駅前広場1




 時刻はただいま、PM 23:59。
「うわっ……ものすっごいギリギリ……九郎さん、怒ってる…よ、ね……」
 辿り着いた先にあるのは駅の改札前。これからどうするか、なんて決めていなかったけれど、駅前は一番人通りがあるし、解り易いと思って待ち合わせ場所をここに決めたけれど……。
 それは少し、失敗だったかもしれない。
 街並みを見渡して望美はそう嘆息した。人が多すぎる。
 これでは九郎を探そうにもどうしたらよいのか。九郎が携帯なんてものを持っているはずも無く、連絡が取れるのは待ち合わせだけなのだ。これで怒って帰ってしまっていたら、望美は丸一日ここで待ちぼうけを喰らうことになりかねない。
 悪い想像を頭から追い払い、とにかく九郎と合流しなければと望美は思い直した。たぶん、怒って帰るほど短気ではないはずだ。それに、そうだったとしても以前のように誰かに伝言を託している可能性は高い。
 とりあえず周辺に九郎の姿がないかどうか探して見なければ。全てはそれからだ。そうしてしばらく駅前をうろうろしていると、少し駅からは死角になっていたところで九郎が数人の女性に取り囲まれているのを発見した。
「ねぇ、いいじゃない? 少しくらい私たちと付き合ってくれたって」
「すまないが、人と約束をしている」
 会話の内容から察するに、どうやら逆ナンパにあっているようだ。
 ムカッと、微かに望美の心に嫉妬心が芽生える。
「(私ですらそんなに近寄ったこと無いのに……っていうか、ちょっと態度があからさま過ぎじゃない? 腕なんかとられて九郎さんも何でそのままにしておくのよ。困ってるならはっきり言えばいいじゃない)」
 望美が一人悶々しているうちにも、会話は進んでいく。
「ふ〜ん、それって彼女?」
「彼女? なんだ、望美を知っているのか?」
 彼女というものがイコール恋人ということに繋がらなかったのだろう。素直に受け取った九郎の返答に、会話のズレを感じつつもその女性たちは諦めなかった。
「はぁ? それが彼女の名前?」
「そうだ。なんだ、知らなかったのか?」
「当たり前じゃない、私たちいま貴方と会ったのに、なんで貴方の彼女の名前を知っているのよ」
「いや、望美の知り合いが俺に話しかけてきているのかと」
「だから、その望美っていう子が彼女なんでしょ?」
「だから、さっきから何が言いたいんだ?」
 現代に来た言葉の流通事情なんてものを、(当たり前だが)白龍も考慮してはくれなかったらしく、九郎とその女性たちの間で微かな沈黙が降りる。
「まぁ、いいわ。それは置いておくとして、その彼女よりも私たちと遊ばない? ちょっと穴埋めの人数少なくなっちゃって、男の人を探してたのよ。貴方なら見栄えも申し分ないし、こんな所で一人で歩いてるんだもの、丁度いいわ」
「悪いがお前たちと遊んでいる暇は無い。俺は約束がある」
「堅いこといわないでよ。別にいいじゃない、彼女だって約束の時間まで来なかったから貴方ずっと待ってたんじゃないの? ほら、手だってこんなに冷たいし」
 そういって女性の一人が九郎の手を取った。それを影から見ていた望美は先ほどよりも更に怒りのゲージが高まった。
「(あぁ……! 私だってまだ手なんか繋いだことないのに……!!)」
「あのな、それは俺が間に合うようにと早く来すぎただけだ。約束の時間はまだ……」
「ふふっ、強がっちゃって。いいのよ、別に彼女が来なかったこと隠さなくっても。笑ったりなんかしないわ」
 ぴとっと、女性が九郎の腕を取り、そのまま(当たり前だが衣服の)胸の上へもって行き……。
「なっ!やめろ、離せ!」
「照れてるの? やだ、可愛い〜!」
 九郎もそこに気付かぬほど鈍くはなかった。かぁっと頬を染めて、慌てて腕を離そうとするが、意外に女性の力は強かった。そのため、全力で引き離すことも出来ないことはなかったが、そうすると女性に対して危害を加えないとも限らなかったので、九郎は困ったように硬直してしまう。
 が、それが非常にまずかった。
「……んで」
 グシャリ……!
 望美が持っていたプレゼントの包みの一部が握力で変形し、せっかく包んだ包装も台無しになっていた。
 望美の声が聞こえた気がした九郎は顔を上げ、目前に立っていた人物にホッとしたのもつかの間、望美から放たれる負の気配に笑顔が引きつった。
「の、望美……?」
「なんで女の人にちょっかいかけられて、にやにや鼻の下伸ばしてるんですか?」
「伸ばしてない!! 断じて伸ばしてないぞ!! だから誤解するな!!!!」
「へぇ〜……それで伸ばしてないんですか。そう…じゃあ」
 にこっと笑顔を一度浮かべた望美は、片足を高く上げた。手にはボールの代わりのプレゼントがもはや変形しつくした包装紙に包まれて今まさに投げられようとしている。九郎も幾ら女性の力だろうと、望美の腕力だけは馬鹿にできなかったためかなり顔を引きつらせた。痙攣を起こす一歩手前である。
「嘘つき九郎さんの、バカーーーー!!!!」
「ぶっ!」
 一球入魂。メジャーリーグも夢じゃない豪速球で九郎の顔面にプレゼントがクリティカルヒットし、望美はその場から逃げ出すように駆け出した。