13.アクシデント


 自分で言うのもなんですが、私はかなりお人よしだと思う。
 地図を片手に会長から渡されたノートを持って、私はとある家を探していた。ああ、もう。休日で暇だからって街をぶらぶらするんじゃなかった。そうすれば、会長に出くわすことも無かったのに。
 別にいきたかないけど、今日中に届けなきゃ困るって言われたら、誰だって断るのを躊躇うでしょう。しかも、これから重要な生徒会議があって、学校に行くから届けられないとか言われた日にはさ。もう、本当に私はお人よし過ぎる。
 まぁ、会長の様子も焦っているようで、いつもとは違った強気で変ではあったけど。
 目当ての家はマンションの一室にあった。完全オートロックの超高級マンション。どこの金持ちだ。
 呆けていても仕方が無い。エントランスで言われたとおりの部屋番号を入力すると、インターホン越しに彼の声が響いてきた。
「はい」
「春日ですけど」
「…………え、ああ。今開けるからちょっと待ってて」
 間が気になったけど、いきなり訪ねたらそれは誰だってビックリするだろう。無理やり納得して開いた自動ドアに私は足を踏み入れた。
 5階を選択して、エレベーターで昇る。部屋の前で待っていると、玄関が開いた。
「いらっしゃい、どうしたの?」
 顔を覗かせたのはくせのある赤毛。ワイシャツを着崩していて胸元が開いている彼は少々汗ばんでいて、妙な色香を感じてしまい、私は目のやり場に困り視線を彷徨わせる。
「これ、ノート。会長から頼まれたの。忙しいみたいだったから」
「ああ、ありがとう」
 心なしか、息遣いも荒いような……。
 まさか。
 変な想像を仕掛けた自分を無理やり首を振って止める。まさか、いや、でもありえないとも言い切れないし。かといって、私がとやかくいうことでもなし。ここはさり気なさを装ってさっさと帰るに限る。
「それじゃあ、私帰るから」
「せっかく来たのに、おもてなしも何も出来ずに悪いね」
「別にいいよ、お楽しみのところ邪魔したみたいだし。それじゃ」
「お楽しみ?」
 さっさと帰ろうと踵を返したのに、腕をつかまれた。
「春日何か勘違いしてない?」
「別に私は……」
 口論になりかけたとき、エレベーターのドアが開いて、長い黒髪の一人の女性が降りてきた。可愛らしい白いワンピースを纏ったその女性はヒノエくんを見ると、嬉しそうに駆け寄ってきた。
「ヒノエくん! 良かった、元気そうで。心配だから来ちゃった。大丈夫?」
「……なんで」
 その女性を見たヒノエくんの顔が、苦痛に歪む。私はそれが意外で、思わず言葉をなくした。そんな表情を女性に向けるなんて、初めて見たからだ。
「なんで来たの?」
「なんでって……心配だからに決まってるでしょう? 一人暮らしだし、弁慶さんだって心配して……」
「悪いけど、帰ってくれない。見て解るだろ? 今、彼女来てるから」
「ちょっ、藤原くん…!」
 藤原くんの目がこちらに向けられて、口が微かに動いた。
「ごめん、今だけでいいから、話合わせて」
 その表情が切実としていて、やっぱり私はまた口を閉じた。
「ごめんなさい。……でも、ヒノエくん全然帰ってこないじゃない。私たち心配なの、また身体壊したらって」
「心配には及ばないから大丈夫。その話はまた今度ね。アイツにも言っといてよ、心配するだけ無駄だからやめとけって。それじゃ」
「えっ」
 私は腕を引っ張られて、気付けば藤原くんの家の玄関の中に居た。外で女性が藤原くんを呼ぶ声が聞こえていたけど、結局諦めたのか、ミュールの音が静かに消えていった。
 その間、私は何故か藤原くんに抱きしめられていた。
「ねぇ、行ったみたいなんだけど。いい加減離してよ」
「うん、ごめん」
 ごめんというくせに、藤原くんの腕の力は強まるばかり、私はどうしたらいいのか解らずに黙って為すがままにされた。
「ねえ、さっきの人心配してたけどいいの?」
 話題を変えたくて、この空気が何だか居心地悪くて、私は問う。ヒノエくんは一度だけ身体を揺らして反応したけれど、声は意外と普通だった。
「あの人、オレの叔母なんだ」
「へぇ」
 それにしては随分と若い女性だった。私と同じように長い黒髪が腰にまで届いて、歩くだけで華やかになるような、そんな人。てっきりわたしはあの人もヒノエくんのオトモダチの一人かと思っていたけど。
「弁慶……オレの叔父と結婚した、オレの初恋の人」
「別にそこまで聞いてないけど」
「だよな。ごめん」
「謝るなら離して」
「ごめん。話合わせてくれて……ありがとう……」
 声が重くなっていくと同時に、藤原くんの身体が私へと沈み込んでくる。ちょっとと声をかけようとして、私は彼の身体の異常なほどの熱にようやく気付いた。
「藤原くん、キミ具合悪いんじゃ……!」
 平気だという言葉は聞こえなかった。聞こえるのは荒い息遣い。変な妄想をしていた自分を恥じる。それと同時に、申し訳ない思いでいっぱいになった。さっきから一緒に居たのに、このときまで気づけなかった自分に苛立つ。
 しっかりしてよ、と声をかけて、引っ張りあげようとしたけれど、男の人の身体は重くて、私一人では持ち上がらない。それでも何とか肩を支えることが出来たので、ゆっくりと確実に一歩ずつ歩く。けれど、寝室は何処だろう。何処に連れて行ったらいいのか……思い悩んでいた私は、人が寝れるほどのスペースがあるソファをリビングで見つけて彼をそこに横たえた。
 病人を置いてこのまま帰るのも忍びない。一人暮らしだと言ってたし、看病する人もいないだろう。
「ああ、もう!」
 本当に自分のお人よし加減を呪う。勝手ながらに冷蔵庫を覗いて、何も無いのを確認すると、私は立ち上がった。

 了



後書
 今回はちょい長めですー。アクシデントだったんです(笑)
 一番書いてて楽しかった、だって思いっきりツンデレですよ!!(待て)
 これからちょくちょくネタばらししていきますので宜しくです☆
 20061017  七夜月
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 14.昼食

 夢うつつにもいい匂いというのは反映されるようで、嗅覚がうずく。こんな匂いを家で嗅ぐのはいつ振りだろう。
 重い瞼をゆっくりと開けると、誰かの後姿が目に入った。エプロンをしている黒髪の女性。あの人とダブったように見えて、ヒノエは身体を起こした。
「望美……?」
「あ、ヒノエくん起きた? 良かった、じゃあこれ、お昼ご飯作ったから食べてね。あとクスリ買ってきたから。ごめん、勝手だとは思ったけど、鍵とキッチン借りたの。ねぇ、体温計どこ?」
「え、あ、春日……?」
 ボーっとしてたら、てきぱきと動く春日望美の姿があった。テーブルの上にはラップに包まれた皿がいくつかある。どれも、胃に優しそうな食事ばかりだった。
「体温計ならそこの引き出しに入ってるはずだけど」
 言われたことを脊髄反射で答えて、ヒノエは苦笑した。何を勘違いしているんだ、一体。やはり、倒れる前に会ったからだろうか。
「ふぅん、ホントだ。それじゃあこれで、熱計って」
 渡された体温計と望美を交互に見ていると、望美が眉をひそめた。
「何してるの? 早く計ってよ」
「いや、なんでここまでしてくれるのかなって思ってさ」
「放っておけないでしょ、熱出してるのに。それ計ったらこっち食べてね。勝手にクスリ買ってきたけど、ヒノエくん副作用出ちゃうとかダメなクスリない?」
「平気」
 ポンポン言葉が飛んでくるので、ヒノエは答えるので精一杯だ。
「そう、良かった。あ、食べる前に着替えてね。寝汗かいてびっしょりだよ。引き出し勝手に開けていいなら服出してくるけど」
「そのくらい自分でするよ。ありがとう」
「どういたしまして」
 望美はさっきから何を忙しいのかバタバタしていた。ヒノエに近付き額に触れる。その時、初めて望美の顔に笑顔が浮かんだ。
「うん、良かった。さっきよりは下がったみたい。でもまだまだ熱いんだから、気をつけてね」
「ごめん……」
 ヒノエを嫌いだといっていたのに、何故ここまでしてくれるのか、ヒノエには理解しがたかった。無言で時は流れ、体温計の音が部屋に響いた。
「37.9度……うーん、ヒノエくん低血圧っぽそうだし、割と高めなのかな。それじゃあ着替えた着替えた。私部屋出てるから、終ったら呼んで」
 言うが早く、望美は洗面所のほうへ入ってしまった。ヒノエは起き上がって、着替えを取りに行く。ふらっとしたが、そこまで眩暈が酷くは無い。熱の割には思ったより軽い症状ですんでいるようだ。
「春日、着替えたけど」
 ヒノエが望美を呼ぶと、望美が洗面所からタオルを一枚持って戻ってきた。
「これ使っていいの? だったら、身体これで拭いてね。ごめん、着替える前に渡せばよかった」
「いや、いいよ。色々とありがとな」
 ヒノエの苦笑に、望美はホッと胸をなでおろしたようだ。
「なあ、オレのこと嫌いなんだろう、ここまでしてくれなくてもいいのに」
「嫌いでも病人は別。それに……」
 望美はそして口ごもった。何かを言おうとしているが、口に出すのを躊躇っている。やがて、やはり言葉を飲み込んでしまった望美は急かすようにヒノエを席につかせた。
「食べたら元気になるように、ちゃんとクスリ飲むんだよ? 私もそろそろ家に帰るから」
「え、もう? 一緒に昼食べてけばいいじゃん」
「これからちょっと用事があるの。後片付けはお任せになっちゃうけど、具合よくなってからでいいからね。とりあえず使ったものは洗っておいたから、後はこの食事のお皿を洗うだけ」
「そっか。用があるのに引き止めちゃって本当にごめんな」
 その時、望美がプッと笑った。
「らしくないよ、そう何度も謝るの。私の事は気にしないでいいから。それじゃあね」
「あ、送ってく」
「病人が何言ってるの。そんなことしなくていいから。まだ日も十分高いし、心配しないで」
「そう、じゃあ……またな」
 荷物を持った望美は、急いでいるのか忙しなく帰っていった。それをヒノエは見送って、溜息をつく。
 こんな格好悪い姿を見られるとは、正直自分に呆れる。だが、それ以上に、望美には感謝の気持ちでいっぱいだった。ここまでしてくれるなんて、勘違いしそうな自分がおかしい。嫌っているのに、彼女は自分を嫌っているのに、なんでここまでしてくれるんだろう。嬉しくて、病気で余裕が無い今の自分は、たったこれだけでこんな気持ちになれる。
 今度お礼をしよう。一体、どんなものをあげれば彼女は喜ぶだろう。笑ってくれるだろう。
 今日初めて見た笑顔に負けないくらいの、とびきりの笑顔を見せてくれるそんなものを贈ろう。
「うまいじゃん」
 そんなことを考えてるだけでも、元気になれそうな気がして、ヒノエは笑顔を浮かべて望美が作った料理を口に運んだ。

 了



後書
 気付いたかしら?気付いたかしら??
 望美ちゃんが初めてヒノエくんを藤原くんって呼ばなかったこと!!(ェ)=ヒノエくんと呼んだことw
 一話から書いててようやくですよ!やー長かったね!(笑)
 20061017  七夜月
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 15.風紀委員

 解ってしまった。彼が彼を嫌っているにも拘らず私に固執する理由。
 藤原くんの家に行って以来、私はもやもやとした感情を胸のうちに秘めていた。理解と納得は別問題だ。かといって、前ほど彼に対する不快感もない。
 別に病気だったからほだされたとか、そんな単純な理由じゃなく、彼も結局は同じなのだ。いわれたとおり、本当は誠実なのかもしれないけど、そのやり方を間違えていると知った。
 彼は今でもたった一人に恋をしている。
 それは本人ですら感情を弄んでどうすることも出来ないのだろう。
 彼の家で、偶然に伏せられた写真立てを見つけて、私はそれを見てしまった。写真に写っていた女性とヒノエくんはとても楽しそうに笑っていた。そして、女性の脇で不自然に折られている写真を不思議に思ってつまめば、そこには女性の肩に手を置いている、栗毛色の髪をした男性が柔らかく笑っていたのだ。直感的に、この人が叔父だというのはわかった。そして、おそらくこの女性の旦那様。
 ストンと、私の中で何かが落ちた。
 イライラさせる感情が失せる代わりに、手にしたのはなんとも言いようのないという感情だった。
 会長が言っていた事も納得できた。
 どんな形にせよ、というのはこういう意味だったんだろう。
 以来、私は彼とどんな顔して会えばいいのかわからなくて彼を避けている。学校に来るのもなるべく彼とは会わない時間を選んでいた。
 重苦しい溜息が口から漏れる。どういう風に会えばいいのか解らない。勝手に写真を見てしまったことへの罪悪感? 私、どうしたらいいんだろう。
 廊下が煩い。私がこうして真剣に悩んでいるのに、一体何事なの?
「……なんか、うるさくない?」
 友達を見たら、同じことを思っていたらしく、頷いた。
「うっへー、チョー修羅場だよ」
「どしたの?」
 戻ってきた男子生徒に友人が声をかける。すると、男子生徒は出刃亀丸出しな笑顔で楽しそうに言った。
「一年風紀委員と、隣の藤原がやりあってんだよ」
「へーえ、とうとう捕まったか。ヒノエくん結構ギリギリの服装してたしね」
「風紀委員はほら、確か隣のクラスの有川の弟だよ」
 は? すぐには飲み込めなくて私は情報を整理した。一年生で、将臣くんの弟ってことは……。
「譲くん!? え、なんで!」
 思わず動揺してしまった。風紀委員が服装の悪い生徒に対して注意するのは当然の事。まぁ、下級生が上級生に向かって注意って言うのは珍しいかもしれないけれど、普通に思えばおかしい話ではない。
 けれど、その組み合わせがなんだかおかしく感じて、胸騒ぎがする。
「さぁな。なんかよくわかんねぇけど、ちょっと興奮してるみたいだったぜ。兄貴の方呼んで止めたほうがいいんじゃね?」
「私行って来る!」
 なんだか二人が心配になって、私はそれだけ言い残して廊下に飛び出た。

 了



後書
 修羅場ですよ、修・羅・場☆w副題が合ってるんだか合ってないんだか。
 いっそ血しぶきあがるほど殴り合えばいいと思うw
 さて、今回は前回よりも短いですが、次の題名の都合上仕方ないのです。お許しを!
 20061021  七夜月
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 16.廊下

 ざわついていた廊下に出ると、そこにいたのは睨み合っている譲とヒノエだった。
「譲くん!」
「……っ、先輩」
 望美が譲に駆け寄ると、それを見ていたヒノエが視線を外した。
「何、どうしたの?」
「いえ、何でもないですよ。ちょっと、風紀委員の仕事をしていたまでです」
 望美が不安にならないようにか、譲は苦笑を浮かべて望美をやんわりと突き放す。そして、ヒノエとアイコンタクトで一度だけ睨みあう。鼻を鳴らしてヒノエは肩を竦める。
「そーそー、オレが捕まっちゃっただけ。まぁ、下級生に捕まるとは、思っても見なかったことだけどさ」
「藤原くん……」
 望美の表情に戸惑いが浮かぶ。
「明日までに、服装直してきてくださいね。それと、さっき言ったように、金輪際彼女に近付かないでください」
「なんで話すだけでいちいちお前の許可を取らなきゃいけないの? 冗談じゃないね」
「だったら、彼女を惑わすような発言はやめて頂きたい」
「何言ってんだよ、オレがいつ惑わしたって? それに、そういうのって自由意志じゃないの? 何から何までお前が決めていいことじゃないだろ。オレから言わせて貰えば、いつまでも一番近くに居る年下だってことに甘えて、何にもしようとしないお前に言われたくないね」
「………ッこの!」
「ストーップ! ちょっと待って、二人とも! 何を喧嘩してるのか知らないけど、今争うことじゃないでしょう。譲くんも藤原くんも落ち着いて」
 間に入った望美は手で牽制するが、二人の勢いは止まらない。
「とられそうになったからって慌てて牽制するなんて、ガキの証拠だぜ?」
「…………っ!!」
 譲の怒りで目を見開いたその時、ヒノエの身体が吹っ飛んだ。
「藤原くん!?」
 驚いた望美は思わずヒノエへと駆け寄る。口から流れる血を拭いながら、ヒノエはニヤリと笑った。
「ガキで悪かったなぁ、藤原」
「将臣くん!」
 譲の目の前で腕を組んでヒノエを睨んでいるのは将臣だった。
「ふぅん、弟のピンチに兄貴が出てくるとはね」
「弟のピンチつーか、俺もそうだからな」
 将臣は譲の前に出ると、ヒノエを挑発する。
「来いよ、男なら拳で勝敗決めようぜ」
「ふ〜ん、熱いねぇ。けど、そういうのも悪くない」
「悪くないって……ちょっと何言ってるの?」
 だが、望美が止めなくてもその勝負は止まらざるを得なかった。
「お前ら! 何をしてる!」
 幾人かの教師がやってきて、血気漲る将臣とヒノエそれぞれを取り押さえた。職員室へと連行されていったその二人と、事情を聞くという名目で同じく職員室へと呼ばれた譲を、何が起きたのかさっぱり解らない望美が他のギャラリーと同じく唖然として彼らを見送った。

 了



後書
 とうとうやりましたで、旦那!!(誰)
 もっと殴り合えばいいと思う!!(←男同士の殴りあい大好きな人w)夕日の前で殴りあえよ!
 突然ですが、将臣くんとヒノエって珍しい組み合わせだよね!(何)でも書いてるの楽しい!
 20061021  七夜月
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