08.体温




 貴方に触れる度に思う。
 その声、その肌、その瞳。
 総てを貴方と共有出来れば、貴方の視線でこの世界を見られたら、これ以上の幸せは無いと。
 そう、これ以上無い幸せ。
 決して私には訪れぬ幸せだからこそ、強く願う。
 私は怨霊、穢れた身。
 その私が貴方と共有出来るものは少ない。
 いや、無いのかもしれない。
 触れることが叶わないなら思い出すらも、貴方と共有することは出来ないだろう。

 それでも、この手を離したくはないと思ってしまうのは、やはり私の我儘なのだろうか。
 一緒に手を繋いでいる時は貴方の体温が私に流れてくる。温かい想いと共に、私の心を溶かしてくれる。
 せめてその間だけは、安らかな気持ちになっては、いけないだろうか。

 出来ることなら、教えて欲しい。
 貴方が……貴方にとって私がしてあげられることを。
 どうしたら貴方は喜んでくれる?私と貴方が共有出来ることがなくとも、私は少しでも貴方の力になりたい。
 貴方が望むことを叶えるためなら私は喜んでこの身を捧げよう。

「そんな顔して、今度はどうかしたんですか?」

 貴方は自分のことよりも、すぐに他人のことを気にかける。
 こんな私にまで気を配ってくれるのは嬉しいが、少し心苦しい。
 私はいつも、心優しい貴方に心配をかけてしまうから。

「熊野に入る度、私はこうして迷惑をかけてしまっているな。すまない、神子。私は貴方に何も出来ないのに」
「やだなぁ、謝らないでくださいよ。何も出来ないなんて、そんなことないんですから」

 神子は立ち止まると、繋いでいないもう一つの私の手を取り微笑んだ。

「こうやって、八葉としてだけでなく、敦盛さんが私たちと一緒に居てくれること。本当に嬉しいんです」
「神子……」
「それに、手を繋げば敦盛さんがここに居てくれてるって安心出来るから、私は迷惑なんかじゃないですよ。
 子供みたいかもしれませんけど、その人の存在を直に触れて確かめるのも大事な事だと思います。
 温もりが伝えてくれるのは、きっと視界で確認するよりも、多くのことを伝えてくれるから」

 貴方はそう、太陽のように輝いた眼で、微笑った。
 私には眩しすぎて、目を開けてはいられないほどの美しい光だ。
 私に触れて欲しいと、何度も思った。
 だけどダメだと思っていた。触れてはならないものも、この世にはあると。
 なのに貴方は喜んで私を受け入れてくれると言うのか。
 ならば、やはり私は貴方にこの身を捧げよう。
 それが朽ち果てる運命であるとしても、貴方の手で封ぜられるのならば、それはそれでまた幸せなのだから。

「? ……敦盛さん?」
「神子、私はきっと貴方を苦しめてしまうと思う。今よりももっと大きな迷惑もかけてしまうと思う。それでも、私に貴方を守らせて欲しい。それが私の願いであり、ただ一つの誇りになるから」
「敦盛さん……勿論です! これからも私たちと一緒に戦ってください。私も貴方を、必ず守ります」

 ありがとう。

 怨霊として蘇ったことをひたすらに悔いていた日々だったが、貴方に出会えたことで、私は私の存在意義を見出だせたかもしれない。


 神子の手から伝わる体温が、私の時を動かし始めた――



  了


 実は初書きだった敦盛殿。拍手より前に書いたのです。
 熊野に入るときに手を繋ぎますよね、そのときの話です。
 お題を見たときから敦盛殿のための話だと決め付け(笑)実家へ帰る電車の中でちまちま打ってました
 押しに弱いところが好きです、敦盛殿(笑)

   050929 七夜月


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