悲しみの色




 兄弟の二番目というのは損なもので、諦め癖という厄介なモノが常套スキルとして備わってしまっている。
 だから今までずっと、兄さんの我儘も、先輩の無茶な願いだって、結局断りきれずに俺は叶えてきたんだ。
 けれど、そんな俺でもたった一つだけ諦められないものがあって、そのせいであの兄さんと衝突することまであった。
 ……これで諦めるのは、一体、何度目だろう。
 諦められない、諦めたくない。
 そう思ってきたのに、自分の気持ちと裏腹に、想い人には決して届かない。
 最初で最後の我儘さえ、俺には権利が与えられることは無かった。
 諦め癖なんてもの、つかなければいいのにと、何度願ったか知れない。けれど、癖を理由にしてもしなくても、結局先輩は俺ではない別の人を選んだ。
 先輩の幸せは俺にとっても幸せだから、なんて大人じみた風体を装うことしか今の子供の自分には出来ず。
 悔しくて、奪いたくて、でもそれをしたら悲しむ先輩がいることを知っていて、尚且つ、そんなことしても先輩の心が手に入らないって解ってるから余計に焦がれる。
 色素すら判別できぬほどの眩しい光で俺を照らし続けてくれた人。
 白い色のようにどの色にも染まっていない、無邪気で純真な人。
 他の人のモノになってしまった先輩をこうして想い続けている自分のバカさ加減には呆れるものがあるけれど、俺は先輩を想い続けることをやめてしまったら、自分に残っていた「先輩を想う気持ち」を諦めなければならなくなる。一番今までで長く、また一番付き合いがあった『諦めることが出来なかったモノ』を。
 どうか、せめてあと少しの猶予をください。
 先輩が正真正銘のあの人のモノとなったその時に、俺はこの気持ちを貴方の前から消してしまいます。だからそれまでは、もう少し貴方を好きで居させてください。貴方を好きじゃない俺なんて、どうしたらいいのか解らないから。
 こんなこと、思ってしまう俺はやっぱり、子供なんだと痛感する。
 早く大人になりたい。何事にも動じない、そんな大人へと。どんな事態に陥っても、いち早く先輩を助けて上げられるような、そんな大人になりたい。それが決して自分の役目では無いとしても、先輩が望む『俺』で在り続ける為に。


「先輩、失礼します」
 2度のノックの後聞こえてきた了承の声に、俺は白いドアを静かに開けて、中に入った。白を基調とした部屋の中、そこにかの人は居た。
 こちらを背に向けて鏡の前で座っているのはいつもの先輩とは少し様子が違って、俺は微かに動揺してしまう。
「譲くん、私……どうかな?」
 固まって動けなくなっている俺に先輩がもじもじした様子で尋ねてきた。それによりハッと我に返った俺は先輩にも解るように笑顔を作って頷く。
「とても……似合ってます。先輩、綺麗ですよ」
 兄がこの場に居たら、きっと馬子にも衣装だとか、そんなことばかり言っただろう。でも、俺には冗談でもそんなことは言えないほどに、今日の先輩の美しさに圧倒されていた。
 白いドレスに身を包み、ヴェールを被った先輩は、今日春日先輩ではなくなる。
「ありがと。譲くんに太鼓判押してもらえると自信湧いてくる。今まで本当にありがとね」
「そういうのは父親に言う台詞じゃないんですか? 俺なんかよりもその言葉にずっとふさわしい人が居ますよ」
 俺は思わず苦笑してしまった。そうだ、俺なんかより断然その言葉に似合う相手がいるはずなのだ。俺はいつも何も出来なかった。先輩は結局一人で決めて、突き進むような人だったからだ。俺の言葉や態度なんか、必要ではなかったのだ。
「ううん、違うよ。譲くんはいつだって私が困ってると助けてくれたでしょ? 元気がなければ、一生懸命元気付けてくれようとしたよね? 本当に、感謝しきれないほど感謝してる。だから譲くんに言いたいの。ありがとうって」
 先輩は鏡越しではなく振り向くと、俺を見て微笑んだ。
 立ち上がり、布越しに伝わる先輩の手の感触を頬に受けて、俺は再び固まってしまう。久々に間近で見た先輩はまるで知らない人のように美しく、白い肌が際立って白く見えた。
「譲くんがいつも私を守ってくれてたの、私ちゃんと知ってたよ……ごめんね、そして……ありがとう」
 先輩はそういって、俺の顔から手を離すと、ドレスの裾を持ち上げた。
「そろそろ時間みたい。私も準備しなくちゃ。それじゃ、譲くん。また式場でね」
 軽やかな足取りで立ち去っていく先輩は俺を残して行ってしまった。
 対して俺は、先輩の謝罪と感謝の言葉の意味が解らずに硬直する。正確には、解りたくなかった。
 ごめんね? ありがとう?
 守るのは当然で、でもそれを先輩が甘受しない事は知っていたけれど、でもいつもあんな風な顔で謝ったりなんかしなかった。
 苦痛ではなく、悲しみでもなく、意思を持った先輩の笑顔。何かを決めるときの、あの凛とした表情だった。
 いつからだろう。
 先輩はいつから、俺の気持ちに気付いてしまったんだろう。
 苦しめたくないからと秘めていた想いが露見していたなんて、正直ショックだった。けれど先輩は何一つ変わらずに俺にあの優しい眼差しと笑顔を向けてくれていた。実際は困っているだろうに困ったような顔一つせずに。
 顔を覆いたくなって一度下を見たものの、もう一度顔を上げれば丁度鏡に映った自分と目が合った。
「……大丈夫、もう俺もあの時のような子供じゃない。ちゃんと笑えるだろう?」
 先輩が安心する完璧な微笑を浮かべて、いつも通りの俺を作り上げた。
 周りの調度品全て白に統一されたこの部屋で、俺は無心になった。いや、ならざるを得なかった。
 何色にも染まらずにただ在り続ける光の色、白。俺は今日、この色とお別れをしなければならないんだ。
「先輩、言えなかったんです。貴方を苦しめたくは無かった……でも、もしも許されるのならば、貴方への想いを口にしてもいいですか?」
 この場所は他に誰も居ない。もしも聞かれるとしたらそれは神様にだけ。だから、良いだろうか? ずっと言えなかった……俺が唯一諦めなかったたった一つの想い。

「先輩、俺は貴方が……好きでした」




 切なめ目指してみました。切ないっていうと、あっつん担当なのが七夜月の考えではあるのですが、今回は譲氏で。望美ちゃんが誰かと結婚するときが、譲くんの本当の失恋のときです(それくらい想っていて欲しい)
 何気に譲くん主役の(マジ)話書いたの初めてです。

   20060613  七夜月

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