いつも通りの 君が僕のところへきてから、一月は経つのでしょうか。 「あの、弁慶さん。布団の用意が出来ましたけど……まだ掛かります?」 「有難うございます、もう少ししたら寝ますよ。大丈夫ですから、先に眠っていてください」 「いいえ、私もまだ少しだけ起きてます。弁慶さんが寝たら、私も寝ます」 それは困ったな。どうやら今日もまた、僕は寝不足のようですね。 今日こそは、と意気込む君を見ると、僕の為にしてくれることを嬉しいと感じると同時に、やはり少し複雑な気分になる。 「解りました。でも無理せずにいつでも先に休んでくれて、構いませんからね」 「はい、大丈夫です」 威勢のいい返事が聞こえるのはいつものこと。しかし、慣れない京での生活はやはり君に負担をかけてしまっているのですね。君が寝るのはそれから大体半刻ほど経ってから。 僕を待ちきれずに壁にもたれかかって寝息を立てているのもいつものことです。 薬草を育てるための庭の手入れを終えて僕が家に入れば、君はすやすやと気持ち良さそうに夢の中なのだから。 幸せそうに眠る姿を見れば、思わず苦笑してしまう。 「こんなところで寝ていたら、風邪を引きますよ。薬師の家で風邪を引くというのも、変な話ですけどね」 「うーん…………」 起こさないように呟いても、君は唸るだけで一向に起きる気配を見せない。 そっと抱き上げて、いつものように寝室に運ぶ。 君の眠りはいつも深い。だから、起きないことを知っていたはずなのに、今日は勝手が違ったようだ。 「う、ん……あれ、私……寝ちゃったんだ……」 ボーっとした君は、僕の存在に気付いておらず、見下げる僕と視線が噛み合った時に初めて覚醒したらしい。 「弁慶さん? すみません、私……」 「いいんですよ、そのまま寝ててください。僕ももう寝ますから」 布団をかけてあげて、子供にするようにぽんぽんと軽く叩く。 「あの、前から聞きたかったんですけど」 「何ですか?」 少しだけ不満そうに、君は首を傾げる。 「弁慶さんはどうして私が寝た後に寝て、私が起きる前に起きるんです? 私、弁慶さんの寝顔を見たことがないんですけど」 「ふふっ、それは僕が君の寝顔を見たいからですよ」 「はぐらかさないでください。私いつも頑張ってるつもりなのに、気付けば寝ちゃってるし」 「疲れてるときに無理は禁物です」 「そうですけど〜……私だって弁慶さんの寝顔が見たいのに」 弁慶さんばっかりずるいな。 可愛らしく不満を述べる君の言葉は、麻薬のように僕をしびれさせる。 「僕の寝顔なんて、たいした価値はありません。さ、そんなことよりも明日に備えて今日はもう寝ましょう」 想いが露見する前に、君を寝かしつけたかった僕は少し大人げないかもしれない。 ですが、もうそろそろ耐えられそうにないんです。 君の隣の布団に潜り、僕は君とは反対側に寝返りを打つ。 「じゃあ、弁慶さんがお先にどうぞ? 私、貴方が寝たら寝ますから」 「ふふっ、変なところで張り合って、子供みたいですね」 こうして会話をしているだけでも、僕は君に触れたい想いを押さえているんです。 「子供じゃないです。それに、いくらなんでも夜更かしだって出来ますよ。弁慶さんが寝てから寝る事くらい、出来ない事はないんだから」 君の言葉は時に麻酔で、時に刃の如く僕の心の奥底をえぐる。傷つけられたわけではない。けれども、その言葉一つ一つはいとも簡単に僕の理性を刺激するのだから。 起き上がった君に僕も起き上がり、その細い手首を掴んだ。 「子供では無いというのなら、大人として君を見るということです。これがどういう意味か、解っていますか?」 「…………勿論です」 「嘘ですね」 急に身をこわばらせたのは、小刻みに震える君の手首からも十分伝わってくる。 「こんなに震えているのに、君を大人として扱うなんて出来ませんよ」 僕に触れられるのが怖いのなら、最初から大人しく寝ててくれると助かるんですけどね。 「僕は僕の勝手な気持ちで、君を傷付けたくないだけなんです」 「…………ごめん、なさい……」 泣きそうに、気落ちしたその瞳を見たら、急に頭が冷えてきた。 「もっとも、これは勝手な僕の感情に過ぎないんですから、君が気にする必要は無いんです。すみません、今夜の僕は少し冷静ではいられないみたいだ……この話は終わりにして今日はもう寝ましょう」 掴んでいた手首を離して、微笑んでみせる。 別に怒っているわけじゃないし、そのことに対して君が負い目を感じる必要がないのも本当だ。ただ、今は少しだけ、自分を諌めるのに精一杯で彼女の姿を見ている余裕は無い。先ほどと同じように君と反対側に寝返りを打って、何もかもを忘れるように目を瞑る。 今日も何事もなかった。いつもどおりに君が寝るのを見届けた。 そう、自分に言い聞かせるように。 けれども、君は言葉を続けてしまう。 「分かりました……でも、一つだけ聴いて欲しいんです」 振り返って君を見れば、先ほどの翳った瞳は何処にもなく、ぎこちない微笑を浮かべていた。 「確かに今はまだちょっとだけ怖いですけど、だけど初めてのときはみんな怖いと思うんですよね。えーっと……つまり怖いけど、でも弁慶さんとなら、嫌じゃないから……それは忘れないでください」 そろそろ、自分の発する言葉が僕の心をどれだけ大きく左右させることに気付いてほしい。 君は困った人ですね。僕をこんな気持ちにさせるなんて。 「べ、弁慶さん? あの……ッ!」 「安心してください、何もしませんから。ただ、今日はこのまま眠らせてください」 慌てる君を抱きしめて、僕はその動きを封じた。 もぞもぞと、落ち着かなく動いていた君もいつの間にか大人しくなっている。 君の匂いと温もりと飛び跳ねるような鼓動を感じて、今日はこのまま寝るとしましょう。 君を傷つけかねないこの熱い思いは、胸にしまって……。 また明日、いつもどおりに笑って挨拶が出来るように。 了 弁慶さん生殺し話(ェ) 黒弁慶さんを書こうと思ってたはずなのに、 気付けばこんな可哀想な話に(爆) あ、弁慶さんEDの後日談話です。 幸せなのってやっぱED迎えてからですよね 20050805 七夜月 |