君が笑えば




 人込みを掻き分けるようにして、将臣は歩いていた。
 手に持っていた紙コップのホットココアとコーヒーを零さないように最善の注意を払う。
 いい加減待ちくたびれているであろう自分の幼馴染みを思って、苦笑が生まれた。
 姿が見えて来てその表情までも見えるようになると、案の定待ちくたびれたように手摺に腰を掛けて足をぶらつかせる望美の姿があった。
「ほらよ、お待たせ」
 紙コップを目の前に差し出してようやくその瞳とぶつかる。ご機嫌ななめな様子通り、将臣を見つけた望美は少し眉間に皺が寄っていた。
「遅いよ〜将臣くん!」
「悪かったって。混んでたんだからしょうがねぇだろ」
「うーん、確かに。こんなに混んでるなんて、正直予想外だったけど」
 将臣は望美の隣りに座ると、先ほどからキョロキョロと辺りを見渡している望美に習って同じく辺りを見回す。
 人、人、人。とにかく人しかいない。
 ふだんの将臣ならば、こんな人込みは必然的に避けたであろう。だが、そうは出来ないわけがあった。
「しっかし、他の奴等も随分暇人だな。平日のテーマパークにここまで集まるなんてな」
 そう、二人は今日、とあるテーマパークに来ている。
 新聞の勧誘からもらったタダ券二枚の期限が、今日までだったのだ。
「譲くんも来れれば良かったのにね」
「部活なんだから、しょうがねーだろ?」
「せっかくの創立記念日なのに部活かぁ……譲くんも大変だな」
「あいつが好きでやってんだから、いいんじゃねぇの?そんなに言うなら土産でも買ってってやれよ」
 コーヒーを口に含みながら、将臣は軽く答えた。
 将臣だって、自分の趣味で時間が潰れるのは喜びであり、不快になろうことはない。
 たまに例外があるとしても。
「もー将臣くんも譲くんにお土産買うんだよ!」
「わかってるって」
「何がいいかな。クッキーにキーホルダーにそれから……」
 指折り数え始めた、望美。
 どうやら譲に買って行くお土産のリストらしい。
「ねぇ、将臣くんは何を買って行く?被らないようにしなくちゃね」
「んー、まあ適当にな」
「適当って……譲くんが可哀想だよ。お土産なんだから、もう少し真面目に考えてあげれば良いのに」
「土産に真面目もあるかよ。それにあいつはお前からの土産なら何でも喜ぶぜ。例え俺と被ろうが関係なくな」
「そうかなぁ〜」
 でも……とブツブツ呟いている望美の横顔を見て、将臣はふと以前行った鎌倉の時を思い出した。毎日学校で会っていたから忘れていたが、そういえばあれ以来一緒に出かけたのはこれが初めてだ。
「そういやさ……お前……好きな奴とかいねーの?」
「なに、急にどうしたの?」
 照れも羞恥もなくただ驚いたような反応を見る限り、今のところそう言った相手はいなさそうだ。
「いや、前に言ったことを少し思い出してさ」
「あ、鎌倉の時のこと?幼馴染み離れしないと彼氏出来ないとか」
「そうそう、もうすぐクリスマスだしな。いつまでもプレゼント貰う相手が俺らってのも寂しいだろ」
 俺らとは勿論、将臣と譲のことである。
 冗談めかして笑って言ったものの、望美は少しも笑わなかった。
「どうして?そんなことないよ。あ、将臣くんプレゼントあげるの面倒になったとか」
 心底解らないと言った様子で不安げに将臣を見る。
「それとも、もしかして、将臣くんは好きな子いるの?……私と出かけたら誤解されちゃうから」
 自分で言って納得したらしく、望美は大きく溜め息をついた。
「そっかー、好きな子出来たんだ……一緒にいられなくなるのはちょっと寂しいけど」
「待て待て、勘違いすんな!そうじゃねーよ」
 勝手に納得されるのも癪に障る。
 頭に手を当てて、唸る将臣。
「ただ聞いてみただけだろ。お前は飛躍しすぎ」
「そうなの?なぁんだ、良かった」
 ホッと胸を撫で下ろした望美に、将臣は聞き返す。
「良かった、ねぇ。お前は俺に彼女出来ない方が良いのか?」
 意地悪をするつもりで言ったはずなのに、望美はそんなこと一つも気付かずにバツの悪そうな苦笑いを浮かべた。
「あ、ごめんね? そうじゃないの。ただもう少しは三人でいられるなって思って。それが嬉しかっただけ」
「三人か…」
 望美の言葉に思わず苦笑してしまう将臣。
「どうかした?」
「いや、何でもねーよ」
 いつまでも気付かない鈍感な幼馴染みに、自分の気持ちを告げる機会はもう少し先になりそうだ。
 それが望美の願いに繋がるのなら、仕方無い。
 もうちょっとだけ、幼馴染みとして付き合ってやるかと将臣は決意新たに紙コップをゴミ箱に投げた。

「? 変な将臣くん」

 望美は笑顔を浮かべると、声に出して笑った。


 そうだな、もう少しくらいはその能天気な笑顔を他の奴と共有するのも悪くない。
 いずれ、俺たちのこの関係はどんな形であろうと必ず壊れる時が来る。
 それぞれの道に進む上で、今までと同じと言う訳には行かなくなるんだ。
 そうしたらもう、この笑顔をこんなにも多く見ることは出来ないだろ。
 けど、卒業までは時間がある。
 せめて最後まではそうして笑って欲しいんだ。
 それが勝手な俺のエゴだとしても、お前が笑ってるのを見ると俺も幸せな気分になれるからさ。
 悪いな、譲。最後まで勝手ばっかりな兄貴で。
 でも俺だって譲れないものがあるんだ。
 そのせいで誰が傷つくかは解ってるけど、そう簡単に諦められねーよ。

「じゃあ将臣くん、次乗りに行こうよ! ね!」
 望美も飲み終わったコップをゴミ箱に捨てて、将臣の手を取った。
「へいへい、解りましたよ。どこまでもお前に付き合ってやるから、んな慌てんなって」
 立ち上がった将臣の顔にも、望美につられたように幸せそうな笑顔が浮かんでいる。
 繋いだ手から伝わる温かい想いを、暫くは笑顔と共に守っていきたい。
 そうして将臣は、望美の手を強く握り返した。






 友人に送りつけた将望小説。
 初将臣。なのでちょっと自信がありません。
 でもその代わり、推敲を一番した小説でもあります。せめてその分はよくなってますように

   20051011  七夜月

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