冷めた緋色




 消え行く身体を強く抱きしめても、感触がなくなっていった。
 好きと言う言葉を、紡ぐことが出来なくて。
 望美は何も出来なかった自分に絶望して口を閉じた。
「僕は罪を償わなければならない」
 罪って何? 幸せになることが、何故罪になるの?
 たくさん苦しんだのに、幸せになれないなんて、そんなのおかしい。
 ……解ってる、コレは私の我儘で、それを目の前の人が望んでいないことも。けれど……!
 望美が触れた先には消え行く弁慶の指先。
 消えないように、温もりが冷めないようにと絡めとった。
「これでいいんです」
 いいわけない、いいわけない! こうならないように、運命を上書きしたのに、望美は再びこの運命に辿り着いてしまった。
 苦しくて叫びたいのに、声は嗚咽へと切り替わる。
「どの運命でも、貴方は苦しんでいた…! 傷ついていた…! だから私は貴方を助けたかったのに……!」
 また、この人を失う運命に来てしまった。
 こんなはずじゃなかったのに。望美は知っていたはずだったのに。
 運命を変える力を持っている望美にしか出来ないこと。
「ふふっ……神子の言うことなら…僕はいつだってこの運命に辿り着くということなのかな……」
 微笑みすらが淡くて、時が迫っていることを望美も感じ取っていた。
 あの時と同じ。何もかもが同じ……。
「それだけ、僕がしたことは大きかった……当然の代償なんでしょうね」
 静かに、弁慶は呟いた。
「笑ってください……無理かもしれないけど、でも君の笑顔をしばらく見ていなかったですから。出来ることなら最後は、僕だけに笑って……」
 困ったように、けれども言葉は真摯に懇願する。
 笑えるわけが、なかった。
「無理です……貴方が生きてくれないと、私は笑えない……」
 笑顔の代わりに涙がこぼれた。最後までこの人の望むことを、何一つとしてしてあげられない自分に絶望する。
「そう…ですか……」
 呟き声が遠くなった。
 時間だ。消える。消えてしまう。
「さよなら、みたいですね」
「…………っ!」
 感覚が失せていく。抱きしめている重みがなくなる。
「泣かないでください」
「………いや…消えないで」
 最後まで弁慶を困らせることを解っていながら、望美はそう呟いていた。
 さよならなんて、言わないで。
 耳を塞ごうとした手を、ぎゅっと握られた。
「……さよなら、望美さん。君に逢えて、良かった」
 そのまま腕から力が抜けていく。
 首を振って弁慶は望美の額に最後の口付けを落とした。
「………っ!弁慶さん!!」
 叫ぶと同時に光が凝縮された。
 光がなくなれば、まるで最初から何もそこに存在しなかったように。
 跡形もなく、消えてしまった人。
 額に残る感覚だけを残して、そこにはもう何も残っていなかった。
「また……貴方を助けられなかった……」
 今度こそ、助けるはずだったのに。
 またあの人を一人で逝かせてしまった。
 何ももう、考えられなかった。
 そこにようやく辿り着いた仲間が到着する。
 座ったまま空を見続ける望美に、九郎は声を振り絞った。
「望美……弁慶は…?」
「……………」
 ゆっくりと、振り返る。人形のように生気のない顔。
「私は……私が変えられたはずだったのに」
 ぽつりと言葉が呟かれる。
「私が変えられたはずだったのに……また、私は……」
 ぐちゃぐちゃした感情が望美を支配した。
「間に合わなかった、のか……?」
 九郎の言葉が引き金だった。
「私が、あの人を一人で逝かせてしまった……。消えちゃった、また一人で全部背負って、私 解ってたのに。こうなること、解ってたのに!」
 まとまった言葉になっていない望美。けれど、皆それで弁慶がどうなったののかすべてを理解した。
 子供みたいに泣きじゃくりながら、望美は地面に崩れ落ちた。
 望美の慟哭が、暮れなずむ空の下にいつまでも響いた。





 絆の関失敗ルート。本来なら有り得ませんが(某アイテムがあるからね)
 有り得ないからやってみたくて(天邪鬼)
 救いようがないね、この人。

   20060317  七夜月

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