夢で逢えたら もしも、もしもの話です。 好きな人が夢に出てきて、あまつさえ自分に愛の言葉を囁いてくれちゃったりしたら、どうしますか? 『夢に見るというのは相手も貴方のことを想っている証拠』 いつぞやかに聞いた言葉。 本当かどうか、実は半信半疑だったけど、今ほどその言葉を信じたいと想ったことはなかった。 跳ね起きたときの自分の心拍数はまだまだ落ち着きを見せなくて、震える自分の手を見てもそれはしばらく収まりそうになかった。 だ、大丈夫……誰にも見られてないんだから。 呼吸を整えて、なんとか落ち着こうと努力する。 そろそろ起きなくちゃ。そう思って布団から出ようとすると、不意に外から声を掛けられた。 「望美さん、起きてますか?」 「わわわっっっ!!」 しかも、夢で見ていたときと同じ声音で私を呼んでいる。 せっかく収めた心臓も台無しだ。 「お、起きてます!はい、もうばっちりです!!」 「そうですか、良かった。すみません、少し失礼しますよ」 「は、はははいいい!! あの、でも今はちょっと、その、着替えてますので! ちょっとだけ、ちょっとだけ待ってください!」 赤くなって一人バタバタしてる姿なんて、絶対に見られたくない。 慌てて布団を剥ぎ取って、仕度を始める。着替えてるといった手前、さすがにこの姿を見られるわけにはいかないだろう。 「それは失礼しました。ではまた後で伺うことにしましょう」 「いいいえ、あの、もうすぐですから! ほんとに!」 いってしまう、そんなのは嫌だ。 反射的に、私は彼の前に飛び出していた。 「あっ………………」 目の前にはきょとんとした弁慶さんの姿。そして自分の姿を思い返してみると、まだ上衣をひっかけただけで、こっちの世界じゃ確か下着と同然の姿で……。 考える前に青くなって、無言で部屋に回れ右をする。 「ぷっ……!」 外から聞こえてきたのは、弁慶さんの噴出した声。 「もしかして、笑ってます?」 もうどうにでもなれと投げやりに尋ねてみれば、声を上ずらせて一生懸命笑をこらえようとしている弁慶さんの言葉が聞こえてきた。 「す、すみませ……あまりにもおかしくて……! ……そんなに慌てなくても、大丈夫ですよ。僕の用事なんて、大したことじゃないんですから」 「いえ、いいんです。私が悪かったんですから」 ようやく着替え終えて外に出れば、弁慶さんも笑いは収まっていたらしい。 笑顔でおはようございますと挨拶してくれた。 「おはようございます。それで、えと……私に御用ってなんですか?」 「えぇ、最近よく眠れないと言ってましたから、薬を作ってみたんです。本当は昨日の夜に渡せればよかったんですけど、出来たのが遅い時間でしたし、そんな時間に女性の寝室を訪ねる勇気はありませんでしたから」 貴方は皆の神子ですしね。なんて、冗談めかしながら弁慶さんは私に包材で包まれた薬を幾つかくれた。 「眠れないときに、飲んでみてください。軽い睡眠薬みたいなものです」 「有難うございます」 でも、眠れない原因が恋の病だって言ったら、弁慶さんはどうするんだろう。 しかも今日はあんな夢まで見ちゃうし……。 私、重症かもしれない……。 「どうしました?」 「いえ、重症だなって……」 「どこか具合が悪いんですか?」 驚いたように、弁慶さんは私の額に手を当てる。 そんなことしたら逆効果です、熱が上がっちゃうので止めてください。 拒絶じゃない程度に首を振って、私は微笑んで見せた。 「違います。そういうことではないので、安心してください」 「そうですか、でも何かあったらすぐに言ってくださいね。悩み事も人に話すと意外とすっきりするものです」 「ありがとうございます」 それは確かに、すっきりするかもしれないけど、本人に向かって 『弁慶さんが好きなんですけど、どうしたらいいんですか?』 とは尋ねられるわけがない。 「……夢を見ました」 無難な線をつくことにする。 「夢、ですか?」 「はい、夢です」 「どんな夢ですか?」 「………………好きな人の夢です」 「そうですか」 別段変わった様子なく、いつもと同じ笑顔を向ける弁慶さんにちょっとだけがっかりした。 「……なんて、冗談です。眠れてないのに夢なんか見るはずありませんよ」 気に掛けてくれてるなんて、思ってなかったけど、やっぱり少しは期待してた自分が馬鹿みたいだ。 「それではさしずめ、君の寝不足は恋煩いといったところですか」 「え!…あの、いえ……別にそういうわけじゃ」 「隠さなくても、顔に全部書いてありますよ。恋煩いだと、僕の薬が効くのかどうかは怪しいですね」 にっこりと、笑みに深みが出たのは気のせいだろうか。 「あの、弁慶さん…私、本当に……」 「おや、まだ隠すつもりですか? まぁ、でもそれもいいでしょう。言いたくないのであれば言わなくても。無理に聞き出そうとはしませんから」 「違います! 言いたくないんじゃなくて、言えないんです!」 「やっぱり、恋煩いなんですね」 …………私って、馬鹿? こう何でもストレートすぎるのも問題だなぁなんて思ってたけど、今日ほど己の馬鹿さ加減に嫌気がさしたことは無い。 「あの、恋煩いって言うか、ちょっと気になるなぁ、なんて……」 「君に気にかけてもらえるなんて、一体どんな人でしょうね。すごく興味があります」 「興味、あるんですか?」 途端に浮上してしまう自分。単純だなぁ〜。 「もちろん。君は大事な白龍の神子ですから。ヒノエではありませんが、僕たちの大事な姫君の心を奪った人間を知りたいと思うのは普通でしょう?」 もしかしたら、なんて淡い期待が胸をよぎったけど、それは即座に切り捨てられた。 それはきっと、八葉としては正しい解答なんだと思う。思うけど。 「白龍の神子だからなんですね……」 寂しいと感じてしまうのは、やっぱり自分の一方通行だから。 「それで、どんな人なんです?」 穏やかに微笑まれて、私は面白くない。だから、別に名前さえ言わなければいいんだから、ちょっぴり嘘をつくことにする。 「とても意地悪です。たぶん、人が嫌がることが好きなんじゃないですか」 「意地悪ですか」 これは意外だと言いたげに、弁慶さんの表情が動いた。 「ついでに、腹黒いです。なんかいつも何考えてるのか解りません」 「腹黒……他人の趣味をとやかくいうつもりはありませんけど、その人は人間として間違ってませんか?」 怪訝そうな顔で尋ねられて、私も自分の言葉を思い返してみる。 うん、確かに最低人間にしか聞こえないかも。 でも私はそれよりもっと素敵なところを知ってるから。 「かもしれません。でも、それでも私はその人が好きだから」 「望美さん……」 息を呑むように、弁慶さんは立ち尽くす。 「間違っていたら、すみません。僕の自意識過剰でしょう。ですが、君に一つ聞きたいことがあります」 「なんですか?」 「君の好きな人は、僕ですね」 間違っていたらと謝っているくせに、その言葉は断定的だった。 なんて、冷静に考える(突っ込んでる)自分も居たけれど、大部分ではものすごく混乱していて。 「…………え? え? えぇ!!?? なんで解ったんですか!?」 そう叫んでいる自分が居ました。 私って、ホント馬鹿……。 「君は本当に嘘がつけない人ですね。普通ここでは誤魔化すものじゃありませんか?」 何故か呆れたようにいう弁慶さん。あ、もしかして今のは全部冗談だった……とか? 不意に切なさがこみあげてきて、思わず俯いてしまった。 「あの、迷惑でしたら、忘れてください……気まずくなりたくは無いし、私も忘れます」 「それは無理でしょう。一度聞いたことを忘れられるほど僕は人間が出来ていません。それとも、君の気持ちはその程度だったんですか?」 「そんなっ! 違います! でも、嫌われるくらいなら、まだこうして八葉としてでも接してくれていたほうがずっとマシだから……」 「マシ、ですか。では君は僕との関係は八葉としてでの関係で満足すると」 「そんなわけないじゃないですか!」 告白して責められるなんて、最悪だ。もう、何でこんなことになっちゃったのかな。 泣くのは卑怯だと解っていたから、目が潤む前に俯いて、弁慶さんからは視線を外した。 「……すみません、君を泣かせたかったわけでは無いんです。君があんなこというから、ご希望通りに意地悪しようと思ったんですけど、少し度が過ぎました」 顔を上げれば、困ったような弁慶さんの顔。 「僕はね、君からの好意は純粋に嬉しいんですよ。ただ、それを僕自身の中でうまく消化しきれていなくて、結果君をこんな風に悲しませてしまいました」 「あの……?」 「この旅が終れば、いずれ君は帰ってしまう。別れが来ることが解っているのに、深みにはまれば抜け出せなくなることを、僕は知っていますから。八葉として、君に接していれば、そんな思いはしなくて済む。そう、思ったんです」 私の目元をぬぐって、弁慶さんはいつもの優しい笑顔を見せてくれた。 「だけど、無理でした。お手上げです、どうやら僕も君のことが想像以上に好きらしい。そのときが来たって帰したくないと、思ってしまうくらいにね」 え? それって、本当のこと? 「弁慶さん……」 「眠れないのでしたら、僕がいつでも薬になります。だから、ずっと僕の傍に居て欲しい……いえ、貴方と居させてください」 視界が切り替わったと思ったときには、既に私は弁慶さんの腕の中に包まれていた。 「は、あ、えと、その……!」 どうしたらいいかわからずに動揺することしか出来ない自分が悲しい。 ほんと、進歩ないって言うか……。こんなんじゃ、また呆れられちゃう。 「よ、よろしくお願いしますっ」 しかも出てきた言葉は何の変哲もない言葉。あぁ、もう私って……。 この動揺と私の考えは全て筒抜けだったみたいで。 「くっ……」 また弁慶さんに笑われてしまった。やるせないので、とりあえず抱きしめていてくれる彼の背中に手を伸ばす。 「そうですね、よろしくお願いします」 暖かい腕に包まれて、私は安堵したように目を瞑った。 「……………………ッ!!」 ガバッ! 勢い良くおきて、自分の身体を見つめる。 それは弁慶さんに出会う前の夜着であり、変わった様子はどこもなかった。 「〜〜〜〜〜〜ッ! 夢オチなの!? ねぇ、こんなのアリ!!??」 どうやら、間違いなく今までの全部が夢だ。 そうだ、そんな都合よく弁慶さんが私を好きになるはずがないんだ。 はぁっと深く溜息をつこうとして、聞きなれた足音が聞こえた。 「望美さん、起きてますか?」 「えっ!?」 そして、夢のとおりに慌てる自分がこのあと待ち受けることを、私は嫌というほど予感できた。 淡い期待と微かな恐怖。夢が実現するか否かは、全部私自身に掛かっている。 了 エンドレスリピートでよろしく。な、話(可哀想) 実際こんなこと無いだろうけど、弁慶さんは望美ちゃんの気持ちにきっと気付くと思うんです。 白だと気付かないかしら。いや、やっぱ気付いて意識的に望美を避けそうですね。避けるって言うか、突き放す? 頑張れ、戦う乙女よ。あ、これ甘々というより、ギャグですね(今更) 20051017 七夜月 |