蜂蜜色の季節




「望美の好きなもの、教えてくれないか?」
 突然押しかけられて告げられた言葉に、将臣は何と言ったらいいかわからずにはぁ?と訝しげに返してしまった。
「何だよ急に、あいつになんかプレゼントでもするつもりか?」
「まぁ、そんなところだ。アレだけでは少し、心許ないからな」
「アレ?」
「アレだ。その辺については追求するなよ」
 何故か赤くなった九郎に、将臣はのろけかよ……と溜息をつきたくなる。ちなみに今、彼はバイト中の身だ。
「マスター、九郎コーヒーいらねぇって」
「おいっ、将臣!」
 やってらんねぇ〜と手を上げた将臣に、九郎は慌てて引き止めた。
「冗談だって。そんで、なんだっけ? 望美へのプレゼント?」
 開店直後にやってきて何を言うのかと思えば、将臣は静かに溜息をついた。朝だからまだいいものの、一定の時間帯ともなれば九郎の話を落ち着いて聞くことなど出来なくなる。
「違う、あいつが好きなものだ。まぁ、結局贈り物だから変わりないが……」
「わーってるよ。んで、望美の好きなもの? 今は俺よりお前のが詳しいだろ?」
「……そんなことは、ない。俺は未だに、あいつの好きなものや、何をするのが楽しいのか、ということが解らないからな」
 本気でやってらんねーぜと呟いた将臣に、九郎は苦々しげに呟いた。どうやら将臣から見ても九郎は自分自身に対してこちらの世界への知識に自信がなく、そのことがまた望美の気持ちが曇って見えなくなっているようだと簡単に推測できるほどわかりやすかった。本当は望美が何をしたら楽しいのかなんて、第三者の将臣から見たらものすごく解りやすいことなのだ。
 当の本人が気づいてないんじゃ、仕方が無いのだが。
「まぁ、知識不足じゃ出だしも遅いわな。そりゃ仕方ないだろ。でもそういうのって時間をかけてりゃ自然と解るもんじゃねーの?」
「……それは、そうかもしれないが。時間をかけているだけでは駄目だろう? もっとちゃんとあいつを理解したいんだ。それには、まずお前に話を聞くのが筋だと思ってな。……お前の方がまだ、望美を理解している」
 少し悔しげに呟かれた言葉。特にラストの台詞は九郎の視線が鋭く将臣をつく。が、原因さえはっきりしてしまえば、それは痛くも痒くもないものだった。
「俺に妬いてんのか? 勘弁してくれよ。俺は巻き込むなよ」
「なっ、違う! 変なことを言うな!」
 顔赤くしてどこが違うんだよ、とでかかった言葉を飲み込んで、将臣はこの迷惑な客をさっさと帰すことに決めた。こちらは開店直後で色々と忙しいのだ。店外清掃もまだ済んでいない。
「そういや前に、あいつオルゴールとか好きだって言ってたな。一時期は熱がデットヒートしてて、オルゴールのCDとか色々買ってたみたいだぜ?」
 俺も聞かされたし。そのときのことを思い出して、将臣はハァッと溜息をついた。頼んでないのに二階の窓から毎日毎日CDを渡されて、更に感想も言わなきゃいけなくて、とんだ災難な目にあったのだから。
「でもやっぱりボックスのぜんまいで巻くタイプのものが好きだってよ」
 将臣にとってもぜんまい式のものはありがたかった。一曲しか入っていないしすぐ終るし、感想言うのも一曲分で済んだのかだから。
「『おるごぉる』か……一度だけ見たことがある。そうか。ああいったものが好きなのか」
「まぁ、昔の話だし。今はどうだかしらねぇけどな」
「いや、助かった。ありがたい」
 九郎はふっと笑うと、将臣にお礼を述べた。やれやれ、ようやくコイツも帰るか……と思いきや、九郎が持っていたカタログが丁度見えて、将臣の口許がニヤリと上がる。
「はっは〜ん……なるほどな。そっかそっか、お前もようやくそんな気になったわけだ」
「は?」
「まぁ、せいぜい頑張れよ。しゃーねぇ、今日は俺が奢ってやる。前祝いって奴でな」
 意味深な台詞に九郎はコーヒーを飲みながら眉を上げた。将臣の言っていることがいまいち解らなかったが、将臣がエンゲージリングのカタログを指したときに、思わず飲んでいたコーヒーごとむせた。
「げほっ……言うなよっ! あいつには絶対に!」
「いわねぇよ」
 慌てふためく九郎の姿がよほどツボに入ったのか、将臣はげらげら笑いながら手を振った。将臣にバレてしまったことで居た堪れなくなったのか、九郎は熱いコーヒーをグッと飲み干すと今度は舌を火傷しそうになり、むせた。そんな動揺しまくりな九郎の姿が更におかしく、将臣の笑いはしばらく収まらなかった。
 九郎が帰った後、将臣は丸いトレーを指でクルクル回していたが、ドアが開いてふと感じた熱気に思わず「夏だなぁ」と呟いた。
 暑い日差しが照りつけて、将臣にとっては海が恋しくなる季節。
 けれど、恋人たちには黄色い太陽が全てを溶かしてしまいそうな、そんな特別な甘い季節になるのだろう。
「とりあえず、まだ譲にはだまっとかねぇとな」
 弟が受ける衝撃のほどは兄の将臣でも正直掴みきれないが、とりあえずショックを与えるのはもう少し先だろう。後はあの本人たち次第なのだから。
 そんな彼らを照りつけるように、今日も太陽は輝いている。




 将臣と絡ませ隊☆隊員の七夜月です(嘘)とりあえず、青龍の会話が……むしろ「俺に妬いてんのか?」な台詞が書きたくなって書いてたんですけどねー。相変わらず本人同士の居ないところで話が進むのが大好きな私です。甘い会話になりゃしねぇ(笑)
 将臣くんは今回良き理解者として出てきてます。ライバルは譲くんだけですね(笑)というか、将臣くん望美ちゃんに思いがあったとしてもきっぱりとけじめつけそうです。割り切る?それが漢の中の漢です(ェ)

   20060520  七夜月

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