舞殿


「おかしいなぁ、こっちへ来たと思ったんだけど……」
 望美は案の定白龍の姿が見えなくてきょろ、きょろ辺りを見回した。しかし、目的の人物はここにはいないようだった。
 そして、自分で今の現状に気付く。これは間違いなく迷子だ。
「わたしが迷子……かな、やっぱり…」
 恥ずかしい。この年で迷子になるとは正直思っても見なかったことで、ミイラ取りがミイラになってしまったようなものだ。
「ようやく見つけたぞ。どこへいくつもりだ? 白龍ならばとっくに戻ってきている」
 腕を掴まれ思わず振り払おうとして、いつものオレンジ色の髪が目に入ってきた望美はホッと胸を撫で下ろした。
「良かった、迷子になっちゃったのかと思った」
「この人混みなんだ、気をつけないと本当に迷子になるぞ」
 呆れた表情で九郎が望美の額を軽く小突く。望美は探しに来てくれた事が嬉しくて、少し舌を出しながら照れ笑いを浮かべた。
「ごめんなさい、気をつけます」
 携帯で今どこにいるのか連絡をつけようと将臣に電話するものの、やはり電波は繋がらない。この人数だ、それも仕方ない。やはり最初に決めた待ち合わせ場所に戻るのが懸命だろうと、九郎からの提案で二人が鳥居の方へ戻ろうとすると、後ろからどこかで聞き覚えのある若い男の声が聞こえた。
「おーい、春日じゃん! やっぱお前も来てたのか?」
「え?」
 振り返った望美は見知ったその顔に表情をほころばせる。将臣がよくつるんでいるクラスメイトだ。
「すっげー人だよなぁ〜。新年早々みんなご苦労なことだぜ」
「そういいながらも君だって来てるんだから、ご苦労なことだよ」
「あっはっは〜、確かにな……っと、お連れさん?」
 展開に口を挟まずに眺めていた九郎を見て、生徒がニヤリと口角を上げる。
「なんだよ、今年は将臣とかいねぇと思ったら、そういうことか? 春日いつの間に彼氏なんか作ってんだよ」
 彼氏だなんて意識するようなことを言われて望美は動揺したように九郎を見つめてから、急いで口を開いた。
「あのね、この人は今将臣くんちに来てるお客さんだよ。ですよね?」
「あ、あぁ……確かに、将臣の家で今お世話になっている」
 すると、男子生徒はふーんと気のない返事を返す。
「じゃあ、やっぱりお前って有川と付き合ってんの? お前らが恋人同士だってすっげー噂されてんだけど、真偽のほうはどうなんだよ」
 その言葉を聞いた九郎の目が瞠られる。
「はぁ!?」
 素っ頓狂な声を上げて、望美は力強く否定した。
「違う! 違うよ! ありえないから!!」
「でもさ、なんかお前らってすっげー親密だよなぁ、幼馴染の域を越してね?」
「誤解されるようなこと言わないでよ!」
 よりによって九郎の目の前でそんな事を言わないでほしいと、望美は心底目の前の相手の口を閉じたくてたまらなかった。
 ちらりと九郎の顔を覗き見るが、そこには特に感情が浮かんでいるわけではなくて、かえって何を考えているのか解らずに望美は不安になる。
「将臣くんはただの幼馴染! わたしにとっておにいちゃんみたいな人なの!」
「ムキになるのが怪しいよなぁ」
 マズイ、これ以上自分がボロを出さないようにするためには、この場から離れなくては。
「とにかく、わたしたち他にも一緒に来てる人居るから、またね。行こう、九郎さん」
 その一言で、将臣がいると感じ取った友人は、まったく意地の悪い笑顔を浮かべた。
「旦那に宜しくな!」
 望美は九郎の手を取って、いかにも急ぎ足でその場を去った。背から聞こえてくるその言葉は聞こえなかったフリをして。

 その後、無事に皆と合流することが出来て、望美は本当に心の底から安堵することとなる。しかし、またさっきの男子生徒と遭いかねない。新年早々先が思いやられる展開だと覚悟したもの、それも杞憂に終って無事に初詣終了したが、あの友人の言葉への九郎の反応がイマイチつかめず、望美は恐々と九郎の反応を逐一窺っていた。
 帰り道、歩いている皆からわざと遅く歩いていると、やはり気付いた九郎が同じように歩調を緩めてくれた。
「どうした? 具合でも悪いのか?」
「いえ、そうじゃないんですけど、九郎さん、さっきの話…あの、気にしないでくださいね」
 おずおずと話を切り出した望美は、九郎を不安げに見る。一方、九郎はきょとんとしていて、どうやら解っていないようだ。
「さっきの話?」
「将臣くんがどうのこうのって奴です。わたしの気持ちはちゃんと前に言いましたよね?」
「ああ、ちゃんと解っている。だから、特に気にしていない」
 九郎の眼差しが和らいで、今度は優しく望美の頭に手を置く。なんだかそういうことをされると、リズヴァーンと被る。さすが兄弟子と思うがそれよりもショックを受けている自分に驚いた。リズヴァーンからそういうことをされても特に気にはしないのに、九郎から子供扱いをされると、告白はされても意識されていないようなそんな被害妄想にまで発展してしまう。九郎には誰より子ども扱いをして欲しくない。
「そ、そうですか……」
 気にするなと言っておきながらも、全く気にされてないというのも切ない。ヤキモチの一つや二つ妬いてくれてもいいような気がするが、嫌われるとか妙な誤解を受けるよりはずっとマシだ。結果的に良かったことなのだと、望美は心を落ち着けた。
「じゃあ、戻りましょうか。冷えてきたし、早く家に帰らないと」 
「ああ、そうだな」
 なんだかしっくりとこない。けれど、これ以上会話を伸ばしたところで、九郎を困らせるだけなので、望美は何事も無かったかのように笑った。
 そしてそれぞれの家の前で望美が皆と別れた後、九郎が有川家玄関に入る直前、将臣の肩を掴んだ。
「なんだよ」
「将臣、俺と勝負をしてくれ。真剣勝負だ」
「はぁ? なんでだよ面倒くせぇな」
 嫌がる将臣にも構わずに、九郎は彼を引きずる形で庭へと向かう。気付いた景時が「あれ〜? 二人とも入らないのかい?」と声をかけても、九郎は答えない。心配になり、後をついて来ればようやく止まった。
「おい、景時なんかコイツ変じゃないか? 止めてくれよ」
「何なに? どうしちゃったの?」
 変と言われても景時もその理由が解らない。後ろからついていったので、顔色も窺えないため何を考えているのかもよく解らないのだから、将臣に逆に聞き返すしかない。
 広い庭でようやく将臣の肩から手を離した九郎は、物置にしまわれていた木刀を二本取り出して、片方を将臣に手渡す。
「九郎、まずは訳を言えよ。じゃなきゃ俺は混乱したまんまで勝負になんかならねぇぞ」
 何が何でもやる気な九郎にちょっとくらいなら付き合ってやるかと、将臣は溜息をついたが、それにしても理由が解せない。なぜ九郎と将臣が勝負をしなければならないのか。そこをきちんとしないことには、ちゃんとした勝負なんて到底無理な話だ。
「俺ではまだ、駄目なんだ。あいつには相応しくない」
「は?」
「あいつの伴侶として認められるには、いつかはお前を越えなければならないんだ。なら、早い方がいいだろう」
「待て待て! 意味が解らないから順を追って説明してくれ。望美がはぐれた時に何かあったのか?」
 気にしない素振りをしてても、結局九郎は心底から気にしていたようで、気配を殺してやる気ない将臣の反応を窺っていた。一方の将臣は説明不足で困惑状態である。とりあえず、望美の彼氏と認められるために将臣に勝負を挑みたいというのはおぼろげながら理解した。だが、そうなった経緯というのが不可解である。
「はぐれた時に、お前と望美の友人に会った。学校とやらでは、お前と望美が恋人同士であると噂されているようだぞ」
「あー、そういや良く聞かれるな、でもそうじゃないのはお前が一番わかってんじゃねぇのかよ」
「そうだが、望美は俺の事を『有川家の客』として紹介したんだ。所詮俺は居候の身であって、あいつにとって誇れる人間ではないということだ」
「それは話飛躍しすぎだろ、単に恥ずかしかったからに決まってんだろが」
「たとえそうだったとしても、俺もこのままでは駄目だ。少しでもあいつに相応しくなるためには、お前より頼られる存在にならなければ」
「十分頼ってると思うけどなぁ〜」
 今まで事のなりを見守っていた景時が、苦笑しながら言っても、九郎は納得しないようだ。こうなってしまった九郎を止めるのは、戦奉行でも軍師でも無理だ。止めてもらおうにもリズヴァーンは先ほどから姿を現さないし、頼みの綱はもう一人。やれやれと、景時は自らの銃を取り出した。
「仕方ない、か」
 臨戦態勢に入った九郎にイヤイヤながら付き合わされる将臣も、相手が本気とあっては気が抜いてられない。剣を構えて九郎と対峙する。ハラハラと木枯らし吹く風の中、先に動いたのはやはり九郎だった。
 無言の襲撃は無言の応戦によって、木刀が交わる小気味良い音が夜空の中に響く。鉄音とは違った、酷く重い音だった。
 後ろへと後退して、将臣が次の手を仕掛ける。寒さゆえにかじかむ手が痛いが、下から突き上げた剣は九郎の前髪先をかすって上空へと舞った。
「へぇ、避けるか」
「これくらい避けられずにどうする」
 将臣も所詮男。勝負となれば本気になってしまう。いつかは本来の戸惑いも消えてなくなり本気で九郎と戦い始めている。それを景時が呆れたように見守っていたが、待ちわびた来訪者に頬が緩んだ。
「良かった〜止められるのは君だけだと思ってたから………望美ちゃん!?」
 突然の来訪者は景時の脇を走り抜けると、九郎が木刀を取り出した物置から竹刀を取り出して、剣を十字に交じわせて睨み合っている男たちの木刀のど真ん中に、思いっきり竹刀を叩き付けた。
 意外なところからの圧力で、二人は木刀を取り落として正気に戻り、やってきた珍客に思わず目を見開く。
『望美!?』
「ハモるほど仲いいのに、二人とも何してるの!!」
 術を使ってこっそり望美を呼んでいた景時は、穏便にこの場を済ませてもらおうと思っていたのだが、完全に裏目に出てしまったようだ。
 あちゃ〜っと苦笑いを浮かべた景時は、こっそりとその場を退散した。妹同様に、望美は怒ると恐い。望美の雷は景時も苦手だったのだ。そんな中勿論、他二人は何故ここに望美がいるのか知る由もない。
「ビックリしたじゃない、いきなり止めて欲しいなんていわれて来て見れば、二人とも剣をあわせてるんだもん!」
「待ってくれ、これには色々と事情があってだな」
「言い訳しない!」
 腰に手を当てて怒っている望美にひたすら九郎が小さくなってると、将臣がはーぁ、と溜息をついた。
「あー、なんか柄にもなく熱くなっちまったぜ。やめだ、やめ。意表を突かれてやる気がそがれた。望美ー理由はちゃんと九郎から聞けよ」
「あ、こら将臣くん!?」
 さっさと逃げ出した将臣を追いかけようとして結局諦めた望美は仕方なく、珍しく項垂れている九郎の顔を覗きこんだ。
「理由話してくれますよね?」
「……将臣を越えたかった、それだけだ」
 ん? っとその理由を考えた望美は、段々頬をが緩むのを止められなかった。
「……それって、もしかしなくてもやっぱりさっきの事気にしてたんですか?」
「……するなというのが、そもそも無理な話だ。笑うなよ!」
 にーっと白い歯を見せている望美を九郎は睨む。望美は嬉しくてたまらなかった。なんだかんだ言いつつ、自分の事でヤキモチを妬いてくれたのだから、本当に嬉しい。初めてのことのような気がする。なんだかんだでポーカーフェイスが出来ていた九郎に気付かなかった自分が、ほんの少し悔しいくらいだ。
「さっきはしてないって言ったのに」
「こんな格好悪いところなど、見せられるわけないだろう」
「ふふっ、カッコつけたがりだなんて知らなかったなぁ〜えへへ」
「あ、こら!」
 照れたように顔を上気させて怒っているその恋人の腕に、望美は抱きついた。決して振り払おうとしないその優しさに思われている事を実感する。外の気温なんて忘れてしまいそうなほど、暖かい人。
「ね、九郎さん。もっといっぱい嫉妬してください。それで、もっといっぱいわたしを喜ばせてね」
「変なことを言う奴だな」
「だって嬉しいんだもん」
 りんごのように赤い頬、それに望美は軽く触れるだけのキスをした。頬を押さえて後ずさる彼の反応が目に見えていながらだ。
 案の定の反応をした恋人に、望美は屈託ない笑顔を送った。
 新年が始まるに相応しい、幸せな恋人同士の笑顔だった。

 A HAPPY NEW YEAR!


 了




 お付き合いありがとうございました!
 
   20070104  七夜月


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