近所の公園 PM 23:55 滑り台の脇に設置してある時計を見て、十分間に合ったことに安堵する望美は走った息を整えながらゆっくりと公園の中を見渡した。 家の近くにあったこの公園は昔からよく遊んでいた場所だった。ブランコと鉄棒と滑り台とそれに隣接した砂場がある、いたって普通の小さな公園だ。滑り台に登る順番とか、いつも将臣と喧嘩していた気がする。 しかし、回想に今は浸っている場合じゃない。幼馴染との思い出よりも大事なものが、これから望美を待っているのだから。 「いた……!」 ブランコに座りながら夜空を見上げている敦盛の姿を発見して、望美は喜びが胸に広がる。 「来てくれたんだ……」 昨日、どうしても一緒に年明けを越したかった望美は、無理を承知で敦盛に頼み込んだのだ。 『明後日の午前零時に、近くの公園まで来てくれませんか?』 あまりのその必死さに圧倒されたように、敦盛は頷いてくれた。 私は構わないが…と。 その返事にいささか不安を覚えたものの、それは杞憂だったようだ。 「敦盛さん!」 パタパタと走り駆け寄る望美にハッとしたように敦盛は視線を望美に向ける。浮かんだ笑顔に少なくとも今回の誘いを嫌がられてないらしいということが解り、再び安堵した。 「ごめんなさい、誘ったのは私なのに遅くなっちゃって」 「気にすることは無い。まだ待ち合わせの時刻には早い。私が勝手に早く来すぎたのだ」 困ったように敦盛が笑うものだから、慌てて望美は首を振る。 「いいえ、あの…今日は来てくれてありがとうございました」 「いや……しかし私などで良かったのか? もっと他に誘うべき人がいたのではないのか……?」 「敦盛さんがいいんです。手を出してもらえますか?」 時計を確認して敦盛の手をとり、その上に望美は小さなお守りを乗せた。 「あけましておめでとうございます、敦盛さん」 時刻はAM 0:00。 年が明けた瞬間だった。 「あけ、まして…?」 「私たちの世界の新年の挨拶です。こうして敦盛さんと一緒に年を迎えられて良かった……」 にこりと望美が微笑めば、敦盛にも柔らかい表情が戻る。 「これ、私が作ったんです。気休めかもしれないんですけど、お守りです。良かったら貰ってください」 こちらの世界に来てから敦盛が時折苦しんだ表情をしているのは望美も気付いていた。龍脈の穢れはなくなっても、敦盛が苦しむ原因の根本がなくなったわけではない。だから、少しでも和らぐようにと、白龍と相談して神子の神聖な気を込めたお守りを贈ることにしたのだ。 「……ありがとう、大切にする。すまない、私は何も持っていないのだが……」 「いいんです、私が勝手に渡したかっただけですから」 元から何かを期待してプレゼントしたわけでは無いので、望美としては貰って喜んでくれただけでもとても嬉しい。 「しかし、それでは申し訳ない。神子も何か、欲しいものはないか? とはいえ、私がして挙げられる事など……幾つもないのだが」 欲しい物、と問われ望美が思いついたのはたった一つ。 いつだって欲しかったもの。けど、それを言うことは出来なくて、いつも悩んでいた。 嫌われたらどうしようとか、困らせたらどうしようとか、そんな弱気なことばっかりで。 けれど、チャンスなのだ。この機会を逃したら、きっともう他にチャンスは無いように思えた。 「じゃあ、じゃあ一つだけ……敦盛さんからほしいものがあります」 緊張しすぎて頭がぐらぐらしてきた。どうしようもないほど顔が赤らんでいるに違いない。けれども望美は言わねばならないのだ。 コレをいうために、今日敦盛を呼んだのだから。 スッと息を吸い込んで、精一杯の笑顔を浮かべた。 「敦盛さんの心を私にください」 「私の心……?」 一瞬、予想もつかなかったとばかりに敦盛は瞬いた。 「しかし、私たち八葉は皆あなたを思って……」 「そうじゃなくて、八葉としてじゃなくて……一人の女の子として私を見てくれませんか? 私を、好きになってほしいんです」 して欲しいのは龍神の神子としての扱いじゃない。たった一人の女性として、敬われるとかそんなのではなく対等に扱って欲しいのだ。 「…………」 沈黙が二人の間に落ちてしまい、顔を上げられなくなった望美は困った。こういう場合、どうしたらよいのか解らない。不安で何かを口にしなければその場に立ってもいられなかった。 「迷惑、ですか?」 「いや……」 と、言ったきりまた再び黙り込む敦盛。この沈黙こそ迷惑といわれているような気がして、望美は背筋が凍っていく。ダメならダメだとはっきり言ってくれた方がマシである。いや、でもそれでもやっぱり傷つくことに変わりないのだから、やっぱりどうしたらよいのやら。 「私は……神子は、別に好きな人がいるのかと思っていた」 ようやく口を開いたと思ったらそんな言葉で、正直脱力してしまう。 「どうしてそんなことに……」 「私など、好きになってもらえるはずは無いと…思い込んでいた」 「え?」 その言葉に思わず顔を上げれば、敦盛も見事に顔を赤く染めて望美から視線を外していた。 「私も、貴方が好きだ。けれど、この思いを伝えてよいかどうかずっと悩んでいた。迷惑になりはしないかと……」 「そ、そんな! 迷惑なはずないじゃないですか!」 望美は敦盛が好きなのだから、迷惑どころか嬉しくて天にも昇る気持ちである。 「そうか、良かった……私も神子の気持ちは迷惑などではない。すごく嬉しい」 両思いになったという実感が、望美の中で確かに芽吹く。それまでの歯止めだった片思いが実ったから、きっと前よりずっと好きになってしまうだろう。 「あの、それじゃあ一つだけお願いしてもいいですか?」 「なんだ?」 「私の事、神子じゃなくて…名前で呼んでください。もう、神子じゃなくて、私は貴方の望美ですから」 恥ずかしいことを言ってしまっただろうかと一瞬考えたが、やはり名前で呼ばれたい。もう、八葉でも神子でも何でもないのだから。 「……解った、貴方がそれを望むならば」 微笑んだ敦盛に微笑み返して、望美は嬉しくて何度も頷いてしまった。 「今年も一年、よろしくお願いします! 敦盛さん」 「ああ。こちらこそ、よろしく頼む……望美…殿」 小さくついた殿にまだ呼び捨てにすることが出来ない敦盛についつい笑ってしまったが、そういう不器用なところも全部含めて望美は好きになったのだ。 これからゆっくり進んでいけばいい。急ぐのは二人とも得意じゃないから。 二人はぎゅっと手を繋ぐと、静かに寄り添って寒空の下 微笑みあった。 了 20060101 七夜月 |