あとに残るは誤解なり




 以前プロレスをやっていて二人が出来ていると望美に勘違いされた将臣と九郎は(『あとに残るは疑惑なり』参照)、今日も白龍の神子から手厚く気を遣われていた。
「将臣くん、今日はどうやらここで野宿みたいなんだ。九郎さんと一緒に水汲んできてくれるかな?」
 小首をかしげながら尋ねる望美は可愛い。そう、可愛いのだ。
 が、言ってることが全くもって可愛くない。
 気を遣っているのだということが、見え見えだ。
 しかも、将臣と九郎にとっては迷惑以外の何でもない気の遣い方だ。
 ありがた迷惑とはよく言ったものだ。
「あいつ一人で行かせりゃいいだろ」
 絶対に九郎なんかと二人きりになんかなるかと固く決意して、将臣はぶっきらぼうにそう言い放つ。多分、九郎だって将臣が行くことを望んでいないはずだ。
 というか、望んでても困るが。
「そんなこといわないで! ほら、チャンスだし」
「何がだ!」
 くいっと親指を立てられても、嫌なものは嫌である。
「望美、何度も言ってるが、俺たちは別にお互いなんとも思ってない」
「またまた〜! 将臣くんってば照れ屋さんなんだから」
 溜息をこらえてそういっても、望美の耳には届かない。よほど衝撃が強かったのか、どうあっても将臣と九郎が付き合っていると信じて疑わないのである。
「お前キャラちげぇよ」
「望美、それが終ったらちょっとこっちに来てくれるかしら?」
「はーい! それじゃ、将臣くん頼んだよ!」
 将臣の不満は軽く流し、シュタッと手を額辺りで構える望美。軍隊のポーズでも真似しているつもりなのだろうか。
「って、おい! 望美!!」
 言うだけ言って、望美は将臣に竹筒を渡すと見向きもせずに朔の元へ行ってしまった。
「ったく、しょうがねぇな。……おい、譲。ちょっと来い」
「なんだよ、兄さん」
 素直にやってきた譲は、兄から押し付けられた竹筒を見て眉をひそめている。
「悪いが水汲んできてくれ。望美に頼まれたんだが、俺はちと野暮用があってさ」
 望美という名前が出てきた途端に、譲のまとう雰囲気ががらりと変わった。
「先輩に頼まれたんなら、自分で行けばいいだろ」
 譲はそれを突き返すと、くるっと兄に背を向けた。最近望美が兄ばかりを構う(もとい、望美は九郎と将臣を応援しているつもりなのだが)ため、少々ご機嫌斜めなのである。
「んなこと言わずにマジで頼むぜ〜。俺外せない用事があるんだ」
「知らないよ。俺だって先輩のために料理作んなきゃならないんだから。兄さんの我儘には付き合ってられるわけないだろ」
「おい、譲ッ!」
 が、結局譲にもフラれて将臣は途方にくれつつ竹筒を見つめる。
「……どうすっかな……」
 ぽりぽりと頭をかいて、とりあえず代わってくれそうな人を探すために歩き出した。



「神子、それは私が代わろう。少し休んだほうがいい」
「あ、敦盛さん! 有難うございます、でも私だけ休むわけにはいきませんから。敦盛さんこそ、さっきの戦いで疲れたんじゃないですか?」
「私は大丈夫だ」
 敦盛の雰囲気が少しだけ和らぐ。二人の雰囲気がなごやかムードに突入しているその脇で、怪しげなムード全開のこの人。
「僕としたことが、こんなことにも気付かなかったなんて……」
 ふぅっと自己嫌悪の溜息を吐いている弁慶に、ちょうど薪を探し終え戻ってきた景時が気付いた。
「あれ〜? 弁慶どうしたの? 何か心配事? 俺で良かったら相談に乗るよ〜?」
「あぁ、景時。すみません、心配事というほどでもないんですが」
 そして、手を開く。そこには小さな花があった。
「ん、花? これがどうかした? ただの花に見えるんだけど」
「えぇ、ただの花ですよ」
「???」
 弁慶のわけのわからない答えに、景時は益々首をひねった。
「薬の調合をしようと思っていたんですが、どうやら間違えてしまったみたいで」
「あぁ、なるほどね! ん〜、それって今すぐ必要? なんなら式で探させようか?」
「お気遣い有難うございます。けれども僕が探していた花は少々取り扱いを慎重にしなければならないものですから、自分で探しに行きます」
「そっか〜、でもなんか必要になったらすぐに言ってよ。手伝えることがあれば手伝うからさ」
「えぇ、期待してますよ」
 弁慶はあくどいところなど一つも無いような、晴れた笑顔で頷いた。
 景時はふと、興味本位で聞いてみた。
「ところで、何の薬の材料だったの?」
「聞きたいですか?」
 弁慶の笑顔が微妙に変化した。
「そりゃまぁ……って、別に言いたくないならいいけど」
「下○ですよ」
 渋った割にはあっさりと、弁慶は答えた。しかし、○剤など何に使うのだろうか。
「下○〜? なんでまたそんなものを……」
 風邪薬ならともかく、景時にはあまり必要性を感じない薬だった。
 景時が心底わからないといったように腕を上げる。すると、弁慶はじーっと景時を見た。
 じぃいいいいいい。
 視線が外れなくて、何故だか悪寒を感じる景時。背中がぞくぞくして夏なのに何故かものすごぉく寒い。
「べ、弁慶……まさかその薬、俺に使ったりなんてこと……ないよね?」
 恐る恐る尋ねてみれば、景時に対して弁慶の笑顔がいつもの柔和な笑顔に戻る。
「ふふっ、そんなわけないじゃないですか」
「そ、そうだよね〜! あはは、やだなぁ、そんな意味深な視線投げるから、俺てっきり勘違いするところだったよ。そ、それじゃ俺、向こう見てくるから!」
 逃げるように走っていってしまった景時を見送って、弁慶は溜息を吐いた。
「さて、とりあえず本物の花を見つけてから実験台を探しましょうか。景時は結構良い感じだったんですけどね。彼も聡いし怪しまれたら最後、僕が何を言っても飲みそうにない。ここはやはり九郎かな。彼なら、疑うことなく飲むだろうし、何より一番丈夫ですから」
 そう、実験が成功したあかつきには、本命である「彼」に飲ませればいい。 好敵手に対しては早め早めに手を打たねばならないのだから、完成は急がねば。
「ふふっ、どのくらいの威力があるのか、楽しみですね」
 弁慶は一人、ふふふとほくそ笑んだ。



『へぇっくしゅん!』
 盛大なくしゃみをして、ヒノエと九郎は同時に鼻をすすった。
「おい、風邪か?」
「あんたもだろうが」
 九郎から突っ込まれても、ヒノエは別段気にしないように鼻を鳴らした。
「さぁてね、ただ単に誰かが噂してんじゃねぇの。そんなことよりもなんだよ、話って。俺は野郎と語り合うより、可憐で華やかな姫君との時間を過ごしたいんだけど」
「だから、その可憐で華やかな姫君って奴の話だ」
 どこが可憐で華やかなんだか九郎にはちっとも理解できなかったが、とにかくこうなったら藁にもすがる思いだった。
 どうにかして望美の誤解を解きたい。にしても、誰に相談したらいいのかわからずに、とりあえず女心に達観していそうなヒノエを選んだのだ。
 もう一人、選択肢がいなかったわけではない。が、あっちはものすごく、本能的といってもいいほど関わっちゃいけないという警報が鳴っていたので、九郎も安全なほうを選ぶことにしたのだ。
「姫君の話?」
「そうだ。あいつの誤解を解きたいんだが、協力してくれないだろうか」
「なんだよ、あんたが珍しく俺を頼るから、何事かと思ったら……そんなことか」
「そんなことじゃない! こちらは本気で困ってるんだ」
 情けなくも肩を落とした九郎に対しては同情の念が沸かないわけでもない。
 わけでもないのだが……。
「やだよ、面倒くさい。自分で何とかすりゃあいいだろ」
「それが出来たら人任せに頼んだりしない!」
 あっさり拒否したヒノエに、苦い思い出でも思い返すのか、九郎の脳裏に様々な努力が蘇る。が、その度に失敗したことも思い出して、重苦しい溜息が意図せず口から出てきた。
「……頼む、頼れる奴はもうお前にしかいないんだ」
「そんなこと言われたってなぁ。俺だってそんな暇じゃねぇし」
「時間はそうとらせない。ただお前の口からあいつに誤解だということを説明してくれればいい。やり方なんかは全部任せる、好きにやってもらって構わない。ただ、本当に誤解さえといてもらえればそれで構わないんだ……!」
 あまりにも必死な形相の九郎に、どうも調子が狂ったヒノエは重く溜息をつくと覚悟を決めたように顔を上げた。
「あのなぁ……ったく、しょうがねぇな。そこまで言われたらやるしかねぇじゃん」
「本当か? 恩に着る、ヒノエ!」
 が、そんな嬉しそうな顔されてもまだ誤解は解けていない。
「勘違いするなよ。俺は俺なりに姫君を説得するが、聞く耳持たなかったらその時はそのときだ。そうなれば今度こそ自分で何とかしてくれ」
「わかった」
 神妙に頷いた九郎。ヒノエは頷き返して、どうやって誤解をとこうかと考えながら、さっそく望美の元へ歩き出した。



「望美、ちょっと話があるんだけど……今大丈夫か?」
 朔と共に景時が持ってきた薪をくべていた望美は、ヒノエに呼ばれて振り向いた。
「ヒノエくん、どうしたの? 話って?」
 ヒノエがちらりと朔を見れば、朔は小さく嘆息した後に頷いた。
「望美、ここは私一人で大丈夫だから、いってらっしゃい」
「え、でも……」
「平気よ、別にくべるだけなんだから、何も危ないことは無いわ。それにほら、危ないことは兄上にやらせればいいのだし」
「そうそう、そういうのは男にやらせりゃいいって。で、急を要する話なんだけど、俺のために手を開けてくれないかな?」
「う、ん……急用なら仕方ないね。ごめんね 朔、すぐに戻ってくるから!」
「わかったわ」
 手を振って見送る朔のためにも早めに切り上げるかと、ヒノエは少し離れた場所でいきなり本題に入った。
「それで俺の用ってのがさ、お前の誤解を解くことなんだ」
「誤解?」
 身に覚えがちっともない望美には寝耳に水の話である。
「だって、ヒノエくんは女たらしでしょう?」
 しかも勝手に解釈されている。
 まぁ、これも誤解と言ったら誤解だから後で弁明する必要がある。
「それも違うけど、とにかく言いたかったのは俺のことじゃなくて、九郎の話。望美はさ、九郎と将臣が出来てるって勘違いしてるだろ?」
「え?でもそれは勘違いなんかじゃないよ」
「それが勘違いなんだって。誤解なわけ。本人たちも何度も否定してただろ? あれは照れ隠しでも何でもなく、本当に否定してただけなんだよ」
「本当に?」
 これこそ驚いたと言わんばかりに目を丸くする望美に、ヒノエは何でこんな必死に誤解をといてやらねばならないのか解らなくて深い溜息をついた。
「とにかく、あいつらは何でもないから、お前も今までのことは全部忘れろよ」
「そうなんだ、私の誤解だったんだ……」
 少しだけ(何故か)納得していない望美の表情は気になったが、ヒノエとしては当初の任務は遂行した。これで心置きなく望美を口説けるというもの。
「それでさ、姫君。俺の話は終ったけど、どうせだったらこのまま一緒に近くを散策しないかい? それで、俺が本当に女たらしかどうか、姫君自身に見極めて欲しいね」
「何言ってるの、話が終ったなら戻ろう。私たちだけ準備手伝わないなんてダメなんだからね」
「ちぇっ、でもま……お楽しみはこれからにしておこうか」
 少々不満げだったヒノエも、断られることはなんとなく想像していたので、その場はあっさりと引き下がった。


 



  20051128  七夜月

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