家1




 時刻はAM 0:00。
 望美は深呼吸して心を整えると、えいっとインターホンを鳴らした。
「はーいはい、ちょっと待ってくださーい……あら、望美ちゃん」
 可愛らしい声と足音をさせてきたのは、将臣の母親だ。息子二人に比べたら小柄な可愛らしい女性である。
「こんばんは、おばさん。みんなもう、初詣に行っちゃいましたよね?」
「そうなのよ〜。望美ちゃん熱は? 大丈夫?」
 将臣の母が心配するのも道理。望美は数日前まで熱を出して寝込んでいたのだから。
「もう下がりました、ご心配おかけしました。けどまた風邪引いたら大変だからって、皆との遠出許してくれなくて。一人じゃつまらないので遊びに来たんですけど、誰か残ってる人はいませんか?」
「残念だけど……あ、でも待って。そういえば、将臣のお友達が一人来てたわね。えっと、知盛くんだったかしら、あの子は皆と行くときに見かけなかったけれど」
 一生懸命考えているときの将臣の母親はとても可愛らしい、と望美はいつも思う。とてもじゃないが、望美と同じ年ぐらいの子供がいるようには見えない。自分の母親よりも理想の女性図だ。
「知盛……やっぱり……」
 いると聞いた瞬間ホッとした。どうやら朔は上手くやってくれたらしい。
「あ、良かったら上がっていく? 彼も寝てばかりで暇そうだし、将臣の部屋にいるんじゃないかしら?」
「えっと、はい……! すみません、お邪魔します」
 気を遣わせないようにと飲み物の有無を断り、おせち料理のおすそ分けをして、こうして望美は新年の挨拶もそこそこ、有川家の将臣の部屋まで足を運んだのだった。

 知盛と会えるようにとセッティングしてくれたのは、主に朔だった。朔に彼が好きだと告げると、朔はとても喜び望美のために方々を駆け回って今日と言う名の舞台を作り上げてくれた。今八葉の誰も残っていないのは、全て朔が仕組んでくれたことなのである。熱があったから望美は行かないという理由を元に、初詣を渋る八葉+一人を無理やり神社(しかも遠くに)に行かせ、望美と知盛が二人きりになれるチャンスを伺っていたのである。
 そんな朔のくれたお年玉というプレゼント、無駄には出来ない。今日こそ告白決めるぞ!と逸る心を抑えて二回ほどノックをした。
「……………………」
 ノックの後に返事が来なかったので、静かに将臣の部屋を開けた望美は、こたつに入りながら自分の腕を腕枕にして眠っている知盛を見つけて噴出しそうになった自分の口を押さえた。
「(有り得ない……!)」
 戦場で出会ったときは、こんなこたつで眠るような庶民的な人では無かったから、余計にこの光景が異様に思える。
 そして、このこたつもまた来客が増えた将臣の部屋のためにと、割りと大きめのモノが置かれているので、知盛がすっぽり納まってしまうのだ。もう一人分なら余裕で入れるくらいの空きはあるだろう。
 知盛が寝ている姿を見たのは、熊野でいきなり剣を向けられたとき。あの時はあまりの事に咄嗟に反応できなかったが、今回は反応する必要もなさそうだ。ここは知盛が求めていたような戦いのある世界では無いから。
「(それにしても、よく眠ってるなぁ〜)」
 ツンツン突っついてみたいが、後が怖いので脇に座って見ているだけに留める。
 綺麗な顔立ちをしているせいか、睨むととても怖いのだ。最近ではその回数も減ったけれど、睨まれてしまうと自分がへこむのは目に見えていた。
「(起きないかな? 起きてくれないかな? 暇だな)」
 念を送ってみたけれど、無論そんなものが届くはずもなく知盛は相変わらず眠ったままである。
「…………ダメ、か。つまんない」
 せっかく二人きりのチャンスだというのに……でも、こんな風に寝顔を見ていられる時間というのは貴重で尚且つ大切なのかもしれない。とりあえず、朔が作ってくれたこの時間だけは、大切に扱おう。もしも起こして喧嘩なんかしたら元も子もないし、朔に申し訳ないのだから。
「何がつまらないんだ……」
 薄っすらと開かれた目に映る自分の姿を見て、望美は動揺してしまった。
 独り言だったのに、聞かれてしまったのだろうか? いや、しかし……寝ていた可能性もあるわけで。
 その唯一の可能性にかけて尋ねてみる。
「い、いつから起きてたの!?」
「お前が入ってきたときからだ」
「じゃあなんでもっと早く起きなかったの!」
「面倒だった」
 知盛にそう言われてみれば納得できる。望美がそういう感想を持ったというわけではなく、ただ『あぁ、知盛らしいな』という意味合いでの納得だ。人間そこまでずぼらになるには相当の覚悟が必要だろう。
「はぁ……相変わらずだね。でもさ、部屋主がいないのにどうして一人だけ残ったの?」
 残っているであろう事は知っていたけれど、理由までは知らない。いや、想像がついていたからクイズみたいなものだ。正解かどうかが知りたいだけ。面倒だった、というのが望美の意見。
「わざわざ寒い中外に行こうとするのが俺には理解できないが? それに俺の部屋にはこの便利なものが無い」
 少し外れたが、やっぱり、とその理由には思わずにはいられない望美だった。
 最近は望美にも知盛の微かな変化を感じ取ることができるようになっていた。こたつを相当気に入ってるというのが、いつものような尖った気配が少しだけ和らいでいるのが望美にも伝わってくる。
「つまり、こたつでぬくぬくしたかったってことでしょ」
「移ろう夢を見るのも…風情があっていいものだ」
 こたつで風情を語られてもとは思うが、結局はうつらうつらしながらぬくぬくしていたいということなのだろう。こたつから出る気はなさそうだ。
「はいはい、解りましたってば。とにかく、起きてるなら私の相手くらいしてよ」
「嫌だ、面倒をみてやるつもりは無い」
「何それ!」
「一人で喋ってればいいだろう」
「それじゃ私、すごく可哀想じゃない!?」
「むしろ『痛い』な」
 将臣にでも習ったのだろう。しかし今この場でそんな的確なことを言われてもしょうがない。
「はいはい! 解りました! そんなにこたつがいいなら好きにすれば?」
 告白する雰囲気なんてもの、この人の前では存在しないことぐらい解っていた。挫けそうになる。
 今年一年の出だしがコレだなんて我ながら情けないが、覚悟を決めてきたとは言え、焦る必要は無い。知盛はここにいる。何度も見てきた運命の中で消え行く彼を思い何度涙を流したかしれない。けれど、彼は今ここにいて、望美の傍でこたつに入りながらうたた寝をしているのだから。
「…………――だいま、…さん、部屋に……」
「あら、…おみ、部屋には……が、きてる……」
 階下から話し声が聞こえてきた。どうやら将臣のようだ。しかしもう帰ってくるなんて予想外の出来事である。
「わわっ、将臣くんもう帰ってきちゃったの? 随分早いなぁ」
「ここはアイツの家だ。アイツがいつ帰ってこようと、別にいいだろう」
「そうだけど〜ここにいる理由を説明するのが面倒だよ。どうしよう……」
見慣れた部屋でどこか隠れる場所が無いか色々とチェックしてみたが、どうにもそんな場所はない。更に困り果てているといきなり腕を掴まれて、気づけばこたつの中に引き込まれていた。
「ちょっと何して……!」
「少し黙っていろ」
 手で口を塞がれてしまい、酸素が足りなくなった望美は無理やりその手を外すとこたつの中で深く呼吸を繰り返した。
「そんなことしなくても、喋ったりなんか…!」
「ただいまー。ってあれ、なんだ、誰もいねぇのか」
 突然ノックもなくガチャリと開かれた扉に(まぁ、部屋主なのでノックの必要は無いのだが)反射的に押し黙った望美は目で問い掛けた。
 なぜ隠れる必要があったのか?と。
 それに対して知盛は無言である。
「はぁ、にしても……財布忘れるとはな。ついついあっちの世界の感覚でものを考えちまう。少しは戻ってきたこと自覚しねぇと」
 どうやら将臣は忘れた財布を取りに来たらしい。これならばすぐに出て行ってくれそうだと思ったつかの間。望美は自分たちがいる体勢を改めて認識して度肝を抜かれた。
「(え、やだ……ちょっと待ってよ…!)」
 よくよく考えればこれって抱きかかえられているも同然では無いだろうか? 知盛の心臓の音が服を通して望美に伝わってくる。まぁ、意識している望美ほど心拍数は高くないので、きっと知盛に対したらこんなこと大したことではないのだろうが。
「(うわっ、ダメだ……意識したらなんか……!!)」
 バクバクと自分の鼓動が早くなっていくのが解る。知盛の鼓動がわかるのだ。知盛に望美の心拍数が解らない筈がない。 一瞬あった目が合った時、何かを含んだように唇の端が持ち上げられた。馬鹿にしてるのかそれとも……。
「(な、なんなのよ)」
 心持ち、抱きしめる腕の力が強まった気がする。それによりまたも望美の心臓は悲鳴を上げてドクドクと波打つように早くなった。からかわれているのは決定のようだ。
「(知盛の馬鹿ー!)」
「ったく、探すのもいちいち面倒だぜ。お、あったあった」
 将臣が財布を見つけたらしい。歓喜の声が上がる。
 これで部屋から出て行くであろうことが理解でき、望美はホッと一息ついた。すると……。
「(……………!!)」