17.屋上デート


 厳重注意。それが、今回二人に与えられた処罰。そんなに重くなくてよかったけど、でも、私は何故そうなったのか、いまだに解らなかった。
 考えを少しまとめよう。風に当たりたくて、屋上に昇る。
 そこには先客が居た。
「春日? 何、どうしたの?」
「それはこっちの台詞。今は反省室に居るはずの藤原くんがどうしてここにいるの」
「サボりだよ。つまんねーお小言聞いてられないだろ?」
「そのつまんねーお小言を聞くのが、反省なのに」
「あはは、そのとおりだ」
 沈黙が、私たちに降りた。藤原くんは私に向かって手を差し伸べる。こっちにおいでの合図だろうか。
 前の私なら絶対いやだって撥ね退けていたのに私は逆らう気も起きずに隣に座った。
 ヒノエくんが空を仰ぐのを真似て、私も空を仰いだ。
 言葉も、会話も無い時間。ヒノエくんとこんな風に過ごすことは初めてだった。
 聞きたいことが色々あった。だから、思いつく限り私は言葉にしてヒノエくんに尋ねる。
「ねぇ、どうして喧嘩なんかしたの?」
「さぁて、どうしてだろうね」
「誤魔化してるでしょ」
「誤魔化すっていうより、言えない。これはオレとあいつらの問題だからね」
「男の子って、変だね」
「女の子とは違う生き物だから、こればかりはしょうがないよ」
 そういって、ヒノエくんは笑った。
 初めてだった。こんな風に笑う藤原くんの笑顔を見て、胸が切なくなったのは。
 多分、恋とかそういうんじゃない。私が勝手に、思い込んでるだけなのかもしれない。
 でもきっと、この笑顔は一人のためにあった笑顔だと思ったら、今まで私はなんて浅はかだったんだろうとも思える。
 私は枠に捕らわれ過ぎていたのだ。人の心に決まった型なんかないというのに。
 会長の言葉がリフレインする。
 互いを知るには、近付かなければならないと言っていた。ほんの少し近付いて解ったこと、それは彼も同じだってこと。
 彼もきっと、他の人とはなんら変わらない。
 たった一人を求めて足掻いている。
「ねぇ、ヒノエくん」
「なに?」
「この間の告白って、まだ有効?」
「え?」
「期間限定でさ、付き合ってみようか。一週間だけ」
 私の口から、自然とその言葉が出てきていた。ヒノエくんはよほどのことなのか、私を凝視している。
 そんなに見られるとさすがに居心地悪い。けれど、そういう態度をとられても仕方ないほど、私はあからさまに嫌っていたのだからしょうがない。今は勿論反省している。
「それは嬉しい……けど、どうして急に? それと、一週間の理由は?」
「だってお互いのこと、私たちよく解ってないし。知る期間って必要でしょ? だから」
 上手く誤魔化せたかな。ヒノエくんを見ると不思議そうな顔をしてはいたけど、変には思わないでいてくれたみたいだった。
 だって、本人を目の前にして言えるわけない。きっと、一週間もすればヒノエくんの中で決着がつく。
 私と初恋の人を重ねることもなくなるはずだから。
「じゃあ、一週間から、始めようか」
 その一言から、私に一週間だけの初めての恋人が出来た。

 了



後書
 転機です。起承転結の結の始まりです。何もかもが終結に向かう転機って感じでしょうか。

 20061025  七夜月
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 18.クラブ活動

「付き合う!? 本気ですか、先輩!?」
「うん、そんなにビックリすること?」
「それは、その……先輩が万が一にも誰かと付き合うとしたら、兄さんだと思ってましたし。ましてや藤原先輩だなんて」
「そこで将臣くんが何故出てくるのか解らないけど。まぁ、ね……私の一番苦手なタイプだしね、ヒノエくん」
「じゃあ、どうして!」
 意外にも大きな声の譲くんに、私は慌てて辺りを見回してしまった。ここは弓道場の脇。人通りが少ないとしても誰かに聞かれて楽しい話じゃないし、ましてやヒノエくんのファンは多い。ナイフ沙汰とはいかないまでも、もしも付き合っているのがバレたら校舎裏に呼ばれてしまう恐れがある。恐れですむならいいけど、多分間違いない。
「あのね…多分、ヒノエくんは私を好きなわけじゃないと思うんだ。だからね、一週間も一緒に居たら、嫌でも解るでしょ? 自分が勘違いしてることにも気付くよ。ヒノエくん、鋭いもん」
「だからって……そんなの……」
「一週間だけだから。譲くんには心配かけないようにするし、だから」
「そういう問題じゃないんです!」
「……ッ!」
 譲くんに肩をつかまれて、私は驚いた。とんっと、背中が弓道場の壁にぶつかる。真剣な目の譲くん、肩に入る力が思った以上に強く、動くことが出来ない。
「そういう問題じゃない、心配ならいくらかけてもらっても構わないんです……けど、俺はそれでも先輩には藤原先輩は相応しくないと思います。貴方のような人に、手の負える相手じゃない……きっと貴方は傷つく。俺はそんなの耐えられない」
「それはわかってる。でもね、一週間なんだよ? それくらいなら」
「貴方は何もわかってない! 一週間でも、俺は先輩があの人の傍に居るのは嫌なんです!」
「譲くん……?」
「俺は……俺は貴方が好きです。小さな頃からずっと、ずっと…好きです」
 譲くんが私の肩を抱き寄せ、そのまま包み込む。あまりのことに、私は一瞬、呼吸することも忘れてしまった。
 いつの間に、こんなに広い腕を持っていたのだろう。いつの間に、こんなに大きくなっていたんだろう。
 そして、いつの間に私を思っていてくれてたのだろう。
 抱きしめられても、私は何も変わらない。でも、譲くんの中ではもしかしたら、私が考えているものとは違ってしまっているのかもしれない。
 言葉もなく、私は譲くんが落ち着くのを待った。じっと、今までのことを考えてみる。譲くんのことは好きだけれど、それが恋愛感情かどうかと聞かれたら、解らない。譲くんのことはいつも弟と思っていた。それ以上も、それ以下も無い。一緒に居て、当たり前の一人。それは、将臣くんも一緒。
「譲くん……あの……」
「……すみません、ちょっと取り乱してしまいました。でも忘れないでください。俺の気持ちは本当ですから」
 ゆっくりと離れていく譲くんに、私は頷く。忘れちゃいけない、譲くんの思い。そう、忘れちゃいけない。
 ちょっとだけ罰が悪そうな譲くんは視線を逸らして「それじゃあ」とだけ残して部活に戻っていった。
 ヒノエくんと付き合うことになってちょっとずつ、私を取り巻く環境も変わっていく。
 あの日、ヒノエくんの部屋で見つけた切り取られた写真。私に似た、長髪の女性と少しだけ照れくさそうなヒノエくん。そして、ヒノエくんとはまた別の人の手が、女性の肩を抱いていた。あの写真を偶然見てしまってから、まるで、ゆっくりと動き出したメリーゴーランドのように、色々と変わっていた。
 今回のことのように。
「姫君、話は済んだかい?」
 校門の外で待っててくれと頼んだのに、遅くなった私を心配してか、ヒノエくんがやってきた。
「うん、終ったよ。待ってていったのに、来ちゃったの?」
「姫君が有川弟に変なことされないか心配でさ」
「…やだな、そんなことあるわけないじゃない」
 少しだけ罪悪感。抱きしめられて、告白されたけど、それは別に変でも何でもないはずだ。私は頭を振りかぶって笑顔を浮かべた。
 これから一緒に帰る。些細なことでも素の私を見せて、違いをはっきりさせるために。
「それじゃ、行こうか」
 手を差し伸べられて、私は逡巡した末、その手を取った。
 なんだか少しだけドキドキする。でも、それはきっとこの胸に抱く罪悪感のせい。
 それ以外の理由を持つはず、ないのだから。

 了



後書
 完全アウトオブ眼中な譲。ちょっとかいてて可哀想になりました。割り切るの早すぎるよ、神子。
 20061025  七夜月
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 19.寄り道

「ねぇ、聞いた〜? 二年の春日さんの話」
「聞いた聞いた、ヒノエくんと付き合ってるって噂……」
 女子の話題を意図的に聞かないように視線を落とした譲の肩を、兄の将臣は軽く叩いた。
「兄さん」
「なぁ、譲。これは望美が決めたことなんだぜ? いつまでも俺たちがしょげてたってしょうがねぇだろ?」
「けど、兄さんはいいのかよ。あの藤原先輩だぞ! きっと先輩だって傷つけられる」
「俺だって心配ではあるけどさ、望美があいつを選んだんだ。それは俺たちが何を言っても変えられる事じゃない。だからせめてアイツが幸せになれるように、祈ってやろうぜ」
「兄さん……」
 譲は再び視線を落としたが、今度は将臣も肩を叩くことはしなかった。譲が心内で葛藤していることを気付いていても、譲がどうするかは将臣が幾ら言っても自分で納得しない限り無駄だ。
 ヒノエと居るときの望美の楽しいのか悲しいのか何ともいえない微笑を思い出して、将臣は拳を握った。

「今日でこうして帰るのも六日目だね。みんなそろそろ気付き始めちゃったなぁ」
 教室に居ると廊下からたまに刺す様な視線を感じる。あれが言わゆる殺気というものなのだろう。あからさまなイジメはまだ受けていないが、そろそろちょっかいかけられるかもしれないなぁとぼんやり考えながら、望美はヒノエにそういった。
「別にいいじゃん、気付いたって。そのほうが俺は楽だね。姫君に虫がつかないように見張る必要も無いわけだし」
「冗談でしょ、私はヒノエくんのファンに殺されるのは勘弁だからね」
「まさか。そこまでする子はいないよ。それにそんなことになるまえに、オレがお前を守るから安心しろって」
 何をするのか解らないのが人間だとは、望美もさすがにいえない。ヒノエのファンを別に悪く言うつもりもないし、なりふり構っていられないほど欲しいものがあるという、そういう気持ちを否定するつもりもないからだ。ただ、間違っているとは思う。
「春日、ちょっと寄り道してもいいかい? そこの公園なんだけど……奢るからさ、アイスでも食べようぜ」
「ふーん、じゃあ遠慮なくトリプルで貰おうかな」
「りょーかい、お姫様。そこのベンチに座って待っててよ」
 望美が、「え。ちょっと待ってよ冗談なのに」と言う前に、ヒノエは走っていってしまった。せめて鞄を持っていようかと声をかけるか迷ったが、彼にそんな気遣いは無用らしい。どうせまた以前のように「女の子に持たせるわけにはいかないよ」とか言って断るに違いない。
 望美は言われたとおりベンチに座った。初夏が通り過ぎて夏本番といった気候は暑さを肌でダイレクトに感じられる。じりじりと啼くセミの声、そして肌に突き刺す紫外線が望美から思考を奪う。
 ボーっとしながら自然を満喫していると、いきなり目の前に何かが現れた。
「お待たせ。何食べたいか聞くの忘れたからオレの見立てだぜ。でも味は保障する」
 ピンクのワゴンで売ってるアイスクリームが三色綺麗に並んでいた。バニラとストロベリーとオレンジ。以前、私が好きだといったものが全て入っている。見立てとは言いつつも、ちゃんと覚えてくれたことに少し感動して、私はスプーンとアイスを受け取った。
「本当にいいの? ヒノエくんの分は?」
「もちろん。オレはいいよ、ただ春日と少しでも長く居たい足止めみたいなものだからさ」
「何それ、変なの〜」
 望美は声を上げて笑った。それを見たヒノエの頬が緩む。
「あのさ、春日。明日花火大会だろ? なんか予定ある?」
「ううん、特に無いけど」
 暑さで溶けてきたアイスをちろりと舌先で舐める望美。三個もあると上から制覇しなければならないのに、溶けるのは上下関係無いので、急いで食べながら返事をした。
「だったらさ、ウチに来ないか? ウチからなら花火も良く見えると思うし」
 少しだけ、間が空く。
「……へぇ、そうなんだ? 私は去年偶然発見した秘密のスポットから見てたんだけど、そこより見えるのかな?」
「秘密のスポット?」
「そう、場所は秘密。言ったら秘密じゃなくなっちゃうから」
「ヒントは?」
「私とヒノエくんが良く知ってるところ、かな。これ以上は何を聞かれても答えられないからね」
「まぁ、そのうち聞かせてもらうことにするよ。で、明日どうかなって思ってさ」
「……いいよ。変なことしないなら」
 再び間が空いてから望美は答える、すると、ヒノエはクスッと口許に手を当てる。
「変なことって何か聞きたいところだけど、せっかく良い返事がもらえたことだし、変なことはしないって誓うよ」
「うん、ご機嫌損ねたら速攻帰るからね。じゃあ、明日の18時くらいにヒノエくんの家に行くよ。それでいい?」
「ああ、待ってるから」
「うん」

 それからアイスを食べ終わって送ってもらって、望美は家で一人になった。
 明日の約束が最後。もうそれで、お終い。今までのつながりも全部消える。けど、明日からは夏休みにはいるから、きっと休みを挟めば忘れるだろう。夏休みは一ヶ月以上あるんだから。

 了



後書
 なんだか、難しいよね、人間関係って。すれ違いが生じると、どこまでもすれ違ってしまう。
 大好物ですけど。
 20061025  七夜月
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