駅前広場2




 今日が人混み多くて助かったと、ショーウィンドウに映った自分の姿を見て望美は苦笑いをした。さっきと考えが違うといわれるかもしれないが、目の前の泣き腫らした女の子は他の誰より不細工だ。こんな姿のまま九郎に見つかりたくはなかった。人が多ければそれだけ隠れられる。
 このまま家に帰ろうかどうかずっと迷っていたから駅前に戻ってきたが、あれから小一時間は経っている。きっと九郎だって今度こそ怒って帰ったに違いないのだ。
 それとも、まだ先ほどの女性たちと一緒にいるのだろうか。
「……九郎さんは別に私の彼氏ってワケじゃないもの。別に何処で誰と何をしようが勝手だよね」
 望美は静かに溜息をついた。自分でも可愛く無いとは思う。嫉妬して八つ当たりして、勝手に泣いて。困らせてばかりだ。
「はぁ、最悪……」
「本当だ、この馬鹿!」
 手を引かれて、後ろに倒れそうになったところを、誰かにぶつかって倒れずに済んだ。でも、誰かなんて声を聞けば解る。
「勝手に走り出して、心配しただろう! 大体、なんでいきなり怒るんだ」
「何でって、そんなの私の勝手じゃないですか!」
 あぁ、ほらまた可愛くない言い方。
 悔しくてたまらなくなった。あのあからさまな態度の女性たちの図々しさが自分にも少しでもあればいいのにと思う。止まった涙がまたじわりと浮かび上がり、ごしごしと目を擦って必死にこらえた。
「なんでそこで泣く? お前は本当に何がしたいんだ」
 呆れたようにいわれて、恥ずかしさで死にたかった。
 望美は顔を赤くすると九郎と視線を外すように俯いた。
「九郎さんは、私の気持ちなんて解らないじゃない」
「当たり前だ。俺はお前じゃない。何か俺にわかってほしいならちゃんと口に出せ」
「口に出したってどうせ困るくせに!」
「それは俺が決めることだ。いわれなければ俺だって困るかどうかなんて解らない」
「それはっ、そうかもしれないけど……!」
「なら言ってみろ。お前が俺に言いたいこと、なんでも」
 聞いてやるからと言わんばかりに腕を組んだ九郎はそのまま沈黙し望美の言葉を待った。
 しかし、望美とてこんな形で告白することなど出来ない。これじゃあムードもへったくれもあったもんじゃない。
 ギュッと唇を一度だけ引き結ぶと、振り切るように叫んだ。
「だって、だって悔しかったんだもん!」
「は? 何がだ?」
「九郎さん、あんなにデレデレしてて、私と一緒にいたって別になんともならないくせに!!」
「で、デレデレなどしていない!!」
「してたじゃない!」
「してない!」
「してた!」
「してない!」
 暫く「してた」「してない」の押し問答の末、お互いに無駄な体力を使っていると気付き、どちらからともなく押し黙った。
「まあ、その話はもういい。しかし、何故それでお前が悔しく思う必要がある」
「………嘘でしょ、気付かないの?」
「言っただろ、お前じゃないんだ。気付いて欲しいならちゃんと言葉にしろ」
 意地悪な言い方だった。これで本当に望美の気持ちに気付いていないのなら、大したものだ。気付いてたら気付いてたで望美だって言い方があるというのに、ここまでストレートに告白しなきゃ通じない相手だなんて、少し九郎をなめていたかも知れない。
「本当に、わからないの? 私が怒った理由とか、悔しかった理由とか。全然まったく想像もつかない?」
「ああ」
 難儀な人を好きになったと、改めて思う望美だった。
 これでは、ムードとか言ってる場合じゃない。
「……じゃあ、例えば九郎さんが逆の立場だったらどうする? 私が男の子に取り囲まれてて、遊びに行かないかって誘われてるのを見たら」
「……………」
 黙りこんで考え込んでしまった。そんなに考え込むようなことだろうか。まぁ、望美の場合はもう好きと言う気持ちが前提だったから、すぐにも答えが出たわけだけど。
「……その時になってみなければ解らん」
 九郎のその答えに望美は脱力してしまった。幾らなんでもこの答えとは……うっかり期待していた自分が馬鹿みたいである。
 なんかもう、どうでもいいや。と、投げやりな気持ちになって、望美は溜息をついた。
「私はね、嫌だったよ。九郎さんが他の女の人と一緒にいるのを見たら。それは嫉妬したから。理由は言わなくてもわかってくれるよね?」
 ここまで言ってようやく望美の意図を正確に理解したらしい。九郎はいつもの凛々しい表情ではなく、力が抜け落ちたような表情で望美を見ている。
「……………」
「まだ解らないなら、全部言う。私は、九郎さんの事が」
「待て! それ以上言うな!」
 望美の口を塞いだ九郎は少し赤くなった顔でゴホンと咳払いをした。そんな九郎を怪訝な表情で見つめる望美。「なんで?」と目は口ほどにものを語っていた。
「そういうのは……女性から言わせるべきではないと……その、弁慶に言われた」
 そんなこといわれても好きなのだから仕方が無い。それとも、望美には思いを伝える資格すらあたえられなれないとでも言うのだろうか。幾らなんでもそんなのは酷すぎる。横暴だ、傲慢だ。塞がれている手をもぎ取るように外し、外界の空気を胸いっぱい吸い込むと、募る悔しさをバネにして涙をこらえた。
「私は、九郎さんに思いを伝えることも許されないの? それすら迷惑なの? だけど、それでも私はやっぱり九郎さんが…!」
 最後まで思いを伝えようとした矢先に再び、望美の唇が塞がれた。だが、今度は手などではなく、もっと温かいもの。
 見開かれた目に映っているのは九郎の顔。こんな間近でなど見たことなかったため、今の自分に何が起こっているのか理解するのに少し時間がかかった。
 でかかった涙も驚きで止まる。今度は望美がポカンとする番だった。
「好きだ」
「………………」
 たった一言告げられた言葉に、望美の頭は徐々に混乱していく。迷惑だから口を塞いだのではなかったのか、とか、さっきのって紛れも無くキスだよね、とか。
 そして何より、九郎が望美のことを好きだと言ったこと。
「……本気?」
 信じられなくて、どうしても疑ってしまう。九郎の性格からしたら有り得ないのはわかっていたけれど、からかわれて遊ばれているのではないかと。
「嘘をつく理由があるのか? それよりも」
「え?」
「お前の返事だ」
「……解ってるくせに、聞くの?」
「当たり前だ。さっきから何度も言ってるだろ。俺はお前じゃない」
 今度こそ意地悪な答えだった。
「……き、です」
 聞こえないくらい小さな声で言ったらやはり九郎には聞こえていなかった。は?という表情をしている。
 ここまでくればもうやけくそだ。あんな言い方は卑怯だし、何だかよくわからない闘争心が望美に芽生える。
「私も九郎さんが好きです!」
 望美の言葉は聞いて、そこでようやく九郎に笑顔が戻った。もしかしたらと、ある種の考えが望美に浮かぶ。
 九郎も望美の言葉を聞くまで半信半疑だったのではないか?不安だったのではないか?と。
「なら、これは俺が貰ってもいいわけだ」
 九郎が取り出したのは先ほど望美が投げつけたプレゼント。
 中身のマフラーを取り出して、九郎はどうやって使うものなのか悩んでいる。その姿が少しだけ可愛くてプッと望美は噴出すと、それを九郎の首に巻いてあげた。
「本当はクリスマスに渡す予定だったけど、私は不器用だから間に合わなくて……今日、渡せて本当に良かった。こうやって首に巻いて、暖めるものなんです。私もしてるでしょ?」
「ああ、なるほどな。……ありがとう、望美」
「どういたしまして」
 もう、遠慮はいらないのだ。さっきの女性たちのように少しくらいの図々しさは許されるはず。思いのままに、行動しよう。望美は九郎に抱きつくと、その背中に腕を回すとギュッと抱きしめた。
「あけましておめでとう、九郎さん。今年もよろしくお願いします」
「ああ、あけましておめでとう。こちらこそ……今年もよろしくな」
 最後の除夜の鐘が空に響き渡り、新年が訪れた証を残す。
 そして二人にとっての新たな年は、去年とはまた別の美しさに彩られるようにと望美は静かに希望を胸の中で祈った。


 了



 以下おまけです。(反転してください)
 ちなみに、弁慶さんに教わったのはきっと、
「九郎、いいですか? 女性に思いを伝えさせてはいけません。男なら、自分から言わなければ」
「そうなのか?」
「そうです。もしも女性が思いを伝えそうになったら、口を塞いでしまいなさい」
「なるほど、手でだな」
「違います、口でです」
「そんなこと出来るわけ無いだろう!(怒・真っ赤)」
「大丈夫です、相手が思ってくれていれば、きっと応えてくれますから(にっこり)」
「そ、そういうものか?(戸惑い)」
「ええ、そういうものです。(ただ、相手がなんとも思っていなければ殴られて嫌われて終わりですが)」
「何か言ったか?」
「いいえ、特には(最上級の笑顔)」
 ってな、会話が為されたに違いないです。

 20060101   七夜月

新年のご挨拶(兼言い訳)