I wont you 1 遠い目をして空を見上げる自分はここに在ることを不思議に思う。 現代に来て、神子と過ごすこの日々は何事もないように見えて毎日がどこかしら変わっている。 この世界に残ると決めたその時に、私は新たな生活を手に入れた。 神子の家からもそう遠くない私の家。アパートという二階建ての集合住宅の一室だ。階段を上り一番奥の部屋が私の家だと教えてもらったときに、私の手に握られていた鍵。あれからもう、数ヶ月が経った。 少しずつ買い揃えられていった調度品は全て神子が選んだもの。私は神子に囲まれて暮らしている今が、とても幸福に満ち足りている。 「そろそろ来る頃だろうか……」 神子から頂いた時計というものを眺めると、約束していた時刻の針まであと少し。 今日は将臣殿と譲殿も交えて、神子が私の家へ遊びに来る日だ。随分と前から今日の予定を空けておいてほしいと頼まれていたので不思議に思っていたのだが、今日ようやくその理由が判明する。 一体何があるのかとそわそわ落ち着かずにいると、軽快な音を立ててチャイムが鳴った。 「こんにちは、敦盛さん! 望美です」 「神子か、今開ける。少し待って欲しい」 ドアを開ければなにやらもじもじと俯いた神子がおり、私は何事かと首を捻る。 「こんなところで立って話しているのも妙だ。中へ入ろう」 「あ、その前に……ですね。質問があるんですけど」 神子は歯切れ悪く私に尋ねるが、語尾は弱い。神子が聞きたいことなど皆目見当もつかずに私は神子の言葉を待った。やがて神子は私が神子の言葉を待っているというのに気付いて、私を上目遣いで何故か自信なさげに呟く。 「敦盛さん、今欲しいものってありますか? 今日は特別な日だから、敦盛さんにプレゼントを送りたいんです」 「神子が私に? では私も何か貴方に……」 「いえっ!それはダメです! 今日は皆が、敦盛さんだけにプレゼントする日なんです。ケーキは将臣くんが買ってくるって言うし、私も何かあげようと思ったんですけど、敦盛さんがどういうものを喜んでくれるか解らなくて……」 つまり、私に何かくれるらしいことは解った。その贈り物について悩んでいるということも。だが、今これといって特に欲しいものは無い。そう思って神子を見たら、目が「何か無いですか?」と物語っていた。さすがにそんな目で見られてしまうと、断るわけにもいかず、困ってしまって再び悩む。なかなか良い案が浮かばずに悩み抜いた末、思いついた結果は。 「では、神子が欲しいものは何か無いか? 参考までに聞かせて欲しい」 私はこの世界に未だ疎く、こういったことに関してはまだまだ名前も知らぬものばかりでなかなか決めることが出来ない。 神子に尋ね返すのは妙案だと思ったら、神子は驚いたような顔をして深く悩みこんでしまった。 「私が欲しいもの……? そうだな……」 ふと、神子の唇に笑顔が浮かぶ。神子が何か思いついたときの顔つきだ。私は神子の答えを待つべく口を閉じた。そして階段を上ってくる人影にも見覚えがあり、言葉は発せずとも微かに笑顔を浮かべて歓迎する。 「I wont you ……なぁんちゃっ「なんだ望美、お前随分大胆だな」てぇえええええ! 将臣くんいつからいたの!?」 神子の台詞に将臣殿の言葉が見事に被り、神子は顔を赤くして猛抗議している。あんなに染まってしまって、風邪を引いているのでなければいいのだが……。 「立ち聞きなんて酷い!」 「玄関先で喋ってる奴が悪い。んで、譲はまだ買い物が済んでねーってことで、ちょっと遅くなるらしいぞ」 「もーバカバカ将臣くん!! 私とにかく敦盛さんの誕生日プレゼント何か買ってくる!」 顔を赤くした神子はいささか足取り強く、私が止める間もなく階段を降りていってしまった。あれは早歩きというより、走っているのに近い。 「神子はどうしたのだろう?『あいうぉんちゅー?』将臣殿は解るのか?」 「んー……ま、それなりにな。―んじゃ、お邪魔するぜ」 将臣殿は元より私の返事を待つ気は無かったらしく、入ってすぐ、大きな手荷物をテーブルの上に置いた。 「望美あの調子じゃ意地でもなんかプレゼント贈りそうだな。マジでお前ほしーもんとかねぇの? なんだったら俺が今あいつにメールしてやるよ」 「有難う、将臣殿。けれど私はまだこちらの世界について詳しくない。何も思いつかないというよりも、神子がそばに居て笑ってくれるだけで私は満足だ」 「…………ったく、お前らってホント……。わーかったよ、望美がさっき言った言葉の意味、後で教えてやる。望美と譲が来たら、さっさと始めるぞ」 将臣殿がそういって笑顔を見せたので、私も笑い返す。何を始めるのか、正直よく解っていなかったが、彼らが楽しければなんでも良かった。私はこの世界に残れたこと自体至上の幸福で、これ以上は望んでないのだから。 → 20060529 七夜月 |