家2 髪に触れる、柔らかい感触。それが段々下に下がってきて、額、瞼、頬、耳、唇すれすれの頬、と一つずつ確かめるように口付けられる。将臣がこんなに近くにいるというのに、何と言うことか。 「(な、何がしたいの!? )」 知盛のその意味不明な行動のせいで望美は自らの口を手で塞ぐしかない。こうでもしないと叫びだしそうだったからだ。今叫んでバレた時の方がもっと説明が面倒だ。何故なら、こたつで二人で何をしていたのかなんて聞かれても、答えようが無いのである。ここはなんとか我慢して、後で問いたださなくっちゃと思ったのに。 それが更にエスカレートして、望美の首筋、そして……鎖骨にまで触れられた瞬間、望美の脳内はオーバーヒートを起こした。機械なら上昇した熱によりプシューっと音を立ててそのまま壊れてしまっているだろう。叫ぶ気力すら吸い上げられた気がする。 「(も、もうダメ……)」 「おっし、財布も見つかったし、あいつら待ってるからそろそろ行くか」 満足げに納得した将臣がバタリとドアを閉めてから少し経って、望美はもぞもぞとこたつの外へと出た。 「知盛……あのね……」 同じくもぞもぞと出てきていた知盛は望美を見たときにニヤリと笑った。 「よく耐えたものだ。頑張ったご褒美でもやろうか」 「何がご褒美よ! 今私で遊んでたでしょ! こらえるの苦しくて、どうなるかと思ったんだからね!」 そんなこと言われても、ご褒美につられるほど望美は単純ではなかった。本当に辛かったのだから。 「なら声を出せばよかったんだ。少しは感じたんだろ?」 「な、何いってんの!? 馬鹿じゃない!!」 「ふっ、素直じゃない女だな。なら、試してみるか?」 「試すって何を……」 「さっきの続きだ」 「んなっ…………!!」 考えただけで気絶してしまいそうである。意識をしっかり持たなくちゃ、と自分に言い聞かせながら望美は知盛に流されているこのペースを何とかしようと足掻いた。 「人様の家で何をするって言うのよ! 大体、何でそんなに私をからかうの!」 「お前の反応が面白いからだ」 いつもなら知盛らしいと納得しただろうが、今だけはそうはいかない。そんな理由で納得してたら全てのからかいの事柄を納得しなければならないではないか。 「だったら、反応が楽しければ他の人にもこんなことするの?」 「他の奴らは別の楽しみ方がある。お前にはこの手が一番だろ?」 「どの手よ!これ以上のことをされた日には私お嫁にいけなくなっちゃう!!」 「大袈裟だな」 「大袈裟でも何でも、無理なものは無理!」 というか、乙女の一大事に大袈裟は無いんじゃないだろうか。実際嫁の貰い手がなくなったらどうしてくれるつもりなのか。 「大体、好きでもないのにそんなことして責任だって取ってくれないくせに、何を……」 「…………仕方ないな、そこまで言うならその責任とやらをとってやる」 「……………へ?」 「つまり、お前を俺だけのものにすればいい。それで俺もお前のものになればいいわけだ」 間違っていない、確かに知盛が言っている事は間違っていない。だが、何かが激しく違っているように思えるのは望美の気のせいだろうか。 「ねぇ、本当に意味わかって言ってる?」 「当たり前だ。お前を俺が貰ってやるってことだろう? つまり、今日からお前は俺のものだ」 組み伏せられてそんなこといわれるとこれから起こりそうなことが現実に迫っていることを突きつけられるようで、望美はさぁっと赤くなった顔を蒼くした。 「ストップ、止まって、ここが何処だか思い出して」 「場所など関係ない」 「大いにあると思う! とても関係あると思う!」 このままだと本当の本気でお嫁にいけない身体にされそうだ。望美だって女の子だから恥じらいはあるけれど好きな人となら嫌ではない。けれども場所が場所だ。人様の家で何をするというのだ。いや、何をするというわけだが、だからこの場所が問題であって……。 ぐるぐると混乱してきた望美は、頭を押さえて半泣きになりながら知盛を見上げた。そんな望美を見ていた知盛が最高に面白いと言いたげに笑い声を漏らした。 「くっ……! 本気にしたのか?」 「…………もしや私、またからかわれてた?」 「お前が望むなら叶えてやってもいいが?」 「遠慮します」 しかしこんな手で乙女心を揺さぶるなんて相変わらず酷いやつだと思う。何でこんな性格の悪いやつを好きになってしまったのか、自分でも解らない。性格悪いやつを好きになった自分も自分である。趣味が悪いのだろうか。 「でも、私が望むなら本当に叶えてくれるの? さっきのことじゃなくても?」 「俺がしたいと思うことならな」 それは叶える側としては何だかおかしい理屈である。しかし今さら知盛に言ったところでなんてことは無い。仕方なく望美は諦めた。 「せっかくだから、さっき言った私のことを貰ってくれて、私に知盛を貰おうってやつをお願いしようと思ったんだけどな」 さらりとした告白の言葉。知盛は気づいてくれるだろうか? 何だか気づかないで終りそうな気がする。自分のこと以外には関心が無い人だから。しかし流されたら流されたでまた傷つきそうで、しばし悶々と考えてしまう望美。だがそれはどうやら愚行であったらしい。 「ああ、それか……いいぜ。お前がそれを望むならな」 「え?」 冗談にとられるとばかり思っていた望美は、あまりにあっさりとした知盛の快諾に目が点になる。 「え、恋人として付き合うってことだよ?」 「だからいいと言っている」 いいと言ってるくせにどこか態度の大きなその恋人に、望美はこらえきれずにとうとう噴出した。嬉しいけれど、何だか普通に喜ぶのはいつもしてやられている望美には不本意だ。好きになってくれただけで嬉しいと思うには、欲が深すぎたのかもしれない。だから、ここは一つ裏をかいてやろうと、自分を見下げている人物の唇を掠めるように奪ってやった。望美はしてやったりという表情を浮かべたものの、知盛の顔色は一つとして変わる様子が無い。それどころか……。 「まだまだ甘いな」 という言葉と共に送られた深い口付けに、今度は望美がしてやられてしまう番なのであった。 ちなみに、挨拶が済んでないことに気づくのは、それから参らされた数時間後のことである。 了 20060106 七夜月 |