扉を開けて




「一緒に未来を作ろう」
 淡く微笑む望美の姿に、九郎は手を差し伸べた。
「一緒に、作ってくれるのか……俺と」
「勿論。だって、九郎さん放っておけないんだもん」
 少し怒ったような望美は眉をひそめてけれど結局笑顔を失うことなく頷いた。
「そうか……情けないな、お前にそこまで言われてしまったら」
「ホント、情けないね。でも、情けなくっていいんだよ。だって私はそんな九郎さんを選んだんだから。ね?……だから、行こうよ」
 九郎が伸ばした手に掴まった望美は決して離さないといったように握り返すとそのまま走り出した。
「私たちの未来、きっとこの先で待ってるから」
 走り出した望美に引かれて九郎の足も動く。望美の言った様に前方には溢れんばかりの白い光。少々眩しすぎるそれに九郎は腕で目を覆った。

 奇妙な浮遊感の後、はっと気づく。そうだ、コレは夢を見ていたときに良く起こること。朝日がまっすぐ九郎に向かってのびている。夢の中の溢れんばかりの光の正体は、どうやら太陽のようだ。
「もう朝か……」
 気分としては悪くない。夢に望美が出てきたこともさることながら、こんなに清々しい思いで目を開いたのは何年ぶりだろう。周りを見渡してみると、まだ眠ったままの仲間たちの姿。起こさないように起き上がり、そして静かに褥から抜け出た。
冷たい水で顔を洗って、目を覚ました後、そのまま鍛錬しようと庭に出るとそこには先客が居た。
「二百十……二百十一……」
 声に出しながら真剣に剣を振っているのは望美。いつからやっていたのかはわからないが、その額や顎にはうっすらと汗が滲んでいた。きっと九郎が起きるよりも前にここで剣を振っていたに違いない。邪魔をしないようにとしばらく九郎は気配を消して望美の太刀筋を見ていた。
「二百五十……あ、っれ?」
 キリのいい数字を叫んだ後、望美はふっと感じた気配に九郎へと振り向く。途端、朝日と同じように眩しい笑顔が九郎に向けられる。
「お早うございます、早いんですね」
「それはこちらの台詞だ。お前、朝から鍛錬していたのか?」
「ええ、もうすぐ決戦も近いですし……なんだか一度起きたら眠れなくて」
 汗を拭きたそうに溜息をついた望美に自然と自分が持っていた布を渡そうとして、九郎は躊躇した。これは先ほど顔を洗ったときに自分が使ったものだ。いつもだったら気にせず渡していただろうに、夢のせいか妙に意識してしまう。だが、出しかけた布を見つけた望美が嬉しそうにあっと声をかけた。結局、渡さずにはおれなかったので、溜息をつきながら差し出した。
「俺が使ったものだぞ。濡れてても文句言うなよ」
「いいです。良かった、ちょっと気持ち悪かったから、ありがたく使わせてもらいますね」
 顔と首周りを拭いてすっきりとした望美は嬉しそうに小さく笑い声を上げた。
「ふふっ、九郎さんの匂いがする」
「ばっ! 何を言ってるんだ、お前はっ!」
「冗談ですよ、冗談」
 九郎をからかうのが楽しいのだろう。大人をからかうなっ!と怒鳴り返そうとして、九郎はこの不毛なやり取りに呆れた。ここで自分が怒ったら、それこそ望美の思う壺のような気がする。
「ったく、拭き終わったなら返せ」
「はい」
 大体、自分の匂いが在ったところでなんだというのか。気持ち悪いだけな気がするのだが、嬉しそうにする理由が一切解らなかった。差し出された布を見て、首をかしげてみるが、やはり理由は解らなかった。
 望美は少し休んで再び鍛錬を再開している。自分も変なことに気を取られていないで目の前のことに集中しようと布を懐にしまったときに、ふと花の香りが鼻腔をついた。どこかで嗅いだ事のある香りに、再び布を取り出してみる。香りの正体はこれだと気づいたとき、それを使った望美の香りが移ったのだと九郎は確信した。
「いい匂いだな、お前。花の香りがする」
 つい、思ったまま口に出してしまった。すると望美が動揺したようにこちらを振り返った。
「い、いきなり何を言ってるんですか!」
 心なしか、顔が赤い。ああ、と九郎は気付いた。望美の匂いは嫌いじゃない。というか、むしろ好きだ。どこか安心する気がする。もしかしたら、望美もある種こんな気持ちを抱いて先ほどのようなことを口走ったのかもしれなかった。
「香りがするのは、私がえび香を景時さんに教わって作ってもらったからで……、九郎さんが好きなお花とか弁慶さんに聞いて……って、何言ってるんだろ、私。何でもないです、気にしないでください」
 恥ずかしくなったのか、再びぐるりと九郎から視線をずらして、素振りを始めた。顔が赤いところを見ると、どうやら先ほどのことは全て図星らしい。
「なら、今度お前の好きな花を教えてくれ」
「? 何でです?」
「俺も景時に教わってえび香を作る。お前の好きな花のな」
 少しだけ意識して赤くなっている九郎につられ、同じように赤くなった望美は首を振った。
「いいです、私が好きな匂いはここにあるから」
 くいっと袖を引っ張って、望美は照れたように九郎を見上げた。
「二人とも、何してるんですか? 朝ごはん出来ましたよ」
 呼びに来た譲のいささか不機嫌な声音に、見つめあっていた二人は慌てて離れた。
「早くしてくださいね、他の人たちも待ってますから」
「ご、ごめん譲くん! すぐ行くから! く、九郎さんほら、朝ごはん出来たみたいですよ」
「そ、そうだな」
 長い溜息をついた譲は先に歩き出し、望美も置いてかれまいと歩き出した。その後姿をじっと見ていた九郎に望美が痺れを切らし、振り返って手を差し伸べてきた。
「ほら、九郎さん早く! ね、行こうよ」
 夢と重なる笑顔と光。
「ああ」
 微笑を浮かべた九郎は差し伸ばされた手を掴んで、望美の後をすぐに追いかけた。譲に見つかる前に離された手だが、選んだ未来は共にある。きっといつか、つないだまま迎えられる未来が来ることを願って。




 アレです。えーっとモンゴルな話。うん、きっとそうだ(適当だなオイ)弁慶さんに殴られて平泉行って景時とあって吹っ切れたんですよ。
 ってか、ぶっちゃけもうモンゴル前を覚えてないかなーみたいな(ェ)

   20060507  七夜月

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