あなたのために




 口付けも、言葉も要らないから。
 欲しいのはその、温もりだけ。

「敦盛さん!」
 呼びかければ振り向き、ぎこちないけれど笑顔を浮かべる人。
「どうかしたのか、神子?」
 声が聞きたくて、その存在だけが愛おしくて、私は用もないのに敦盛さんを呼ぶ。硬い表情ばかりだったあの頃。今では私 以外の人にも笑顔を向けてくれるようになった。
「何かあったのか?」
 切った髪が肩先で揺れる。私と向かい合うとき、敦盛さんはちゃんと視線を合わせてくれるから。
「いいえ、ただ敦盛さんが答えてくれるのが嬉しくて……でも敦盛さん、私の事また神子って言いましたね?」
 意地悪く尋ね返すと、敦盛さんはとたんに顔を赤らめ照れたように視線を外してしまった。
「名前で呼んでください、その方が嬉しいです」
「すまない、慣れるまでは……その、難しくて」
 何も難しいことなんて無いと思うけれど、敦盛さんにとって私が神子ではなくただの望美になったことにはまだ慣れていな いらしい。
 正しく言うと、敦盛さんだけの私。
「ゆっくりでいいです……って、言いたいところだけど。こっちの世界で神子っておかしいですから、なるべく早く慣れてください」
 くすくす笑いながらそういうと、敦盛さんも柔らかい笑顔を私にくれた。
「あぁ、貴方の期待に添えられるように努力する」
「ふふっ、ありがとうございます」
 敦盛さんの手をとり、私はそっと額を敦盛さんの胸につけた。
「覚えてますか? 熊野にいたころ、こうやってよく手を繋ぎましたよね」
「ああ、勿論だ。その節は迷惑を掛けてすまなかった」
「迷惑なんかじゃないですってば。私そういったじゃないですか。それに、私は嬉しかったんですよ、ずっと」
 触れることをいつも躊躇い、人に頼ることをしない貴方が、私に触れて頼ってくれる。
「不謹慎だけど、敦盛さんを唯一……直に触れて感じ取れたときだったから」
 人を寄せ付けないようにしていたのは解っていた。けれど、私は敦盛さんの心に土足で踏み込んだ。
 正直言えば、嫌われるような行為だったはずなのに、敦盛さんはそんな私を怒らずにいてくれた。
 本当に、嬉しかったのだ。
「私を少しずつ受け入れていってくれる、貴方が」
 もしかしたら、運命の全てを諦めていたのかも知れないけれど、私と生きることを選んでくれた大切な人。
「敦盛さんが今こうして私の傍にいてくれるから、私は生きている喜びを感じられる」
「私は……私に出来るならば、貴方を幸せにしたかった」
 取っていた手が私の手を優しく包み込んで、敦盛さんの存在に守られていることを知る。
「敦盛さんしか私を幸せに出来ませんよ?」
 上目遣いで見上げれば、柔らかな双眸が「そうか」と告げるように弧を描く。
 だから。
「今度は私が貴方を幸せにする番です」
「いや、私は今のままでも十分に幸せだ」
「幸せに上限なんてないんですよ。昨日より今日、今日より明日。明日より明後日のほうが、ずっと敦盛さんが幸せになれる ように、私ももっともっと幸せになりますから」
 私の幸せを喜んでくれるこの人のために、私は今よりもずっと幸せになろう。
「たとえ結界に入るときじゃなくたって、こうして手を取り合っていきたいな」
 手を取り合うことが何よりの幸せ。何よりの幸福。存在の証。
「あぁ、そうだな。貴方がそれを望むのなら」
「敦盛さんは私が望まなかったら望まないんですか?」
「…………いや、きっと望んだと思う」
 負けたというように苦笑して、敦盛さんは私と目を合わせた途端に声を上げて笑った。
 敦盛さんが声を立てて笑うことは滅多に無いけれど、それでもたまにだからこそ、今の時間をすごく嬉しく思っていることが 解って私も同じく声を立てて笑った。

 ねぇ、敦盛さん。私の言ったとおりでしょう?
 たとえあの時が私の自己満足の言葉だったとしても、貴方には封印される以外にもちゃんと生きる道があるんだよ。
 普通の恋人同士のようなキスなんかはないけれど、それでもこの手が私に貴方を感じさせてくれるの。
 溶け合う幸せを見つけるのはこの合わさった手だね。
 私、頑張るよ。敦盛さんが幸せでいられるように。
 私もこの手の温もりを失わないように、ずっと貴方を守ってゆく。
 敦盛さんがいつだって、幸せでいることを願って。



 了




 やったね敦盛、神子は君が手を出すのを待ってるよ!な話。(違)
 あまくはないと思うのですが。ってかホント私敦盛さんの話だと途端にほのぼのになるなぁ。
 一番好きです、ほのぼのが。書くのがラクだし、気持ちもラクだから!
 ほら、甘くすると後々のダメージがでかいのですよ(微笑)
 あ、今更ですけど、コレ十六夜ED後ですよーネタバレですよー(今更だ)

 またやった……とちゅう途切れていたところを修正しましたー;ホントすいません;
 
   20050309   七夜月

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