繋がるゆびきり 2 「最近の王はだいぶ疲れていらっしゃるようだな」 官人の噂話が那岐の耳に入り始めた頃、もう千尋と会わなくなってだいぶ日付が経っていた。あと少しで完成する例のもの、風早によれば今日中には出来るとのことだった。 これでようやく千尋に会える。当日まで内緒にしていたいという風早の断固たる願いにバレるといけないからと距離を置いてきたが、千尋が自分を探しているのに自ら術で姿を隠すのはとても心苦しかった。これも全部、風早のせいだ。 「那岐、来てくれ」 そんなときだった、忍人に呼び止められたのは。彼に従って回廊の隅へと足を運ぶ。那岐が彼から聞かされたのは、公務の最中に千尋が倒れて床に伏せているという情報だった。 それを聞いた瞬間弾かれるように顔を上げた那岐が取った行動は、すぐにも千尋の部屋へと向うこと。珍しく足早なその後姿に溜息をついた忍人はこれまた珍しく微笑を浮かべてやれやれと肩を竦めた。だがその微笑も長くは続かない。 「おや、忍人。珍しいですね、貴方がこのような一興に手を貸すなど」 「……ただ、見ていられなかっただけだ」 突然背後から姿を現した柊にそっけない態度で返答した忍人は、柊を置いてさっさと歩き出した。それを見て柊も忍人と同じように肩を竦めると、彼の後を追うようにして歩き出した。 那岐は千尋の名前を呼びながら、彼女の部屋へと入る。すると背中を向けている千尋の脇で、遠夜が座っていた。那岐の顔を見ると首を傾げてそれから笑った。遠夜は立ち上がり、千尋に何事かを告げると(那岐には聞えない)千尋が小さく頷く。それから那岐の脇を通って部屋を出て行った。その際にもう一度那岐と目が合って遠夜は微笑んでいた。 那岐はその遠夜の行動がよくわからなかったため怪訝な表情しか返せず、とりあえず千尋の傍に寄って座った。 「千尋、起きてるんだろ。倒れたって聞いたけど」 そういった時に千尋の手が那岐の手を掴んで、怒ったように睨んでいる千尋が起き上がった。 「やっと捕まえた」 その一言で、那岐は自分が担がれたことを知る。 「一応聞いておくけど、倒れたって話は?」 頭を押さえつつ那岐が尋ねれば、千尋は律儀に答えた。 「忍人さんにお願いしたの。那岐を捕まえたいから協力してくださいって。那岐は忍人さんなら無視できないでしょう」 とはいえ、この作戦だと本当に那岐が千尋に愛想を尽かしていたら決して成功しなかったわけであるが。 未だに自分を心配する心は那岐の中に残っていると確信できて、千尋はほんの少し安堵したがそれと同時に何故避けられているのか解らない。 「何故なの、那岐。どうして私から逃げるの」 「逃げてないよ、どいつもこいつも…誤解を招く言い方はやめろよな」 那岐は担がれた自分が情けないやらで呆れるやらで声に覇気がない。千尋からするとそれはこんなことまでした自分に呆れているように思えて、少し挫けそうになる。 「だったら教えて、私教えてくれるまでこの手を離さないからね」 振り払われたらどうしようと思いながら那岐の手を握る力を強めると、那岐は特に抵抗しなかった。それどころか、強く握り返された。 「言っとくけど、文句があるなら風早に言いなよ」 「え、ちょ……!」 そういって那岐は立ち上がる。千尋は引っ張られるように立ち上がらされて、那岐と手を繋いだまま引きずられるように部屋を出る。 「那岐、待って……!どうして、どこいくの?」 「理由を言うまで離さないんだろ、だったら黙ってついてきなよ」 手を繋いだまま橿原宮内部を歩かされて、何事かと度々官人が振り向く。なんでもないの、と口にしながらも、引きずられててなんでもないもないだろうとつっこまれ、誰のせいだと思ってるのか睨みつけたら那岐が止まった。そこは今は使われていない、物置小屋のような部屋だ。ある程度の広さはあったが物が乱雑に放置されており、以前千尋が部屋に入った時は埃こそ掃除されてはいたものの、不要な竹簡やら置物が積み重なっていたのを覚えている。こんな場所に何の用があるんだろう? 「風早、千尋にバレた」 部屋をカーテンのように覆い隠す幾重もの布越しに那岐が言うと、風早が布の合間からそっと出てくる。その顔は苦笑が浮かんでいて、とてもじゃないが文句を言えるような荒立った気になるものではない。 「そうか、少しばかり早いかなと思ったけど、まあ仕方ないですね」 「千尋が仮病使ったんだよ、まんまと騙された」 置いてけぼり状態の千尋は、えっ、えっ、と那岐と風早の顔を交互に見る。そして風早が千尋の頭を小さな頃と同じように撫でた。 「俺はね、ずっとこの日を夢見てきました。貴方が幸せになる、その日をずっと。だから、ちょっとばかり那岐に無理を言いました」 「本当だよ、おかげで僕が悪者みたいになってるし」 那岐は腕を組んでいささか不機嫌そうに立っている。彼の態度から察するに、今回の千尋とのすれ違いは本位ではなかったのだろう。だが、解るのはそのくらいのことだけで、千尋は何を意図して言われているのかさっぱり解らなくて、風早の目をじっと見つめる。風早の金色の目が、千尋を捉えて縮んだ。 「こちらの結婚式も悪くはないんですけど、やっぱりお育てした姫を俺の手で那岐に預けたかったんですよね」 あっけらかんと風早はそう言った。先ほどから何を言いたいのか概要がまったくつかめない、千尋は瞬きを繰り返した。そして風早に導かれるまま開いたカーテンの先に視線を移して、たぶんこれ以上ないくらいに驚いた。 「教会……?」 千尋が以前にテレビで見た結婚式は教会で執り行われていた。そのときに、ふと「いいなあ」と呟いたことがあるが、まさかそれを覚えていたとでも言うのだろうか。何年も前の話だ、それこそ異世界に言った頃に物珍しくてついつい呟いてしまったくらい、ささいな出来事の話。 「なっ…ええ!? どうしたのこれ!」 感動よりも驚きが先行してしまって、千尋の開いた口は閉じない。 「那岐の鬼道と俺の力を組み合わせてみました」 風早もまさか鬼道が使えるの?と千尋が聞き返すと、どうやらそうではないらしい。 「主に知恵ですね。なにぶん那岐はこういうの興味ないですから。鬼道で形を描こうにもどういうものか解らなければ難しいでしょう」 千尋の視線が風早から那岐に移ると、彼は千尋から視線をずらしていた。確かに、女の子が喜びそうなものは那岐よりも風早の方が詳しい。 「それに、約束しましたから」 風早は微笑んだ。 「明日は采女に作ってもらったウェディングドレスを着てくださいね。式の本番は明日ですから。一度くらい、向こうの形式に則ったっていいでしょう?」 何もかもを中つ国の形式に捉われる必要はない。風早からそういわれて、千尋は俯いた。 驚きが収まれば、自分のためにと奔走してくれた那岐と風早への感謝の気持ちで胸がいっぱいになる。 「悪かったよ、避けてたのはこれを当日まで千尋とか…まあ、こっちの人間で形式にうるさい人にバレたくなかったからで」 言葉は濁したものの、那岐が言いたいことは十分に解った。本当はきっと那岐だって乗り気じゃないんだろう、いつもなら面倒くさいの一言で片付けられてしまう。それなのに、千尋のためにわざわざこうして準備をしてくれたのだ。風早と一緒に、千尋が喜ぶだろうとただそれだけの理由で。 「ありがとう二人とも」 浮かびそうになる涙をぐっと空を見上げて堪えて、千尋は風早に抱きついた。すぐにも那岐からムッとしたようなしかめ面が浮かんで、それを見た風早は笑った。 「……抱きつく相手が違うだろ」 呟いた那岐にすぐに引き離されて、クスッと笑った千尋は今度は那岐に抱きつく。 「ありがとう、本当にありがとう」 向こうの世界で過ごした「葦原千尋」という存在も、この二人は大切にしてくれている。本当は夢見た結婚式があった、けれどここでは決して叶わない。千尋の知る結婚式を挙げられないことはとても残念だったけど、一緒になれるなら別に形にこだわらなくていいかなとそう諦めていたのだ。そんな千尋の想いまで汲み取ってこうして普段はそんなに仲良くない二人が力を合わせてくれたのだ。 風早は喜んで那岐に笑顔を向けている千尋を見て、ようやくホッと胸をなでおろした。自分の役目はずっと千尋を育て傍で守り続けること。中つ国の落日、那岐という少年も共に連れて異世界へ渡りそこで大切に千尋を育ててきた。彼女が幸せになれるその日だけを祈って、大切に大切に守り続けてきた。それが、一つの区切りとして明日変わる。千尋の手を引いて歩いてきたその役目を、共に育ててきた那岐という存在へ譲渡するその日。風早が未来を導くという意味で千尋の隣を歩けるのは、明日が最後になるかもしれない。 だが、それでいいと風早は思う。千尋がこうして笑っている姿が永劫続くのならば、彼女の手を引く役目が自分でなくても構わない。そして、その相手が那岐なら尚更。千尋と一緒にずっと過ごしてきた、千尋の…そして風早の心許せる相手。 明日、全部変わる。風早の中でも、那岐の中でも、そして千尋の人生も。王としてだけではなく「葦原千尋」の幸せを手に入れるならそれは良い変化なのだ。 『約束ね、一緒に隣を歩いてね』 幼い姫が風早に求めた指切り、風早の脳裏に彼女と交わしたその約束が果たされる日がくる。 千尋の頭を苦笑しながらもいとおしげにぐしゃぐしゃにしている那岐、そして那岐の前で怒ったフリをしながらも彼と手を取り合い嬉しそうにしている千尋、風早は手に入れられたこの安息に、涙が出そうなほどの喜びで満たされた。 了 遙か3がオールキャラギャグだったから、遙か4もオールキャラ総出演にしてやろうと思ったら、常世の存在が非常にネックになりました。 なので常世以外は全員出してみた、つもり。つもりなのは、後々サザキが出てないことを<b>指摘されて</b>知ったからです。素で忘れてた……ごめん。酷いって散々言われた、だって忘れちゃったんだもん★爽 (しかも推敲したのに登場させる気皆無ってね!だって長くなりそうだったんだ!これが限界だよ!) しかもこれ、那千と銘打っておいて実は風早の話だったりするんですよ← オチを考えてた際はずっとヴァージンロードを歩く風早と千尋で、風早から千尋を那岐が受け取るみたいな構図が頭に浮かんで離れなかった……orz(そこまでは書いてないけれど) あれ、リクエスト那千ですよね?結婚前or結婚後の那千ですよね?← でも風早にいい格好させたかったんです……!アシュのルートであっさり「いってらっしゃーい」な感じだったから…! と、途中は那千ってことで……!(脱兎)あおの様すみませーーーん!!!!! 20080924 七夜月 |