【エピローグ】 あの日を境に敦盛は再び都内の病院へと戻ってきていた。酷使した心臓が弱ってしまい、このままでは危険だと判断されたためである。数日前までは集中治療室に入っており、ようやく一般病棟に移されたところなのだ。 あれ以来、チモ見沢の人間と話をしてはいない。たまにお見舞いとしてわざわざやってきてくれる将臣が色々と話をしてくれるくらいだ。 「ちっす、敦盛。目は覚めてっか?」 「将臣殿! わざわざご足労頂き、有難うございます」 「気にすんなよ。俺もまぁ、出張みたいなもんだしな」 あれから、敦盛は将臣から案の定事情聴取されたが、例に漏れず敦盛も記憶喪失のフリをした。 最後に助けてくれた望美を守るには、自分が何も覚えていないことにするしかない。 将臣はそれでもやはり鋭かったが、敦盛の頑なな態度に次第に諦めていったようだ。 「それで、みんなはどうしているんですか?」 「藤原弁慶とヒノエは、無事退院したぜ。っても、打撲と擦り傷だしな。やっぱりあいつらも記憶を失ってたみてぇだし、今回もまたお蔵入りって奴だな。梶原朔はいつもどおりだぜ。普通に学校に行って、九郎と共に大学受験に向けて特訓を始めたらしい。今は寂しそうっちゃー寂しそうだが、すぐに仲間が帰って来るんだし、また賑やかになるだろ」 敦盛は将臣を見上げて、一番尋ねたかったことを尋ねた。 「……神子殿は?」 「……春日望美は転校した。今よりずっと北の土地に」 「……そうですか」 何となく、今までの将臣の態度からわかっていた。望美がどこかへ行ってしまった事、そしてそれが必然の運命であったことも。 これで良かったのだろうか? という想いが頭をもたげるが、仕方が無いことなのだ。結果として彼女も自分も助かることが出来た。これでよかったんだ。 「お前、チモ見沢に帰ってくるのか?」 将臣の言葉に、敦盛は首を横に振った。 「しばらく、また都内で様子を見ないと……心臓が悲鳴を上げてしまうからって先生が」 「そっか……ま、なんにせよ。お前が無事で良かったよ。じゃあ俺は帰るな。出張はこれで最後なんだ。だからもう来れねぇかもしんねぇけど、お前も元気でな」 「はい……あ、将臣殿。最後に一ついいですか?」 「ん? なんだ?」 「チモ見沢って、古くからの伝説とかってあるんですか? 大昔からの言い伝えとか」 「言い伝えねぇ……そういや、そんなのがあったなぁ。確か、鬼と人間の娘の悲恋、だったかな」 結局、望美の中に居たのは一体誰だったんだろうか。それに、今はどうなっているのだろう。誰かを探しているようだった。けれど自分にはもう遠い存在になってしまった。 「そうですか、ありがとうございました」 敦盛は将臣に心の底からお礼を述べて、彼を見送った。もしかしたらもう二度と会えないのだと思うと、さすがに感慨深いものがある。彼のお陰でこうして生きていられるのだから。 あれ以来、鉄扇はどこかに行ってしまったようで、敦盛は見ていない。 託されたものだったので罪悪感が生まれたが、弁慶の手紙には気にしないでくれと書かれていた。あれは戻る場所へ戻ったのだから、と。 よくは解らないが、敦盛も弁慶の言うことを納得して、忘れることにした。 チモ見沢で起こったことは、きっと敦盛の心を支配してやまないのだろう。それでも、少しとは言えあの場で生き敦盛は未来を手に入れた。 これから先、チモ見沢で起こったことより大変なことはなかなかないだろう。 チモ見沢で助けてくれたみんなに心から感謝した。 残暑が厳しい頃合で、赤い夕日が病室内を照らす。 思い出すのは望美の瞳。けれど、今はもう届かない場所に行ってしまった。 せめて彼女のこれからが明るくなるように。 そう願って敦盛はカーテンを閉めた。 チモモリの啼く季節はもう終る。 【楽屋裏其の伍】
20060723 七夜月
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