潤い溢れる気持ち どんなに私が一生懸命頑張っても、認められないことは多々あった。 実際、私がいた世界と彼がいた世界ではそれが大きく差が出ている。 彼が居たところは、努力すればするほど報われることも多いけれど、報われないときは報われない、両極端な世界。でも、比較的に報われることの方が多かった気がする。 でも、こちらの世界はあちらに比べると少し複雑で。 戦のない代わりに彼が手に入れたのは、『猛勉強』と言う名の私だったら悲鳴を上げてしまいたいようなことだった。けれども、彼は『出来ない』なんて言うことはなく、ただひたすら頑張っていた。 私が出来るのは彼を応援することだけ。勿論、教えられることは教えるけれど、でもきっと私が出来ることなんて実際はすごく少なくて。 彼の努力が全ての結果に繋がってゆく。 それが異世界に来るということ。私も実際に体験したから、彼の気持ちはすごく良く解る。けれど、私にとっては一年くらい(でも運命を幾つも上書きしているから、実際の年数を数えたらもっとあるのかもしれない)のことでも、彼にとっては一生のこと。きっと私よりもずっとずっと辛いんだろうな、って思う。 だけど、彼が弱音を吐かないのは、きっと彼自身の強さ。頼る、頼らないとか、そんな話じゃなくて、彼はきっと自分にも一生懸命だから。 そんな彼が私は好きになった。だから、それはすごく嬉しいものだし、彼にもきっと大事なことなのだろうと思う。 ――でも、辛くなったら少しくらい休んでも構わないんだよ。ずっと走りっぱなしじゃ疲れてしまう。それは貴方も経験してるはずだから。 一生懸命な貴方も大好きだけど、時には時間を止めてみて。きっとつまづいた答えも見えてくるよ。 焦らないで、ゆっくりいこう?私たちに与えられた時間は、まだ始まったばかり。―― カラン、と氷が解けてそれが入っていたグラスが音を立てた。ストローがさしてあるものの、飲み物がなくなってから結構時間は経っていた。 毎日暑いなーとか、やっぱりカキ氷も頼もうかなーとか、そんなくだらないことを考えるのにも飽きてしまった。 待ち人来ずとはまさにこのこと。 私は今日は一緒に出かける約束をした九郎さんを、待ち合わせの喫茶店で待っていた。ちなみに、将臣くんのバイト先であるが今日は彼はシフトに入っていないらしい。 いつもだったらこうして待っていたら話し相手になってくれるのに(とはいえ、九郎さんが遅れてくるのは珍しいから、実際に喋ってる時間はたいした時間じゃないけれど)、今日はマスターも別の人とお喋りしていて私にはただ黙ってグラスの氷をかき混ぜて、待っていることしか出来ないのだ。 汗をかいたグラスに残っていた氷が溶け出して、飲んでいたアイスティーが薄まっていく。それを行儀悪いと知りながらずずーっと吸い上げて、ストローの先を軽く噛んだ。 「もう、遅いなぁ」 一人ごちても結局九郎さんが来るわけでは無いので、虚しくなって辞めた。代わりに時計を見ると、大体30分は経過している。この時代に来たての頃はよく迷子にはなっていたが、こんな大幅な遅刻だけはしない人だった。 それどころか、迷子になっても大丈夫なように、最低でも待ち合わせの30分前につくように家を出ていたらしい。(用意周到なのか、自分でも信じられないほどの方向音痴なのかは定かでは無いが) そんな不器用だけど真面目な彼が遅刻するなんて、何かあったのではないだろうか?と妙な不安が頭をよぎる。 「あーもう、早く来てよ九郎さん」 こんなことでは私の心臓が先に持たなくなりそうだった。やはり携帯を買わせるべきだったと、後悔する。 ――うん、そうだ、携帯を買いに行こう。九郎さんが使えるような携帯。特に希望が無ければ私と同じ機種にしちゃって、会社が一緒なら割引とかもあるだろうし。 私が勝手に今日のデートプランを頭で構築しているときだった。 「すまんッ!!」 そう叫びながら店に入ってくる見覚えある人。あまりの声の大きさに、他のお客さんから視線を集め、顔なじみとなったマスターからは苦笑が漏れる。 ああ、もう……と、別の意味で顔を覆いたくなった私は、覆う代わりに深く息を吐いた。ちなみに、九郎さんも自分のしたことで妙な視線を集めたことに気づいたのか、気まずそうにこちらに歩いてきた。 「遅れてすまなかった」 「本当ですよ、何でこんなに遅くなったんですか?」 律儀に頭まで下げてきた九郎さんに少し目を見張る、さっきの次がこれでは嫌でも注目が浴びてしまう。「もういいですから、とりあえず座ってください」と、席に促して彼は言われたとおりに私の前の席に座った。 「少し、寄る所があった」 「寄るところ? 九郎さんが?」 今まで九郎さんが出かけるにはいつも一緒に行動していた私は少し驚き、寂しく思う。だが、これも彼がこの世界に慣れてきたということなのだろう。 将臣くんにそそのかされて変な場所に行っていないのなら、どこに行くのもそれは九郎さんの勝手だけれど。なんて、可愛げのない考えまで浮かんでしまった。 「ああ、手に入れなければならないものがあったからな。しかし遅刻したことは事実だ、それは俺が悪い。許してもらえるまで、謝罪する」 「あの、別にそこまで怒ってないです。無事だったなら、もういいですってば」 なるほど、律儀な人ほど遅刻することに対して罪悪感が沸くのか……でも私は九郎さんが無事に来てくれたならそれで十分だった。 ……まぁ、携帯は買ってもらうけど。 「それで、どうします? せっかく久々に会えたんですから、どこか遠出でもしましょうか」 とりあえず携帯は私が持っているものって決めてしまっているので、あえて重要視しない。時間もそんなにかからないだろう。帰るときでも構わないはずだ。多分、九郎さんに携帯を買ってといったところで、何がなんだかさっぱり解らないだろうから。 「あ、ああ…そうだな。いや、待て」 「はい?」 「こういうのは勢いがないとダメだ」と一人で呟いている九郎さん。何がしたいのかさっぱりわからず、私は九郎さんが言葉を発するのを待った。 「この世界では、俺の居たところとは色々勝手が違うらしいな」 「ええ、そうですね。やっぱり異世界だし仕方ないです、というか、今更なんですか? 何かあったんですか?」 その話は来た当時たっぷりと聴いていた。今更するような話でもないように思えるけど。いきなりそんなこと言われて、私は不思議に思う。 「いや、何もない。……いや、ある」 「どっちですか」 「ある、が……ああ、どうもここは人が多いな」 九郎さんはちらちらと辺りを見回している。いつもだが、今日は更にいつもより落ち着きがないようだ。 「誰も聞いてませんよ? ほら、思い思いに話をしてるじゃないですか」 辺りを見回しながらそういうと、九郎さんはうんともすんともつかない唸り声を上げただけだった。 「人気のない場所がよければ、場所を変えましょうか?」 「……いや、ここでいい。というか、時間を延ばせば延ばすほど言いにくくなりそうだ」 「はあ……」 とりあえず、何かを話したがっているの確かなようだ。私は黙って九郎さんの言葉を待った。 九郎さんの視線は伏せられていて、どこか泳いでいるようにも見えたが、私を一点で見つめ返すと、小さな箱を取り出した。飾り気なんてものは存在せず、ラッピングすら施されていないものだった。二つに分かれるその折り目のある箱に、私の中で「まさか…」という考えが浮かぶ。 「これを、お前に受け取って欲しい」 え、まさか。まさかコレって、もしかして? 動揺して動けない私に不安を感じたのか、九郎さんの顔に陰りが見える。 「嫌、か?」 「い、いえ。そうじゃなくて……なんか、その……」 言葉を返すことが出来なくて、私は震える手でその箱を手に取った。開けても?という視線の先には九郎の少し安心したような顔。 落ち着け、落ち着け私。 私は呼吸を整えて逸る心臓を押さえ、その小箱を開けた。 すると、何故か流れ出す昔懐かしいメロディ。 「ああ……オルゴール、ですか……」 一気に脱力した。期待させといてこの仕打ちとは……。もちろん、オルゴールをくれたことはすごく嬉しいけれど、別のものを想像していたせいで、ちょっとした喪失感が私を包む。 よくよく裏を見れば、そこにはちゃんとぜんまいがついている。それが余計に私を脱力させる原因となる。冷静になってみれば指輪にしては妙に重量があるなぁとか考えられるようになったのだから、しょうがない。 指輪をくれる、なんてこと。まだ……ないよね。 「将臣に聞いたのだが、お前はこういうものが好きなんだろう?」 「好きですよ、はい。とっても嬉しいです」 期待通りではなかったけれど、プレゼントしてくれたその気持ちは嬉しい。だから、私は微笑みを浮かべてそう答えた。それに勝手に期待した私が悪いのだから九郎さんを責めるのはお門違いだ。 「そうか、お前が気に入ってくれたなら、遅刻しただけあった」 「これを買ってたんですか?」 まさか私にプレゼントを用意してくれているとは思いもよらなかった。こんな遅刻なら、後々根に持つことは出来ないな。うん、でもたまにからかってみるのはいいかもしれない。とか思ってしまう自分に苦笑する。 「ああ。あとな……」 九郎さんは懐のポケットに手を突っ込み何かを探している。 「手を貸してくれ」 手? 言われてどっちの手か解らずに、両方出した。九郎さんは私の左手をそっと取ると、薬指にスッとシルバーの指輪を通した。 へ?と思う間もないほど、あっけない動作だった。 「男が結婚を申し込むときは、こうするのが『せおりー』なんだろう?」 本当にあっけなさすぎて、一瞬何が起こったのか全然わからない。口を開けば言おうと思ったこととは違った言葉。 「……これ、将臣くんから聞いたんですか?」 「こんな恥ずかしいことを将臣に聞けるものか! ……ちゃんと、自分で調べた」 照れているのか、怒りながらそっぽを向いてしまった九郎さん。でも、本当に怒ってないのはちゃんと解ってる。 「俺は、きっとまだまだ至らないと思う。こちらの世界に来てからはそれが骨身に染みるんだ。けど、それでもお前と一緒に居ることが出来てすごく幸せで、それは失くしたくない大事なものだと思っている。お前は来年になったら成人を迎えるだろう? だから、俺は……」 言葉を切ってしまった九郎さんは、言おうか言うまいか迷っているようだった。だけど、ここまで言ったなら、最後まで聞かせて欲しい。こんな大事なこと、うやむやにされたくない。真剣に九郎さんを見つめると、九郎さんも私を見つめて少しだけ硬い…いつもよりほんのちょっとだけ低い声で私にその言葉をくれた。 「一人前になった女性として、俺を支えて欲しいんだ。俺の…妻となってくれないか?」 聞きたかった言葉がその口から語られる。頭がしびれるように真っ白になって、言葉が思いつかない。なんて、なんていったらいいの?こんなとき。 「あ」 呟く言葉がまるで自分のものでは無いような気がして、私は口を押さえた。代わりに出てきたのは、止まらない涙。 「おい……」 九郎さんを焦らせていることは解ってる。だけど、涙を止めることは自分でも出来なくて。でも自分の胸をくすぶってるこの思いだけはどうにか伝えたくて、なんとか口を開いた。 「……私、一生懸命頑張ってる九郎さんが好き。ずっとずっとこっちの世界のこと、何にも解らないから勉強してて、仕事もしてて、疲れてるはずなのに、笑って私を迎えてくれる九郎さんが好きなんです。でも、私はずっと九郎さんに何もしてあげられなくて……どうしたらいいか、解らなかった」 「それは違う。俺はお前の存在にずっと助けられていた」 そんなことない、と思った。 「違う、違うよ。それこそ、私だよ。九郎さんが笑ってくれるのが嬉しくて、でも私に出来ることはすごく少なくて。でも……これからは、今よりずっと傍で貴方を支えていっていいのかな? 私にも九郎さんににしてあげられること、あるのかな……?」 「当たり前だろう? 俺はずっとそうして欲しかったんだ。あまりこういうことは待たせるべきではないと解っていたんだが……その、けじめをつけたかった」 それがどんな意味かは咄嗟に浮かばず、私は顔を上げる。すると、いつもの私の大好きな笑顔がめいっぱい浮かんでいた。私を包み込むその光みたいな輝く笑顔に、ただただ胸を打たれる。 「待たせてすまなかった。でも、これからはずっと一緒だ」 臆面もなくそういえる九郎さんが少しおかしくて、私の涙は気づけば引っ込み、代わりに笑顔が浮かんでいた。 胸をつく、この気持ち。ああ、私の全てに今、浸透していく。溢れんばかりのそれはきっと、すぐにも私を幸せに導くだろう。 「……はい」 身体を満たすこの気持ちは、すぐにも私の思考を一つに染める。 愛しいという、気持ちへ。 了 へっ、なにコレなにコレ!? 何でプロポーズ話になってんの!!??(愕然) とりあえず最初は最後の言葉が書きたくて書いてたんですが、気づけばこんなことに(NO!) でも私的には甘いという感覚はなく、あくまでほのぼのなんですが。 超絶爽やかほのぼのだZE☆?みたいな気分なんですが。 望美ちゃん乙女思考じゃない辺りが良い例かと(笑) なんかね、コレをシリーズで婚約期間中の話を書いてみたいとか思い始めてる自分がいます(ェ) 甘くないけどね!きっとほのぼのだけどね!すいません、一番好きなんです(殴) ちなみにBGMは下川みくに「それが、愛でしょう」です♪ 20060519 七夜月 |