学校2 「何でこんなところに……」 「望美、ほれ。お前の分な」 荷物を置いた将臣から投げられたのは、そのバッグに入っていたらしい毛布だった。 「毛布?」 「そっ。さすがにまだ寒いからさ。それでも羽織っとけよ」 「でも、なんで毛布なの?」 将臣が上を指すので、その視線を追って望美も空を見上げる。そこには向こうの世界で見たのと同じような、満天の星空が広がっていた。 そして一瞬だけ、望美の目の前を光が遮った。 「あっ、流れ星!」 まるで、今見た一つ目が合図だったかのように、どんどん流れ出す流れ星に、望美のテンションは上がる一方だ。 「うわっ! すごい、こんなに?」 「どうやら間に合ったみたいだな」 いつの間にか近くに寄っていた将臣が、望美の隣に立って同じように空を見上げた。 「今日は百年に一度のなんとか流星群ってのが来るってニュースでやっててさ…お前に見せてやりたかったんだ。こういうの好きだろ?」 「うん! ありがとう、将臣くん!」 「悪いな、本当はもっと暖かいところで見せてやりたいんだけど、星ってのは周りに光があるところじゃ見えねぇから。学校ならあたりも暗いし、丁度いいと思ったんだ」 「ううん、全然気にしてないよ。こんなにすごいもの見せてもらってるんだもん。すっごく嬉しい!」 子供のようにはしゃぎまくる望美の肩に手を置いて、将臣はその身体を引き寄せた。 「え、将臣くん?」 そのまますっぽりと身体を自分の腕の中に抱きしめてしまう。将臣の行動の意図が良く解らなくて望美が戸惑っていると、悪い、と言いながら将臣は離れた。 「なんかさ……こうしてずっと傍にいるのに…お前はまだお前なんだなと思ってさ」 「?? 私が私じゃなくなったら、何になるの?」 「……いや、龍神の神子のお前の力を見てきたはずなのに、俺にとってはお前はただの春日望美だったからさ。なんか実感沸かねぇっつーか……幼馴染の春日望美のままだと思って」 「そりゃ……幼馴染の春日望美っていう事実は変わらないんだから、しょうがないよ」 言いながら、内心望美は落ち込んでいた。やはり将臣の中で望美は幼馴染という認識しかされていないのだろうか。 「そう、だな……変わらないんだよな、ずっと」 こんなこと言われたら、今更好きだとは言えない雰囲気である。 せっかく意気込んできたのに軽く失恋を味わったようで、望美は顔に出さないようにするのに必死だった。 「だけど、いつかきっと離れるときはくるんだよな。幼馴染だからって一緒にいられるわけじゃない。俺もお前も、いずれ別々の道を歩むことになるだろうからな」 「…………そうだね……」 もういいよ、と耳を塞ぎたかった。改めて事実を突きつけられるには、心の準備が足らなすぎた。こうなると、望美は装っている表情がいつ崩れて変わってもおかしくなかった。 「……やっぱ無理だわ」 少々の沈黙の後に、まるで、独り言のように呟かれた言葉。意味が解らなかった望美はきょとんとした表情で顔を上げた。話の流れが良く解らない。 「え?」 「お前と離れること考えてみたけど、全然想像つかねぇ。なんかいつでも何処でもお前と一緒にいるような気がする。……いや、これは俺の願望だな」 「あ、あの、将臣くん?」 「好きだぜ、望美」 将臣ははっきりとそういった。それには先ほどの会話の流れなどまるで無視したかのようなきっぱり具合で、ついていけなかった望美は一瞬自らの耳を疑ったくらいだ。 「俺はお前と離れたくない。っていうか、離れてるのが想像つかないってのはやっぱそうなんだと思う。……これでも色々と迷ったんだぜ? 幼馴染としてのお前をもしかしたら恋と錯覚してんじゃないか、とかさ。でも向こうに行ってお前と離れて、お前がいないことで全身が凍るかと思った」 辛そうに話す将臣を見て、望美は手を胸の前で組む。まるで痛みが伝わってくるようで持て余した感情をどうすればいいのか解らない。だから、口から出てくるのは疑問という名の確認。 「ほ、本当に?」 「嘘言ってどうすんだ」 「だって、さっきの話は? 幼馴染は変わらないって」 混乱した望美に将臣がいつもの陽気な笑い声を上げた。 「そりゃ、お前が幼馴染なのは消しようが無い事実だけど、恋人としてのお前はまた別だろ? それとも……嫌か?」 全力でその問いを拒否するように、首を横に振る。 「嫌じゃない……! 私だって将臣くんのことが……」 一瞬だけ躊躇ったものの、望美はまっすぐ将臣の目を見ると微笑んだ。 「……私も、将臣くんが好き」 確認したけれど望美の心を支配するのはこれが嘘で無いようにということ。 自分の気持ちを伝えてしまった今では、コレが嘘だったら傷つかずにはいられないから。 「……はぁ〜〜〜……」 将臣は深い溜息をつくと、その場に座り込んだ。というか、足から力が抜けてしまったようだという方が、正しいのかもしれない。 「何となく、断られない気はしてたけど……やっぱ少しは緊張するな」 「私の気持ち、バレてた?」 断られないという将臣の自信よりも、自分の解り易過ぎる態度が心配になって、望美は焦って尋ねた。もしかしたら、本人にバレるほど周りの人間にもバレていたかもしれないのだ。 「というか、幼馴染としてだったのかもしんねぇけど、一番頼られてた気はしてた」 「そっか……うん、すっごく頼ってたよ。いつでも逢いたいって思ってたし」 「へぇ、今日は随分素直だな」 言った後から言葉の意味に気付いた望美は途端に顔を赤くする。 「だって、心配だったし!将臣くんいつも一人で何してるのかわかんなかったから!」 言い訳じみているのは解っていたが、誤魔化すのに他に適当の言葉は無い。実際本当のことであるのだ。誤魔化すとは言え、嘘じゃない。 「ははっ、確かにそりゃそうだ」 将臣は今度こそ望美を抱き寄せると、その身体をきつく抱きしめた。 「でももう、ここにいる。こうすれば俺がここにいること解るだろ?」 「うん、誰より傍にいてくれてる」 望美は頷くと、その背を抱き返した。一人よりも二人の方が温かい。 「好きだ」 もう一度だけそう呟いた将臣に答えるように、望美も頷き返した。 「そういや、まだ言ってなかったな」 「ん?」 朝日が昇るのを二人で寄り添って見ながら、呟いた将臣を望美は見た。 「あけましておめでとう。……今年から、よろしくな」 「うん、こちらこそ。…あけましておめでとう、将臣くん」 将臣の肩に頭を乗せて、今年から、という言葉の意味を噛み締めながら望美は小さく笑った。 了 20060101 七夜月 |