止まった時間 今日の夕飯は珍しいことに久々に近藤を除いた人数が揃っていた。たったそれだけのことではあるが、妙に嬉しくて、千鶴の沈んだ心は少し浮上する。ニコニコとしゃもじを握って皆の胃袋に収められていく米や味噌汁をよそいながら、千鶴は笑っていた。 「千鶴ちゃん、今日はご機嫌だね」 「はい! 久々に皆さんお揃いですから」 沖田からそう突っ込まれても素直にニコニコしながら皆が食べる様を見ている。 「そこまで喜ばれるのは嬉しいんだけどよぉ、お前はちゃんと食ってんのか?」 新八が行儀悪いのを承知で箸で千鶴のお椀を指す。お椀はまだ未使用で、いけないと千鶴は自分用にご飯をよそって両手を合わせた。 「いただきます」 幾度か平助たちに奪われそうになっていた千鶴のおかずは、今日は隣に座っていた土方の一睨みで守られていたため、特に被害を被ってはいない。大皿に乗せていたおかずを小皿に取り分けていると、珍しく口数が少なかった原田が千鶴をジッと見つめた。 「なぁ、千鶴。お前、昨日の夜に出掛けたりしなかったか?」 まったく身に覚えのない質問に千鶴の箸は止まる。 「夜ですか? いいえ、特に出掛けてませんけど」 「……だよな、お前爆睡してたし」 「…………え?」 さり気なく呟かれた言葉であったが、千鶴は何か引っかかるものを感じて首を捻った。そしてその引っかかりは平助を始め他の人物にも伝わっていたようだ。 「なんで左之さん、千鶴が爆睡してたこと知ってんの?」 「んなもん見たからに決まっ………あ」 「左之、寝ている彼女の部屋に入ったのか」 斎藤のそれは詰問ではなく、ただの問い掛けだった。だが、どこかしらに棘を感じるのはおそらくやった本人が多少なりとも罪悪感を抱いているからではないだろうか。 「俺だって別に寝顔見ようとか思って見た訳じゃねぇよ。ただ確認したかっただけだ」 「確認? 寝ている女の子の部屋に入って寝顔見てまで何を?」 沖田の微笑は今日ばかりは似非さ全開で原田を追い詰めていく。タジタジになった原田は「あーもーうるせぇな!」と箸を置いた。 「どうせ明日の新聞には出るんだ。ちょっと早いか遅いかの違いだし……いいか」 一人ぶつくさ呟いていた原田は覚悟を決めたのか、仕事をしているときのような、千鶴を射抜く目で見つめた。 「隠してもしょうがねえから言うが、昨日公園の裏通りで傷害事件が起こった。犯人は不明、怪我人が山となって積まれていて、全員重症…とはいえ、命に別状はないものの妙に怯えててな。話になんねぇわけだ。かろうじて目撃者が居てようやく口割ったと思ったら、女がうんたらって話しでさ。その時さ見ちまったんだよ俺。お前にそっくりな女が事件現場の野次馬にいたの」 そして視線全員分が千鶴に向かう。 「俺と目が合うなり逃げるように現場を後にしたから、てっきり俺はお前がきたもんだと思ったんだけどよ」 だが、千鶴は本当に身に覚えがないのだ。昨日は家事を終わらせるや否や、すぐさま自室へと篭もってしまい、宿題や予習に余念がなかったのである。アリバイがあるか、と尋ねられたら否と答えるしかないが、それでも事実は事実だ。 「えっと……あの、でも私昨日は本当にでかけてないんです」 信じてもらうしかないのだ。だけど、周囲の目は千鶴から離れない。千鶴は昼間の出来事を思い出した。山南が剣をもう扱えない理由を千鶴は知らない。それは千鶴がまだ信用に値する人物ではないからではないだろうか。 信頼されていない。 その事実が深く胸に突き刺さった。受け入れられたと勘違いして、それは自分の幻想でしかなく本当は千鶴の存在はただのお荷物だ。冷静になって考えればわかること、仲間になれたなんて思い上がりもいいところだ。 「本当です。私馬鹿なのでどうやって信じてもらえればいいのか、全然解らないんですけど」 千鶴は手にしていたものをすべて置き、座った形のまま半歩下がると頭を下げた。 「お願いします、信じてください」 千鶴は土下座することに抵抗はなかった。抵抗はないが、こんなことでしか他人に信用してもらおうとする自分が浅ましくて嫌だった。 すると、長い沈黙の後一人分の溜息が千鶴の耳に届いた。 「…………馬鹿かてめぇは」 呆れられている、と余計に恐縮した千鶴の顎を掴んだのは白い袖の人物。千鶴は顎を強引に上げられ、上を向いた。 「顔を上げろ、自分がやましいことしてるわけじゃねえのに簡単に頭なんか下げてんじゃねえよ」 「いや、もう顔上げてんじゃん」 「平助?」 「なんでもないです」 土方から冷たい声で呼ばれて、平助は斎藤の後ろに隠れながら首を横に振った。 「とにかくだ」 咳払い一つ。土方はそしてそのまま千鶴に真剣な眼差しを向けた。 「てめぇは悪いことなんざしてねえんだろうが、堂々と胸張ってりゃいいんだよ。左之助の馬鹿が就業中に寝呆けていたという可能性もある」 「さすがにそりゃねぇよ」 「はいはい、空気読めない人間は黙ってね」 原田のささやかなる抗議は沖田に一蹴された。まだ何か言いたげな原田であったが、沖田の笑顔と空気が読めないといわれ傷ついた心を更に傷つけないためにも黙った。 「お前がお前じゃねえというのであれば、俺らが疑う余地はねぇ。それだけだろうが」 土方の言葉は乱暴だが、その言葉の裏に隠れた意味を千鶴は性格に汲み取って、目を見開いた。 「信じてくれるんですか?」 「だから……さっきからそう言ってんだろ」 「ありがとうございます!!」 信じてくれた、それが嬉しくて上げた頭を千鶴は再び下げた。 「……お前俺の話は聞いてたか?」 「いたっ!」 今度は額を思いっきりデコピンされて仰け反った千鶴は、それでも言われたことが嬉しくてにこにこと笑顔を絶やすことはなかった。 「あはは、面白そうだね、ねえ千鶴ちゃん。今度僕もそれやっていい?」 「え、それは……痛いから嬉しくないです」 「その割には土方さんにされたら笑ってるみたいだけど」 「土方さんはいいんです」 「その理屈がわかんねえよ」 「いや、俺はなんとなくわかる」 「一くん真顔で肯定すんのやめて、普通おかしいから!気づいて!」 真顔で答えた千鶴と斎藤に平助が突っ込む。 「てめぇら、馬鹿やってねえでさっさと食べろ」 またもしかめっ面に戻った土方に促されて、千鶴は笑顔を取り戻す。犯人にされなかったことよりも、信じてくれた、ただそれが嬉しい。おかわりー!と叫んでいる平助と新八におかわりをよそっていると、今のやり取りを黙ってみていた山南が千鶴にずっと視線を向けていた。 「雪村君、後でお話があります。時間を空けてもらえませんか」 「え、はい。構いませんが……」 「では、食事の後片付けが済み次第、道場の方へ来てください。鍵は私が開けておきます」 「わかりました」 千鶴は何の用件で呼ばれたのか解らずにただ頷いた。そのやりとりを、土方と沖田が黙って見ていた。 → 20090310 七夜月 |