番外編5 「掃除」編 「千鶴ちゃん、ちょっといい?」 夕飯後、台所に顔を出した沖田は皿洗いをしていた千鶴を呼んだ。 「はい?」 最後の一枚をすすいで、千鶴は皿を乾燥ラックに立てかける。それから布巾で手を拭うと、沖田の方へと駆け足で向かった。 居間には平助と沖田と斎藤がいた。 「今から新八っつぁんに罰受けてもらうことになった…んだけど……」 いささか平助の方は千鶴をちらりと見てから溜息をついた。どうも気が進まないようである。 「君の力が必要なんだ」 珍しく真剣な顔をした沖田は千鶴の肩をガッシリと掴んだ。 「手伝ってくれるよね?」 「は、はい!」 千鶴が沖田の有無をも言わせぬその笑顔の圧力に屈するのは、ものの一秒とかからなかった。 「ついでだから、他の人たちも巻き込んじゃおう、その方が面白そうだし」 「え?」 「君が準備するのは掃除機とゴミ袋ね。まずは……そうだな、平助の部屋から始めようか」 「なんでだよ!」 すかさず突っ込みを加えたのは当然平助である。 「何? 平助は別に問題ないでしょ? それとも、見られたら困るものでもあるの?」 「んなの、ねえし! でも俺の部屋を掃除したところで、何の意味もなくね?」 「意味なら有るよ、嫌がる平助が見られる」 「それ全然俺には意味があることには思えないんだけど。しかもそれだったら一君の部屋でもいーじゃん!」 「ダメダメ、一君は部屋掃除するところがないから。それこそ意味ないんだよね、嫌がりもしないしつまらない」 話の流れからして、千鶴は掃除をするようである。掃除機とゴミ袋を用意するということなので、千鶴は早速準備に取りかかった。 「じゃあ、平助くんの部屋まで掃除機持っていきますね」 「うん、じゃあ僕達は先に平助の部屋に行ってるから」 平助の背中を押して出ていく沖田たちとは逆に、掃除用具の方へと向かう千鶴。すると、斎藤がついてきてくれた。 「斎藤さんまでこんなこと許可するとは思いませんでした」 「部屋を掃除するというのであれば良い機会だ。淀んだ空気を一新させる」 そんなに皆の部屋は掃除し甲斐があるのだろうか。特にそんな様子はなかったと思うが、あまり部屋の奥まで入ったことのない千鶴は知らないだけかもしれない。 「わかりました、お役にたてるように頑張ります!」 「ああ、頼んだぞ」 斎藤から鼓舞されて、千鶴もやる気を出す。お掃除くらいなら自分でもお役に立てるはずだ、と。 それから平助の部屋に来た。が、至って普通である。たまにお菓子の個袋が落ちているが、それといって汚いわけではない。意外といえば意外だが。 「平助くんの部屋は掃除する必要なさそうですね」 千鶴がそう言うと、沖田は仕方なさそうに同意した。 「平助ベッドの下にエロ本とか隠してたりしないの?」 「ねぇよ!!」 顔を真っ赤にして否定した平助に、千鶴も釣られて赤くなる。男の子なのだから、あってもまったくおかしくないのだが、そういう話はやはりまだ少し恥ずかしい。 「別に男なんだし、あっても悪くはないと思うけど。むしろ不健全だよ、平助」 「じゃあ聞くけど、総司君の部屋にはあるのかよ!」 「……さあ、どうだろうね?」 「じゃあ、確かめに行こうぜ! 次、総司君の部屋な!」 と、目的が何だかすれ違ってきている気がするのだが、平助は自室をさっさと出ると、真っ直ぐ沖田の部屋に向かう。ガチャリとドアを開けたら、これまた平助以上に綺麗な部屋が現れた。というか、物がない。 「私物は置かない主義なんだよね」 と沖田は肩をすくめているが、ベッドと箪笥と机に身の回りの品だけというのはいささか寂しくはないのだろうか? 「沖田さん、物を置く気はないんですか?」 千鶴が尋ねると、沖田は「特には」と軽く流した。 「あんまり置いても掃除が面倒で。一応埃とかそういうのマズいから」 なるほど、と千鶴は納得した。 「総司、教科書はどうした」 ブックスタンドに何も置かれてないのが気になったのか、斎藤が視線を向けながらそう訪ねた。 「僕、置き勉派だから。だっていちいち持ち歩いてたら鞄重いでしょ」 面倒くさがりもここまでくると徹底している。 斎藤の問いに、堂々と答える沖田。それには千鶴も愛想笑いで答えるしかない。これで頭いいんだから神様は不公平だと思う。 「じゃ、次、左之さんの部屋!」 斎藤の部屋はスルーということで、続いては原田の部屋になった。ノックをして入るのかと思いきや、こういうものは突撃してこそ意味がある!と力説する平助と沖田によって、予告も何も無しに扉を開けた。 「左之さん、入るぜ!」 「って、なんだよおまえらぞろぞろ来やがって……俺は明日早番で朝早いんだよ」 原田はもう寝るつもりだったのか、部屋の中の電気が消されて、ベッドに横になっていた。面倒くさそうに上半身を起こす辺りが人が良い。 「なんか用か?」 あくびまでしている部屋主にこれ以上は負担かけるわけにはいかないだろう。 お仕事もあるのだし、ここはやめようと千鶴が言う前に、平助が言った。 「あのさ、ちょっと部屋見せてよ」 「はぁ? 何言ってやがる…おい、総司。勝手に電気つけんな」 沖田は原田の了解なく電気をつけて部屋の中を物色し始めた。そして平助は早速原田のベッドの下を漁っている。沖田は布製の簡易ラックなどを見ている。原田の部屋はスッキリした印象だが、物は多かった。おそらく、平助と部屋の傾向がそっくりなのである。テレビ、CDコンポなど娯楽用品が所狭しと置いてある。平助と違うのはゲーム機がないことくらいだろうか。 「見ーつけた」 「こちらも、一冊見つけた」 「え、マジ?」 「あ! 馬鹿野郎、勝手に出してんじゃねえ!」 沖田が取り出したのは水着(?)の女性のグラビアが表紙の雑誌だった。原田は沖田の手からそれを取り上げると、千鶴たちを外に出す。ついでに斎藤の手にあった雑誌も取り上げる。 「お前ら本当に何しに来たんだ。言っとくが、これは俺のじゃないからな。エロ本見て喜ぶのなんて学生までだ」 「じゃあ何見たら喜ぶの?」 「そりゃお前、やっぱり生の……って、何言わそうとしてんだ!」 誘導尋問のように口を滑らせかけた原田の言葉。だがしかし、千鶴は斎藤の手により耳をふさがれ、原田が何を言ったのかまではわからない。なんかこう得意そうな顔をしていたようにしか千鶴には見えなかった。咳払いをして仕切り直しとばかりに平助が問い詰めた。 「じゃあ誰のだよ」 決まってるだろ、と言わんばかりに原田は顎で一つの部屋をしゃくった。 「わかったらさっさと出てってくれよ。俺は寝るから」 「あの、すみませんでした!」 結局謝ったのは千鶴だけだ。原田は深い溜息をついて、ドアを閉めた。そしておもむろにもう一度開くと、先ほどの雑誌二冊を平助に渡した。 「どうせ新八のところも行くんだろ? これ返しといてくれ」 「別に良いけど……」 そしてバタンとドアが閉まった。ついでに鍵も掛けられた。 明日朝から仕事だというのに悪いことをしてしまった。明日もう一度しっかり謝ろうと千鶴が反省していると、他の男たちは永倉の部屋を通過して更にその奥へ向かって行った。 「あの、皆さんどちらへ……」 尋ねたはいいが、その先にある部屋なんて二択だ。しかも沖田の完全無欠の笑顔を見れば行先なんて簡単に絞られる。千鶴は尋ねたことを後悔した。 「土方さんはさすがに持ってないだろー」 「当然だ。やましいことなどなにもない」 面白そうな平助と、何故か自信満々な回答を示す斎藤。むしろエロ本探しなんて用件で部屋行ったらくだらねえと突き返されるのではないだろうか。 「あの、土方さんはやめませんか? 絶対怒られると思うんです」 千鶴が提案しても、沖田の歩みが止まるはずはなかったが、言わずにはいられなかった。今日はもうすでに怒らせているではないか。 「大丈夫、問題ないから行くよ」 問題大有りだと思います! と千鶴が言ってもまったく意味がなかった。沖田は本当に土方のこと(をいじるの)が好きだと千鶴は諦めながら嘆息するしかない。 土方の部屋にノックをしてから誰何を受けて部屋に入る、というのが最低限の礼儀であるが沖田はものの見事に無視をした。綺麗さっぱり無視をして、ズカズカ土方の部屋の中に侵入した。 「沖田さん!?」 千鶴の悲鳴にも動揺した様子なく、沖田は部屋の外に居た三人を手招きして呼び寄せる。 「大丈夫だよ、土方さん今居ないみたい。お風呂じゃない? そんなことより、早く探さないと時間無くなっちゃうよ、ほら一君も、平助も急いで!」 絶対居ないのを狙ってやったに違いない。沖田を除いた三人が心の中で思っていた言葉を留めた。それから沖田は勝手知ったる状態で土方の部屋を荒らしていく。こんなことをしたら間違いなく土方の雷が落ちると思うのだが、気にするそぶりもない。青くなる千鶴と平助に構わず、沖田は部屋を散らかす。土方はベッドを使わない。畳の引かれた和風仕立ての彼の部屋は、以前話を聞いた限りでは、前からある部屋故にこのような作りになっているということだった。近藤、山南の部屋も同様である。改築した部屋の部分が、畳ではないようだった。 沖田は土方の机の中や、引き出しをどんどん開けて行く。プライバシーなんてあったもんじゃないその所業に千鶴と平助がおろおろしていると、二人の後ろに激怒したオーラを湛えた人物が立った。 「……てめえら、人の部屋で何してやがんだ?」 声を聞いたらもう怖くて後ろを振り返れない千鶴。そんな千鶴を見て、平助は勇気を振り絞って振り返る。たとえ直後に後悔したとしても男にはやらねばならぬときがあるのだ。 「あれ、もう戻ってきちゃったんですか、土方さん。せっかくのチャンスだったのに、つまんないなあ」 沖田は悪気の欠片もない声で言った。 「総司、てめえが探してるのは、これか?」 土方の手にあったのは、肌色の多い雑誌が数冊。それを見た瞬間、沖田は心底残念そうな顔をする。 「あーあ、そっちもバレちゃったんだ。せーっかく千鶴ちゃんに実は土方さんってムッツリなんだよって教えてあげようと思ったのになあ」 「……斎藤、今すぐ二人を連れて部屋出ろ」 「はい」 土方の声がワントーン下がる。斎藤さんは臆することなく、その命令に従う。 「行くぞ」 「え? でも……!」 謝らなきゃと千鶴が振り返ろうとした頭を斎藤が掴んだ。 「ここに残って総司と共に師範代に怒られるか、部屋を出るか。二択だ」 斎藤に頭を抱えられているので土方の表情は見えない。千鶴はごくりと唾を飲み込んで、斎藤に大人しく従うことにした。 「皆行くなら僕も行こうかな」 「総司、てめえはここで説教だ」 静かな土方の一声に、千鶴と平助は共に背中に垂れる汗を感じた。この様子では逃げるが勝ちである。斎藤が無事(?)二人を部屋から押し出した途端。土方の部屋に特大の雷が落ちた。 → 20110106 七夜月 |