お買い物 1



「男で過ごすったって、まず着るもんなんとかしねえとだな」
 捻挫していた足も晴れて完治し、渋い顔をした土方の眉間の皺にも慣れた頃、突然千鶴は土方に呼び出された。用件をまとめるとつまり、
「服買ってこい、金は出してやる。ただし、出世払いだ。その分働いてもらうからな、その点は勘違いすんなよ」
 と、断る術を与えられずにクレジットカードを持たされ、突然身の回りの用意をするように命令されたのである。男物の服ってどんなのだろう、千鶴は父親の服ならば買い物に出たことはあるが、さすがに若者との相違があるだろう。ということは、若者のことは若者に聞けばいい。千鶴は平助を探して家屋の中を歩いてみたが、今日は出かけているようだ。もしかしたら道場の方で稽古をしているかもしれない。そうしたら邪魔できないし、やっぱり一人で行くべきかと玄関で靴を履いていると、千鶴が開くより先に玄関が開いた。
「ただいま……あれ、千鶴ちゃん? どこか出かけるの?」
「総司、玄関を塞ぐな」
 両手に荷物を抱えた沖田と斎藤が、帰宅したところだった。二人が持っているのは買い物袋…などではなく、重そうな筋力トレーニング用の道具ばかりだ。何kgあるのかは知らないけれど、ダンベル二つ三つを軽々持つ様はやはり男の子なのだと千鶴は驚嘆した。それと共に、千鶴も早く持てるくらい役立つようになりたいと思った。
「どうぞ」
 沖田の言葉に答えるかどうか一瞬迷ったが、重そうな荷物を置く方が先だろう。場所を譲るように立ち上がって玄関の脇の壁に出来るだけ身を寄せる千鶴。
 床を傷つけないようにと、慎重に器具を置いた沖田と斎藤にようやく千鶴は答えた。
「土方さんから男物の服を買ってこいといわれたんです」
「あ、そうか。そうだよね」
 無遠慮に千鶴の上下を眺める沖田と違って、斎藤は一瞬だけ視線を千鶴の衣服に向ける。
「確かに、女物の服を着ている男はあまり多くは無いな」
「だから買いに行こうと思ったんですけど」
 思わず語尾に接続語をつけてしまったのを、沖田は見逃さなかった。
「けど? 何か問題でもあるの?」
「男物の服って言われても、どんなのを買ったらいいのか解らないんです。父の服ならまだわかるんですが」
「なるほどな」
 斎藤が少し表情を和らげながら、千鶴の言葉に相槌を打った。とはいえ、まあ買い物なら一人ででも出来る。千鶴は「それじゃあ、いってきます」と会釈をして玄関を出ようとする。
「ちょっと待って、君男物の服のことわからないのに一人で行くつもり?」
 突然の沖田からの引止めに、玄関の取っ手にかけた手はそのままに、千鶴は首だけで振り返る。
「ええ、はい。皆さん忙しそうですし、このくらいのことで手を煩わせるわけにはいきませんから」
「服って意外に重いんだよね、一君はどう思う?」
「持ちきれずに途方に暮れるのが落ちだな」
 沖田たちは何が言いたいんだろう。千鶴が彼らと対面するように身体を戻して首を傾げると、沖田がにやりと笑った。
「僕たちがついていってあげるよ」
「え? でも沖田さんたち、この荷物運ぶんじゃないですか?」
 至極真っ当に尋ね返す千鶴。当然の事ながら、沖田は頷いた。だとすると、益々沖田の意図が読めない。
「うんそう、だから君ここで少し待っててよ。すぐにおいてくるからさ。その後僕たちは特に指示されたこともないからね」
「ああ、特に何も言われてはいない。総司がついていくというのなら、俺も行こう」
 しかも斎藤まで乗り気なので、これにはさすがの千鶴も驚きを隠せなかった。
「斎藤さんも来てくださるんですか?」
「何か不都合あるか?」
「め、滅相も無いです! ただ、少し意外に思ったので……」
 沖田が好奇心でついてくるのはなんとなくわかる気がするのだが、斎藤はそういうタイプには見えない。だが、ついてきてくれるというのをわざわざ断るのも失礼な話だし、断る理由も特にない。千鶴としては男性の意見が二つも取り入れられるのだったら、それに越したことは無いだろう。
「じゃあ、あの、よろしくお願いします」
 頷いた二人が荷物を置いてくるのを待つために、千鶴はただボーっと玄関口に立っていたのだが、土方から預かったカードがしっかりとあるか、他に忘れ物はないかどうか確認した。
 鏡で改めて自分の格好を見てみると確かにこれは女物で(そもそも男装する予定なんてなかったのだから当たり前だが)、幾ら男装していると言い張ろうとも女装にしか見えない。男の子に近い顔立ちをしてるのならまだしも、自分は完全に女顔だ。玄関の鏡で自分の顔を確認してもやはり男の子にはなれそうにない。形から入れば騙そうと思えば騙せるかもしれない、そんな程度だ。
「うん、頑張ろう」
 顔を叩いて気合を入れる。置いてもらえる条件に出された男として過ごすことを自分で受け入れたのだから、ここでくよくよ出来ない。
「何を頑張るの?」
 千鶴の様子を笑顔で見ていた沖田に独り言が聞かれた恥ずかしさにパッと赤くなった千鶴だが、斎藤が普段どおりの表情で用意を済ませてくれたので、ただ赤らんでもいられなかった。
「待たせたな、行くぞ」
「はい!」
 元気に返事をして彼らの後を追うように千鶴も歩き出した。


 





   20090209  七夜月

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