 「敦盛さん、ねぇ……何かあったんですか?」 いつもなら部活を休まずに皆に付き合う敦盛が、初めて休みたいと言った。朔は「そんな日もあるわよね」といいヒノエと弁慶は「勝負は持ち越し、また明日な」と深く追求せずにそれぞれの家へと帰っていった。(ちなみに、ヒノエと弁慶は実は一緒に暮らしていたりする) 「気になることがあるなら、言ってください。私、言われないと解らないバカだから……」 いつも分かれる地蔵前で立ち止まったのは望美。敦盛は考え事をしていたことを止めて、後ろを振り返った。 望美はしょぼくれるように俯いて、敦盛を見ようとしない。 だが、思考は今日の事、チモ見沢で起きる事件の事、それら全部が合わさって他の事を考える余地が無かった敦盛は望美につい口を滑らせてしまった。 「神子、あの……こんなことを聞いてはなんだが……私に隠し事をしていないか?」 敦盛の言葉に望美はきょとんとした後、盛大に笑った。 「やだなぁ、してませんよ、そんなの」 「本当に? 何も隠し事はしていないか? たとえば……私だけが知らないこのチモ見沢の秘密があるとか」 ザァーッと夏の風が二人の間を遮った。舞い立つ埃にクセで顔を覆った敦盛が再び望美を見たとき、望美は俯いていた。敦盛の中で警鐘がなる。この薄ら寒い、背筋が凍るような感覚、以前にも一度味わったことがある。 そう、あれはゴミの集積場でのことだ。 「そんなの無いよ。あるわけ無いじゃない。やだな、敦盛さん」 あの時と同じように、望美の声がワントーン下がっていた。敦盛は自らの声が震えないようにと、腹に力を込めて言葉を告げる。 「だが……」 「それより敦盛さん。敦盛さんも隠し事を私たちにしてないかな?」 「えっ……?」 「敦盛さん、隠し事してるよね? 私たちに言ってないこと、あるんだよね」 「そ、そんなことしていない……私が神子たちに隠し事だなんて」 取り繕うように言った言葉は、そこにいる望美だけでなくとも嘘を言っているということは知られてしまうだろう。自分でも解るほど、動揺してしまった。 隠し事なんてしてないと言い切れないのは、やはりあの時会った刑事の事だ。敦盛としては単純に、望美や朔が疑われてると知ったら嫌な思いをするだろうと黙っていたのだが、ここでは裏目に出てしまった。 「嘘だッ!!」 望美の目が開き、赤く染まった瞳孔が、これ以上無いくらい開かれた。 「…………ッ!」 「敦盛さん、この間九郎先生に呼ばれた後裏門のところに止められていた車に乗ったよね? あれ、刑事さんでしょ? 何の話をしてたのかな?」 近づいてきた望美はいつものような優しい笑顔ではなく、にやりと、こちらの心持がひんやりするような冷酷な笑顔を浮かべていた。 「なんで……」 「何で知ってるのかって? 私は敦盛さんのことなぁんでも知ってるよ? だってチモモリ様は見てるもん。チモモリ様に隠し事なんて、出来ないんだよ?」 一歩一歩、望美が近付くたびに下がる敦盛の歩幅。ガクガクと震えの止まらない身体の背中に嫌な汗がつーッと垂れた。 このままじゃ、確実に自分は危ない目に遭う。敦盛は直感した。だが。 「なぁーんてね! ビックリしました? ちょっとした冗談ですよー。言いたくないなら無理に言わなくていいですから」 そろそろこの辺でお別れですね〜。と望美はニコッと笑って敦盛にそういった。 「それじゃ、敦盛さん、また明日!」 ぶんぶん大きく手を振って、望美は敦盛とは反対側の三者路へと歩いていった。残された敦盛は足から力が抜けて、ガクッと地蔵の前で膝を突いた。 今あった出来事、冗談では決して済まされない。 望美の目は確かに色が変わっていたし、纏うオーラもいつもとは全然違っていた。それどころか、別人といわれてもおかしくないほどの態度。 正直言って、怖かった。感情から何から何まで支配されるんじゃないかと思うほど。 ガクガクする手を無理やり押さえ込んで立ち上がると、ふらつく足取りで敦盛は家へと帰っていった。 【弐】 了 【参】 200600904 七夜月
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