肩越しに振り向く君の瞳に映った僕 夢というのはなんとも不可思議なもので、サザキは自分の鼓動を抑えて跳ね起きた。 なんの夢を見ていたかはもう既に覚えていない。だが、この意図的に心臓を押さえたくなるような鼓動の速さはなんなのだろう。夢の中で追われる夢でも見たのか、それとも別の何かを見たのか。覚えていないことをいつまでも考え続けるのは馬鹿馬鹿しい。サザキは綺麗さっぱり忘れることにして大きく伸びをした。 「あー、今日もいい天気だな」 欠伸を一つしながら、にんまりと笑みを浮かべる。 「さーてと、姫さんはもう起きてっかな」 軽快に寝床から飛び出して、サザキは自慢の羽を一つ羽ばたかせた。 サザキがこの天鳥船の船長に就任したのは、少々前の話になる。一年には満たない、幾月か前の話だ。そう考えるとまだまだサザキはここに乗っている連中とは打ち解けていない部分もある。未だに那岐はどこかしら冷たいし(サザキは知らないが、それでも本人はだいぶ譲歩しているらしい)、忍人などの軍人にも踏み込めない領域を感じている。だがサザキはこんなものかと気にしていなかった。それもそうだ。サザキは本来海賊であり、こんな狭い大地の上だけじゃなく、もっと広い海に出るのが夢なのだから。小さなことは気にしたら負けだ。そんなことはカリガネにでも任せておけばいい。 「よう、姫さん! 調子はどうだ」 堅庭に出て早速千尋の姿を見つけたサザキは上機嫌で千尋に声をかけた。千尋は肩越しにサザキを振り返ると、笑顔を見せた。 「おはようサザキ、私は今日も元気だよ。サザキは?」 「ん? オレか? オレも当然元気だ。加えて今は機嫌もいい、朝からひとっとびと洒落込みたいもんだが、姫さんも連れてってやろうか」 「ふふ、ありがとう。でも今日は遠慮しておくね。サザキは楽しんできて」 そしてサザキはようやく千尋が腕に何かを抱えていることに気づいた。ゆっくりと千尋に近づいて、サザキは腕の中のものを窺った。 「にー」 千尋の腕の中に居たのは、子猫だった。自然とサザキの顔も緩む。千尋にどうしたんだ?と聞くまでもなく、彼女はすらすらとサザキの思考を読み取ったかのように欲しい情報を与えてくれる。 「迷い猫みたい。いつの間にか木を伝って入ってきちゃったみたいなの。だから、親を探してあげようかなって思って」 「姫さん直々にか?んなもん、他のヤツラに任せりゃいいじゃねーか。姫さんはただでさえ忙しいんだぜ、休める時は休んどけって」 「ありがとう、でも私が見つけた子猫だから、最後まで面倒見てあげたいんだ」 千尋は腕の中で「にーにー」鳴いている子猫を撫でてやりながらそう呟いた。サザキはそんな千尋の様子を怪訝そうに見つめていたが、やがて諦めたかのように溜息をついた。 「わかった、オレも空から探してやるよ。こういうのは人手が多い方がいいだろ?」 「手伝ってくれるの? ありがとう、助かるよ」 サザキにお礼を述べながら千尋は子猫に頬を摺り寄せる。 千尋のこんな自由で幸せそうな姿はいつまで見られるのだろうか。そんな時間はもうあまり残されてないのかもしれないとサザキは直感的に感じ取ったが、それでも千尋が今を楽しんでいるのだからいいと思う。その時間が少しでも長く続けばいいとそう願う。 サザキは羽ばたき空に浮遊する。すぐに千尋の姿は小さくなり、その顔がじっとサザキを見ている。安心させるように片手を挙げてからサザキは飛んだ。 鳥のように、風のように、大空を滑空する。そしてサザキは目を凝らしながら地上を注意深く観察した。猫もそうだが、もしも敵が潜んでいたらそれこそ猫どころの騒ぎじゃなくなるので、神経を集中させる。 天鳥船の周囲に妖しげな人影は見られない。こうして空を飛んでいると、色んな角度から人々の様子が見られるので、サザキはだいぶ気に入っていた。 千尋は腕の中の子猫を抱えながら堅庭の周囲を見ている。表情から察するにどうやら猫は見つからないようだ。そして、そんな千尋に話しかける人物が代わる代わる現れる。 始めは風早、当然猫の存在に気づいて、千尋と談笑した後に姿を消した。次は那岐。千尋に話しかけられて面倒くさそうに頷き返してからいなくなる。布都彦、遠夜、そして柊に忍人。更にはアシュヴィンまでもが声をかけている。サザキは千尋の周囲に人が集まるのをなんとはなしに口元を緩ませながら見ていた。千尋は色々な人に囲まれている。自由であろうがなかろうが、それがいいとも悪いともいえなくても、千尋の周囲には人がたくさんいる。それはきっと千尋の力に変わる。千尋はいい方向へとその力の真価を発揮できるだろう。 少ししてから天鳥船の周囲にちらほらと人影が見え始めた。そろいも揃って猫を探しているのだとサザキは気づき、なんだかおかしくなった。 この少女はいるだけでこんなにも人を惹きつけてしまう。それは誰にでも出来ることじゃない。上に立つものが放つ高貴な気配があるからこそ。 「結局、姫さんは姫さんだもんな」 自分で呟きながら、その台詞に少し胸が痛い。と、サザキが意識を一瞬逸らしたときに、天鳥船の天蓋上部で日向ぼっこをしている猫二匹を見つけた。千尋が抱いていた子猫と似た柄をした猫が一匹いる。ということはこの猫たちが親猫と見て間違いないだろう。 「おーおー、そりゃ姫さんが必死に探しても見つからねえわけだ」 サザキは気持ちよさそうに目を細めているネコ二匹の首元を掴むと、すぐさま連れて千尋に向かって飛んだ。 「にーー!」 「にーーーー!」 「いて! 引っかくなって! あだだだ!」 暴れまわる猫に顔やら腕やらを引っかかれサザキは傷だらけになりながらも、猫を千尋の元に連れ帰った。 「姫さん、ほら見つけたぜ」 「本当? ありがとうサザキ!……って、その傷どうしたの? 大丈夫? 遠夜に診てもらったほうが…」 「大丈夫だって。あとで診てもらうしよ。それより子猫は?」 子猫はサザキが戻ってくるまでに眠ってしまったのか、すやすやと千尋の腕の中で丸まっている。 親猫は子猫の姿を見つけると、座り込んだ千尋の元までいって足元にすがりついた。 「さすがに三匹は重いなあ」 千尋の膝を占領した親猫そして腕を占領している子猫に肩を竦めて、サザキは笑った。 「姫さんはすげえな、なんでも引き寄せちまうんだから」 人でも動物でも、種族を問わずに千尋の周囲には人が集まってくる。サザキも人を惹きつけると仲間からよく言われるが、それでもやはり千尋には敵わない。 「ふふ、それを言うならサザキのほうだよ」 動けなくなってしまった千尋は、肩越しに振り返りながらサザキに言った。 「サザキはお宝でも何でも、ちゃんと見つけてしまうのね。私なんかがいくら探しても、見つからないものを。それはきっとサザキにしか出来ないんだね」 言われてサザキは目を見張った。フラッシュバックする何かの記憶。猛烈な既視感がサザキを襲った。 「ありがとう、サザキ」 お礼を言った千尋の笑顔に何故か固まってしまって動けなくなったサザキは、みるみる内に赤くなっていった。 「サザキ?」 「い、いや…なんでもねえ! じゃ、オレもう少し飛んでくるから! またな、姫さん!」 「あ、うん、本当にありがとう」 少しきょとんとしていた千尋に構わずサザキは背を向けると勢いをつけて飛び立った。 『ありがとう、サザキ』 サザキは突然今朝方見ていた夢を思い出した。それは千尋が微笑みながらサザキの手を握り締めてくれた夢だった。 鼓動が早くなる理由、顔が赤くなる訳、そんなことを考えていたら行き着きたくない答えにたどり着いた気がして、サザキは頭を振った。 「はー……マジかよ……」 頭を抱えながら今しがた気づいたこのどうしようもない感情に気をとられて、サザキはひときわ高い木に顔面から突っ込んだ。 了 電柱にぶつかる要領で← ごめん、最後までサザキがよく解らなかった!今も書いててあってんのか謎過ぎるw他人様のサザキを読んで研究したけど……駄目だw自分で書くとわかんないww 友人の誕生日プレゼントとして書いたはいいんですが、上記コメントどおりに全然サザキがつかめず困った困った!別の友達にも読ませてみたんですが感想が「青いなあ、サザキ」でした。うん、ごめん。わたしの想像するサザキとはちょっと違うんだけど、まあ友人好みのサザキなので仕方ないです。と無理やり自分を納得させたサザキでした← 20090205 七夜月 |