初恋 初めて恋をすると、こんな感じなのかなってずっと想ってた。 「どうしました?」 他愛無いおしゃべりをして、その人のことばかり考えて、まるで自分が自分じゃなくなるみたいな、そんな感じ。 「望美さん?」 実際はそんなことする暇もないほど、私のあの時の状況は恋に現を抜かすことを許してくれなかったけれど。 思えば、初恋を初恋と自覚してからはいろんなことが早かった。 彼と一緒に居たくてこの世界に残り、私は今彼の家に住んでいる。 私の世界での結婚概念はこの世界とは違うから、私たちのとこの世界ではただの同棲でも一緒に住むだけでもう夫婦と認識されるのだ。 もっとも、正しく言えば契りを結んで、ってことなんだけど。 目の前で、私の言葉を待っているこの人の、私は奥さん。 口に出して確かめ合ったのは一度きり。 「弁慶さんの初恋の相手ってどんな人ですか?」 薬草を摘みに行くといった弁慶さんについて、私は京の山奥まで来ていた。 家の庭では育てられない種類の薬草が、ここら辺には自生しているようなのだ。 見本として弁慶さんが見つけたものを片手に、私は何気なさを装って尋ねてみた。 「いきなりどうしたんです? 僕の初恋の相手が気になるんですか?」 「……ちょっと気になっただけです」 穏やかに笑っていながらも、私はその目に捕らわれると否とはいえない。 ずるい人、いつも私が断れないように自分を見せる方法を知っているのだから。 「ふふっ、君の素直に免じて、僕も素直に答えようかな」 弁慶さんは少しだけ考え込むと、昔を想い馳せるように遠くを見つめた。 「知っての通り、僕は僧侶でしたからね。一応女性とのお付き合いというものは許されていなかったのですよ」 「にしては、結構女の人の扱いに慣れてますよね」 すばやく突っ込むと、弁慶さんは目元を緩ませた。 「荒法師として京に居た頃は、色々ありましたから」 その色々の部分がすごく気になったけど、とりあえず今は話を聞くことに専念する。 「じゃあ、初恋って言うのは?」 「そうですね……女性に対して憧れを抱いたことはありましたけど、恋というのは難しい。実際、男ばかりの山の中に育ちましたからね」 「そうなんですか?」 なんだかうまくはぐらかされた気がしなくもないけど、要は初恋は無いってことかな? いや、でも……ヒノエくんもそうだったけど、熊野出身の人って結構フェミニストだから、本当かどうかはやっぱり怪しいな。 「本当ですよ。その目は信じていませんね」 「いえ、別に弁慶さんの初恋が誰か知りたいわけじゃないんです。ただ、初恋のときの気持ちってどんなだったのかなって思って」 「初恋のときの気持ち?」 そんな難しい問いかけをしたつもりはなかったのに、何故か深く考え込んでしまう弁慶さん。そこまで真剣に考えてくれなくてもいいんだけどな。 「その人と居ると、胸が温まりました」 「それだけ?」 唸りながら悩んで、出てきた答えは案外普通なもので、私は思わず聞き返してしまった。 「いいえ、もっとたくさん色々なことを感じました。でも、一番しっくりくるのは、胸が温まるということだと思ったので」 「なるほど」 やっぱり、一言で表すって言うのは難しいのかな。 なんて考えていたら、今度は弁慶さんが私を見てにっこりと問い掛ける。 「君の初恋はどうだったんですか?」 その笑顔は、逃げることは許さないという意味でもある。元々弁慶さんに対して、誤魔化すことも出来ないし、私は正直に答えた。 「なんか、ぱーっと通り過ぎちゃいました。だから、よく分からないんです。確かに幸せだったかもしれないけど、それよりも大変なことのほうが多かったので、初恋って気付いたのがすごく遅かったんですよ」 「なるほど」 弁慶さんは頷くと、私に近づいてきた。距離が縮み、動かなかった私は顔を覗きこまれてしまった。 「では、初恋の気分がどんなものか、味わってみます?」 「へっ!?」 突拍子もないその言葉に、思わず声がひっくり返ってしまう。 「そんなことできるわけ……っ!」 「出来ますよ、君が望めばね」 「望む……?」 「ええ、どうします?」 どうしますって言っても、一体何をするつもりなのか……。 「参考までに聞きますけど、その方法って…?」 「簡単ですよ。君が僕を初めて好きになったことにすればいいんですから」 弁慶さんはまったりとしながら、そういった。でもそれって……。 「ぷっ……あははっ!それなら必要ありません」 思わず笑ってしまった私は、きょとんとしている弁慶さんを見て微笑んだ。 「だって、私の初恋は弁慶さんですから」 そう、命を懸けた者同士は特別な感情を抱きやすいというけれど、弁慶さんに対してはそんな安っぽいものじゃない。共に命を張って戦った仲間は他にも居た、でも私は彼に……彼の心に惹かれた。 じゃなきゃ、残るなんて大きな決断、絶対に出来ないもの。 「弁慶さんを好きだって気付いて、こっちに残ることにして、私は今、至らないとは言え一応貴方の奥さんなんですよね。初恋を味わう余裕なんて、全然なかったでしょう?」 ねっ?と同意を求めてみれば、弁慶さんはふっと笑った。 「なるほど、そういうことですか。なら、尚更僕に責任があるようだ」 「え?」 「しばらくは君の夫としてではなく、君の恋人として過ごしてみましょうか」 「恋人?」 「生活するうえであまり変わりは無いかもしれませんけど、気分だけでも……ね」 弁慶さんは悪戯を思いついた子供のように笑った。 「わっ!」 その時ふわっと風が吹いて、私の髪が宙に舞った。 「ふふっ、今ので木の葉も舞ってしまったようですね。ついてますよ」 「え? え? どこですか?」 頭を探してみるが、どこにもそれらしき感触は見当たらない。 「ここです」 そういって取ってくれた弁慶さんを見上げると、すごく優しい笑顔をしていた。 私の好きな笑顔。ここで目を瞑れば、きっと応えてくれるんじゃないかって思える。 考えるより先に、目を閉じていた。 弁慶さんの香りに包まれて、私は幸せな気持ちでいっぱいになる。 そっか、そういうことなんだ。少しだけど、解った。甘くて、酸っぱくて、ちょっとだけ苦い。こんな気持ちが初恋なのかな。弁慶さんがくれるこの口づけも全部、私が恋をして初めて知ることだから。 きっと、想像していたのと変わらないのだ。どの世界に居たって、好きな気持ちが変わらないのと同じように、初恋のときの女の子の気持ちはきっと変わらない。 そう考えたら、少しだけ大人になれた気がした。 ははは、白です。真っ白な弁慶さんです。 初恋は甘酸っぱい思い出ばっかりじゃないのよ、な話。 意味不明ですか、すみません。 さて、この白い雰囲気ぶち壊しなちょっぴりギャグテイストな後日談がありますので、良かったらスクロールしてみてください。 弁慶さんは、したり顔でこういうことを言う人です。 20051020 七夜月
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