離さない もう二度と



 楽しいひとときはいつしか終る。宵も更けていずれは明ける様に、集まった友人たちはあるべき場所へ帰らねばならない。
 けれども、今こうしてみんなと騒いでいるのは望美にとって何より楽しいものだった。あと少しといえど、今は十分に堪能したい。
 家族が増え、以前よりも大きな家へとこちらへ引っ越してきて、色々とあったけれど今の自分は十分幸せだ。
「眠そうだねぇ、九郎 部屋に連れて行ってあげたらどうだい?」
「眠いか? 部屋に行くか?」
 既に九郎の膝の上でうとうととし始めている少女の姿に、景時と九郎は苦笑した。
「いやだ、くろうどの。おうちにかえらないで」
「安心しろ、まだ帰らん」
 いやいやをするように、少女は頭を振る。眠くないとアピールしているようだった。
「お前はまだ眠くないみたいだね」
「まだ、だいじょうぶ…です」
「ま、昼間からあんだけ寝てたしな。当然か」
「眠くなったらいつでも言うといい。部屋へ連れて行こう」
 ヒノエと敦盛の間で頬を染めながら座っている少女ははにかんだ笑みを浮かべながら一生懸命みんなにお酌をしている。最近習ったばかりの晩酌に、先ほどまで九郎のそばについている少女も対抗していたが、今は眠さが勝っている。うとうととしながらも、なんとか九郎が帰らないようにとまるで動きを止めるかのように、その膝に覆いかぶさっている。
 そんな皆を背にして、お酒の匂いだけで酔いに当てられた望美は縁側に座って外を眺めていた。
 緊急の患者だと夕方出て行ってしまった旦那様の帰りを、待っているのだ。
「望美、大丈夫? 身体に障っているのではないかしら」
「平気だよ、朔。ありがとう、でもみんな心配しすぎ」
 望美のお腹には今、三人目の子供が居る。正確には三人かどうかはわからないが、望美には二番目の子供は今度は独りのような気がしていた。初めての出産で双子を生んで、大変さは大きかったけれど、今では幸せのほうが勝っている。
 しかし、二度目の出産だというのに、旦那様を筆頭に、皆心配しすぎなのだ。そこまで心配しなくても大丈夫なのだが、信用はされていないらしい。
 まぁ、妊娠中も馬に乗ったり近場の子供たちと剣の真似事をやっていたりしたせいもあり、ハラハラさせたことは認めるが。
 けれど、もう何も知らなかった子供ではないのだ。さすがの望美も今はそんなことしない。
「そう? でも無理だけはしないでちょうだいね」
「解ってるよ、大丈夫」
 朔に微笑を向けて、望美はふっと門の戸口に目をやった。向こうから音がする。だが、望美には聞こえても朔には聞こえなかったらしい。
「どうかした?」
 首をかしげた朔が見たのは、望美の愛らしい笑顔。
「朔、弁慶さん帰ってきたみたい。そこまで見てくるね。悪いけど……少しだけ子供たちのことお願い」
「……ふふっ、解ってるわ。いってらっしゃい」
 ありがたく笑顔で見送りだしてくれた朔に感謝して、望美はゆっくりとした足取りで門へと向かった。

 門の引き戸を開けて、今しがた向こうから歩いてくる人影を見つけると、望美は微笑んだ。
「おかえりなさい、弁慶さん」
 望美の姿に気づいて、笑いかけてくれる人。
「ただいま、望美さん。ずっと外で待っていたんですか?」
「いえ、帰ってくる気配を感じたので今出てきました。みんなまだいますよ、弁慶さんと酒を酌み交わしたいって言ってました」
「そうですか、待たせてはいけませんね」
 そういうものの、弁慶は戸口を開けようとはしない。望美が見上げると、弁慶はそんな望美の姿を抱きしめた。
「弁慶さん?」
「君は今、幸せですか? 僕は夢を見ているんじゃないかというほど、幸せです」
 ギュッと身体を締め付けてくる弁慶の腕。望美は柔らかに頷いた。
「勿論ですよ。みんながいて、あの子たちがいて、弁慶さんがいます。こんなに素敵なものをくれた弁慶さんにはすごく感謝してるんです」
 どうしたんですか? この子も心配してますよ。
 抱き返しながら望美がくすくすと笑うと、弁慶もクスっと笑った。
「愛しすぎるというのも困り者ですね。僕は愛しさの分だけ不安になります。けれど、君と出会えたことは僕の人生で一番幸福な出来事です」
「本当にどうしたんですか?」
 いつも弁がたつ彼だが、今日はどこか違って見えた。
「いけませんね、月がないせいでしょうか。少し感傷的になりすぎたようです。時折思い出すんですよ、君がこの世界ではないところから来た、美しい天女だということを。羽衣を身につけたが最後、ここから飛び立ってしまうんじゃないかって」
 苦笑した弁慶は小さくと本音を漏らしたものの、望美の返答は期待していないようで、これ以上外に居て望美の身体を冷やすわけには行かないと、肩を抱いて門をくぐろうとした。
 しかし、立ち止まった望美は弁慶を見上げると、弁慶の手をとった。
「不安なら、何度だって拭います。私、この手を離すつもりは無いんです。だから、弁慶さんも私の手を捕まえて、私の不安を拭ってくださいね」
 もう、あんな思いは嫌だから。小さく呟かれた言葉は弁慶の耳にも届く。時折弁慶を見つめる視線がただの慈愛だけでなく何に縋る熱い視線だったことに、関係しているのだろうか。けれど、弁慶は深くは追求しなかった。
 きっとそれは、弁慶にとって必要の無いことなのだろう。それは彼女がそう決めたこと。
「ええ、勿論です」
 微笑んだ弁慶の手に引かれて、望美は門をくぐった。中からは仲間の声が聞こえてくる。談笑しているのだろう、子供たちの笑い声も聞こえてきた。
 この今を手に入れられたのも、手を握った相手が居てくれたからこそ。
 もう間違うこともない、これから幸せに生きていくのだから。

 この手を離す日は、もう二度と来ない。


 了



 正真正銘終わりー!実は最初に考えてたのは皆が帰ってから縁側で望美が眠る双子に膝枕しているところに弁慶さんがやってくるところだったんですが、私が九郎さんとチビっこを書きたいがために急遽変更(ェ)かけてよかった。楽しかったよありがとう。


   20060409  七夜月

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