学校1




 AM 0:00。
 望美は息を切らしながら門に寄りかかった。普段は遅刻しないのに今日に限ってピッタリの時刻になってしまった。
 急いできたにもかかわらず、どうやら将臣はまだきていないようだった。
「……せっかく急いだのに」
「お、遅かったな」
「きゃっ!」
 寄りかかった正門の真後ろから耳元で囁かれ、驚きのあまり後ずさる望美。
 それを面白そうに見た将臣は、門越しに望美に挨拶をした。
「よっ。お前の方が遅いなんて、珍しいこともあるもんだな」
 望美はいつもどおり呑気にそういう将臣にいささか脱力しながら答えた。
「これでも急いできたんだよ? お母さんがせっかくだからっておしゃれしろってうるさくて…色々着替えさせられてさ」
「あはは、おばさんも相変わらずだな。なんか、そういうの聞くと安心するぜ」
「私は時間に間に合うか不安だったよ」
「あははは、まあいいじゃねぇか。一応間に合ったんだしな」
 細かいことを気にしないその性格に再び脱力を覚えてしまう。
「もう!……そんなことより、将臣くんどうやって入ったの? 門閉まってなかった?」
「閉まってたぜ。でも飛び越えるくらい簡単だろ」
「…………身長差を考えて言ってよ……」
 将臣にとって楽勝でも、望美にとって楽勝とは限らない。しかも将臣はどうやら望美に飛び越えることを望んでいるようなのだ。
 絶対無理とはいえないが、さすがに少しは考えて欲しかった。
「なんだよ、登れないのか?」
「……登ります。登ればいいんでしょ」
 不貞腐れながら高さ一メートルくらいの門のてっぺんを掴んだ。あまりの冷たさに手袋越しにそれが伝わってきて、少々たじろいでしまう。今年は稀に見る寒波が日本列島を襲うとか何とかテレビで言っていたけれど、それも伊達ではないようだ。
 気合で飛び上がり、鉄棒の要領で腕を伸ばしながら体重を前に預ける。そのときに気付いた。
「今更だけど…私、今日スカートなんだけど……」
 さすがにミニをはくほどの度胸はなかったけれど、せめてものおしゃれとして膝丈のスカートを望美は履いていた。そして足元もブーツなため、このまま向こうに行くためにはかなり不恰好な体勢をとらなければならない。
 どうしようと考えていると、将臣が呆れたように溜息をついた。
「ったく、しょうがねぇな〜……よっと」
 その瞬間、望美の身体がふわりと浮いて、将臣に抱きかかえられるようにして門の上を通過していた。
「え?」
 望美がポカンとしていると、将臣の顔がニヤリと変わる。こんなときはいつだって、望美にとってあまり宜しくないことを言われるときだった。
「お前、見た目の割には……」
「それ以上言ったらぶつよ!」
 先を読んだ望美は先手を打って将臣の言葉を封じる。先に続く言葉が軽いか重いか…どちらにせよあんまり嬉しくない。軽いといわれれば見た目がやばい訳だし、重いといわれれば体重がヤバイわけだ。
「冗談だって、マジでとるなよ」
「とるよ!女の子はそういうの気にするんだからね!」
 下ろしてもらいながら怒ってみたものの、何だか無性に悲しくなった。なんで新年早々体重について言い争いし無ければならないのだろうか。
 告白しようと思ってるのに、これだと先が思いやられてしまう。
「それで? 将臣くん学校の中に入ってどうするの?」
「まーまー、いいからついてこいって」
 将臣に連れられて、ひたすら歩く望美。将臣が担いでいた大きな荷物が気にならないといえば嘘だったが、尋ねてもはぐらかされてしまったため、追求は断念する。そのまま校舎の裏に向かうと、学校の外付けされている非常階段の前で将臣が止まった。やはりここも簡単だが錆びた鉄格子に施錠がしてあった。
「ねぇ、カギ閉まってるよ?」
「大丈夫だって、心配すんな」
 そういった将臣は、どこかで拾ってきた木の枝をその施錠にいれかちゃかちゃと動かす。すると、カチッという音と共に施錠が外れて、階段への入り口が開いた。
「ここ緩いんだよな〜。前に来たとき発見してさ。誰にも言うなよ、俺の昼寝スポットなんだから」
「授業サボってどこにいるのかと思えば……しょうがないなぁ〜」
呆れてモノも言えないという表情をすれば、将臣は悪気ゼロの笑顔で付け加えた。
「でもま、お前もこれで共犯な? 一緒に行くんだし」
「……あっ、ずるい! そういうことだったんだ……!」
「嫌なら帰るか? 俺はどっちだって構わないぜ」
「嫌だなんて言ってないでしょ!」
「あんま大きな声出すなよ。これでも忍び込んでることに変わりないんだから」
「………」
 我儘な幼馴染に望美はもはや沈黙する。
 何を言っても無駄だというのはこの長年の付き合いでわかっていたはずなのに、ついそれを忘れてムキになってしまう。
 将臣のような兄を持った譲は、本当に大変だと思う。今になって譲の忍耐力の高さに感動した。
 さて、望美も将臣の言ったとおり、忍び込んでいることに変わりは無いので抜き足差し足で階段を登る。その際ブーツの音が必要以上に響かないようにするのが大変だった。3階…4階…と登っていき、辿り着いた先は屋上だ。