熊野参詣 〜湯煙旅情・愛と憎しみのサスペンス〜 (事件編)




 龍神温泉を出立して数日後、それは起こってしまった。

 潮岬で望美が剣の稽古をしているとき、遠くから朔の叫び声が聞こえてきた。
「きゃあああああ!」
 甲高い悲鳴に駆けつけた一行が見たものは、信じられない光景だった。
「九郎さん……!? そんな……!!」
 腰を落として震えている朔、その目の前にいた……否、正式に言えばあったのは、被害者と思われる九郎の身体。
 後頭部を鈍器で殴られたように、頭には大きなこぶが出来ていた。
「むごい……一体誰がこんなことを……!!」
 泣き出してしまった朔の肩を優しく抱きながら、望美はぎりっと歯をかみ締めた。
「九郎さん、殺されるいわれなんて無いほど、いい人だったのに……!」
「役職柄、そうでもないんですけどね。たんこぶ一つで死ねたのなら、彼も本望でしょう」
「たんこぶで死ぬほど不名誉なことはないって、九郎ならいいそうだけど?」
「……というよりも、まだ死んでいないと思うのだが」
 弁慶とヒノエと敦盛のトリプルツッコミをスルーして、望美は立ち上がった。
「九郎さん……私、必ず貴方をこんな目にあわせた犯人を見つけてみせます!」
「熱く燃えるお前も素敵だね。でも残念だけど……一応、こいつどうにかしたほうがいいんじゃねーの?」
 冷静なヒノエの言葉も望美の耳には入らない。完全に一人の世界に入ってしまっている。
 証拠に握り締めた拳が熱い。非常に燃えている。目からは炎とか出せそうである。
「あ、ダメです弁慶さん! 現場に入らないで!」
 とりあえず治療はしなければならないと、九郎を起こそうとしていた弁慶を見つけた望美は、慌てて止めた。
「これから現場検証をして、犯人の証拠となるものを見つけ出すんですから」
「そうですか、それじゃああまり動かさないほうがいいですね」
 九郎の安否なんてものは心配していないんじゃないかと思えるほど、爽やかに微笑んで弁慶は手を離した。
 ゴンと鈍い音がして、再び九郎の頭が地面にぶつかる。
 こぶが一つ増えたようだ。
「では、現場検証を始めましょう」
 望美は小石を皆に拾ってくるように指示すると、それらを一つ一つ丁寧に九郎の周りに置いていった。
 どうやら、白いラインの石灰の代わりらしい。
「ごめん、神子……元通りにはならなかったよ」
 ついでに言うと、もとあった形に戻そうとした白龍の力で、九郎の身体は見事に形作られていた。某サボテンのモンスターを 思い起こさせるものだ。明らかに神様の力の使い道を間違っている。
 被害者の形に添って置かれた石はいびつな形をしていた。
 そもそも、一度被害者の身体を動かしているので、このラインもあまり意味が無い。
「それじゃあ、えっと…第一発見者の朔、何があったか話してくれる?」
「えぇ……私、兄上に頼まれて水を汲みに行った途中だったの。そして、偶然ここを通りかかったら、九郎殿が……」
「ごめん、朔……オレがこんなこと頼んだばっかりに……」
 景時からも裏が取れて、望美はふむふむとしっかりメモに書くフリをする。
 思い出してしまったのか、朔の瞳が再び潤んできた。
 望美は口元に手を当てると、もっともらしいポーズをとってから考え込んだ。
「なるほどね……ってことは、死後まだ一日は経ってないのね」
「だから、死んでねーって」
「それに先輩、今朝九郎さんと挨拶しましたよね」
 将臣と譲が鋭くツッコミを入れる。
「ちっちっちっ、譲くん。私の事は警部って呼んでくれなきゃ」
「火サスの見すぎですよ、先輩。……まったく、しょうがない人ですね、警部は」
「いや、譲。幾らなんでもこんな時まで甘やかすなよ」
 相変わらず望美一色な思考の弟に、将臣からツッコミが入った。
 その時、九郎をじっと観察していたリズヴァーンが、手に何かを持って望美の前に立った。
「神子、これを」
「これは……まさか!?」
 九郎が持っていたものは、何かのダイイングメッセージなのだろうか。
 小さな文字がびっちりずらーっと書いてあった。
 その紙を望美はどこかでみたことがある。
 その時、景時の表情が一瞬変わったのを、望美は見逃さなかった。
「あー! こ、こぉんなところにあったのかぁ! 何だ、九郎が持ってたんだ! よかった よかった!!」
 望美以外の誰にも見られないように、景時はすばやい動きでそれを懐にしまった。
「中身〜……見た?」
 景時の視線が見つけたリズヴァーンと望美に注がれる。
「私は見ていない」
「見ましたけど、何が何だか……それって何なんですか?」
 景時は一瞬ホッとしたように肩を下ろしたが、中身を聞かれるとぎくりと身を震わせた。
「え? これ? な、なんでもないよ〜。ただの術に使うお札だから!あは、あはは……」
 皆の視線が景時に注がれる。
「や、やだなぁ! ほんとだってば!」
「怪しいですね、なんだかとっても」
 同じ白虎の加護を受ける譲の言葉に頷く一同。だが、望美は先ほどの見たことある紙のことで頭が一杯だった。
「どこで見たんだろう」
 記憶を辿りよせ、懸命に思い起こす。そんな望美は蚊帳の外に、皆の意見は既に景時犯人説でまとまり始めていた。
「……まさか貴方が?」
「隠したって良いことないよ。早めに白状したほうがいいんじゃない?」
 全員から詰め寄られて、景時ははぁっと溜息をつくとふざけていた顔を伏せて哀しげに眉をひそめた。
「バレちゃったんなら、しょうがない…か。そうだよ、俺がやったんだ」
 景時のなかに自虐的な笑みが浮かんだ。
「やはり、貴方なのか……? 貴方が、九郎殿を……」
「何故ですか、景時……何故、君がこんなことを……」
 疑ってはいたが、いざ本人から自白を聞くと、皆それはそれで信じられない。 大事な仲間を傷付ける理由が、思いあたらなす ぎた。
「別に俺だって九郎を憎んでたわけじゃない。偶然だったんだ」
 景時の話はこうだった。朔に水を頼んだあと、ついでにもう一つ頼みごとがあった。慌てて追いかけたら、どうやら朔は別の 道を使ったらしく通り越してしまったようだった。それに気付いたときに、偶然この場所で剣の稽古をしている九郎を見つけた 。熱心に修行していたので、声をかけるのが少しだけ躊躇われたので、そのまま戻ろうとしたその時、景時は九郎の足元に毒 蛇が迫っているのを見つけた。
「咄嗟にやっつけようと思ったんだよ。そしたらさ、俺も慌ててたし、手元が大幅に狂って、九郎の脇腹に撃っちゃったんだよ ね……。その時は九郎も意識があったんだ。だけどその衝撃でそのまま足を滑らして、後頭部から運悪く石の上にすっころ んじゃって、そのまま……。放っておくわけにはいかなかったから、その後助けようとしたら朔が来て悲鳴上げるから出るに 出れなくなっちゃってさ。……ごめんなさい」
 みんなからジト目で見られて、あはは〜と誤魔化し笑いを浮かべていた景時だったが、項垂れながら謝った。
「あーあ、こんなことなら今朝の朝餉のときにでも、九郎に毒蛇注意って言っておくんだった」
 肩を竦めながらやれやれといった様子の景時に、皆が盛大に溜息をついた。
「朝餉……そうか、朝餉だわ」
 朝餉というキーワードに、望美のもやもやしていた気持ちが晴れた。
 朝餉。つまり、朝ご飯のとき、望美はあの紙を偶然見たのだ。


真実編



    20051111(ポッキーの日)  七夜月

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