5.必要として



 必要として、僕は君に嘘をつきます。
 それがいつでも君を怒らす結果になってしまうのは、仕方ないことなのかもしれませんね。

「騙されたと君が感じるのなら、それでも構いません」
 穏やかに告げる口調は優しいのに、その目は笑う事なく冷えたまま。
「そうじゃなくて、私は認められないって言ってるだけです! こんな風に嘘をついたって、貴方が辛いだけじゃないですか!」
 自らを傷つけると知っているはずなのに、そう考えてしまう事が悔しくて、望美は歯を食いしばった。剣の柄を握る力は強い。
「嘘をつくことが苦痛になるほど、僕の心は慈悲深くはないんですよ」
「それも嘘です!本当は苦しいくせに、どうしてそんな嘘ばかりつくんですか!!」
「君は本当に……」
 音もなく近付いた弁慶の氷のような視線に、望美はたじろいだ。
「僕は自分の中に土足で踏み込まれるのは好きじゃありません」
「それで私を牽制するんですか? それで私を遠ざけるつもりですか? それで私が引くと思ってるんですか?」
 負けないように、拒否されても挫けないように、望美はキッとにらみ付けた。
 睨み合いは暫く続いた。
「アイツら、何やってんだ」
 傍目に見ていた将臣は、手近でハラハラと成り行きを見守っていた敦盛に声をかけた。
「将臣殿。それがどうも私にも良く解らないのだ……先程までは二人とも笑っていたのだが……」
「喧嘩か?」
「いや、どうもそうではないらしい」
 リズヴァーンが横から口添えをする。だが、二人の睨み合いはまだ続いていた。
「牽制したところで、私にその効果は期待しないでください。はっきり言って、無意味ですから」
「威張れることじゃないですね」
「開き直ってます」
 会話が噛み合ってるようでどこかおかしい。
「やっぱり喧嘩じゃねぇの?」
 訳が分からないと言った様子の将臣。その時、くるりと渦中の二人が振り向いた。
「喧嘩じゃないんですよ」
「そうそう、『嘘』について意見交換してただけ。言わば討論?」
「嘘は場合に寄っては必要だと言うところまでは同意見だったんですけど、そこから食い違いが起こってしまいまして」
 いつもの困ったような、けれども少し嬉しそうな笑顔が弁慶に浮かんだ。彼にとっては結局、自分の意見とは違うことが知られて、嬉しいのだろうか。
「嘘のつき方に問題があるんですよ」
 それを否定するように、望美は言った。
「騙すためじゃなく、守るための嘘なのに、何故そうまでして自分を悪者に置き換えるのかが解らないんです」
「必要だとは言え、嘘は結果的に人を傷つけます。悪者に変わりないでしょう。なら、当然の事じゃないですか」
 本当に当然であるかのように、弁慶がそう言うものだからそれが余計に悔しかった。
 それを見た将臣のやる気なさげに頭を掻きながら一言。
「あー、解った解った!つまりお前らあれだろ? 要は痴話喧嘩だろ?」
「はぁ!?」
 反応したのは望美だった。弁慶は一拍おいてからさもおかしいように笑い出す。
「それは随分、面白い喩えですね」
「笑い事じゃないですよ!」
 そんな笑えるほど、望美は大人な対応など出来ない。
「嫌じゃないんですか?」
「僕は別に、気にしてませんよ。君が嫌なら申し訳ないですけど」
「私も別に……ってそうじゃなくて、からかわれてるんですよ、私たち!」
「からかってねぇよ。本当のことだろ?」
「それがからかってるって言ってるの!」
 面倒臭そうに口を挟んだ将臣を睨み付けて、望美は照れ隠しに強引に話をまとめた。
「とにかく! 私たちはみんな幸せになる権利を持ってるんです。例え、誰かを傷つけて憎まれても、それでも自分だけは自分の味方でいなくちゃ、本当の孤独になっちゃうじゃないですか。そんなの絶対ダメです!」
 叫びっ放しなためか軽い息切れを起こしながら、望美はそう結論付けた。
「だから、その考えは直してください」
「……ふふっ」
「なっ……!」
 クスリと笑い声を漏らした弁慶。笑われる覚えの無い望美は目をつり上げたが、それさえも包み込むような優しい笑顔に毒気を抜かれてしまう。
「解りました。君の言うとおり、僕ももう少し考え直してみますよ。白龍の神子様の仰せですからね」
「わ、わかってくれたなら…いいですけど……」
 言った後から恥ずかしくなったのか、少しずつ消え入るような語尾。が、照れている場合じゃないのだからせめてこの一言は言わなくてはならない。特にこの人は自分に対しては無頓着なのだから、と。
「嘘をつくことも必要ですけど、自分を大切にするのが何より一番必要なんですからね」
 望美に必要なことですからと言われてしまえば、弁慶だって本人を前にして切り捨てられない。
「君の言葉は鎖のように重く僕に絡み付きます」
「? それってしつこいってことですか?」
「……さぁ、どうでしょうね?」
 謎めいたようにつぶやいた弁慶に、望美は小さく方眉を上げたが、結局追究しなかった。

 君はこれさえも嘘だと言ったら、やはり怒るでしょうね。
 しかし、僕はもう引き下がれない。
 守るための嘘をつくのに、手段は選べません。
 それが自分を傷つけるとしても、僕にはそれを避けることは許されないのです。
 だから、また君を悲しませてしまう僕には、どうか気付かないで。
 君を傷つけてしまう嘘を、見破らないで欲しい……。
 大事な君だからこそ、必要として僕は僕を傷つけるのだから。





 うあっ単発モノって暗くなるかほのぼのか、どっちか一つって感じですね。
 これは軽く弁慶さんルート(やり直し中)な感じで。
 でも実際弁慶さんの嘘は他の人より見抜けなさそうです。嘘がうまいから(ェ)

   20060404  七夜月

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