Reason




 ここに遊びに来るようになって随分経つ。
 勿論、弁慶に用事があるからではあるが、それが建前になりつつあるのは自分でも気づいていた。かといって、別に害があるわけではなく、また己を甘やかしているつもりもないので、直す気も無い。もどかしいのは会いに来る理由をいちいち作らなければならないということくらいだ。
 その九郎が会いに来る少女たちの片割れは、一生懸命九郎の後ろで九郎の髪をみつあみにしていた。少女の母親もまた同じように他人の髪を触るのが好きで、特に弁慶の髪をいじっていた。たまに九郎も触らせてはいたが、大体は弁慶からの殺気により断っていたものだ。
 そんなことを思い返しながら髪が引っ張られてもまったく動じずに好き勝手させていると、庭から笑い声が聞こえてきて、そちらに目を向けた。そこにいたのは敦盛と、美里という九郎の後ろにいる千里の妹だった。
「なぁ、弁慶……」
「なんです?」
 薬品をすり鉢ですりながら、弁慶は顔を上げずに聞き返す。
「美里は何故、敦盛とヒノエに懐いているんだ?」
「ああ、君は知らないんでしたね。一度、僕が君と鎌倉へ行ったとき心配で、暇だというヒノエと敦盛くんに番犬になってもらったことがあるんですよ」
「番犬ってお前……」
「望美さんに変な虫がついたら困るでしょう?」
「……こういってはなんだが……その危険については二人は該当しなかったのか?」
「考えるまでもありませんよ。敦盛くんはもとよりそういう子ではありませんし、ヒノエに対してもちゃんと言い含めておきました。それに、幾ら女性に節操が無いと言っても、ヒノエも嫌がる女性を無理強いしたりしない程度には理性がありますから」
 言葉はどうであれ、これは褒めているんだろう。きっとそうだ。突っ込むべきところではないんだ。脅したんだろ?と聞くべきではないのだ。
 九郎は無理やり納得して、疑問を口の中で噛み砕いた。
 ゴホンと一つ咳払いをして場を仕切りなおす。
「で、その理由は?」
 九郎の二の句にふふっと口許に笑みを浮かべる弁慶。「思い出し笑いか?」と尋ねた九郎に、弁慶は素直に「そうですね」と答えた。
「僕も聞いた話ですよ」
 そう付け加えてから、弁慶は語り始めた。

 長旅の荷物を烏に運ばせ、自分は身軽な格好をしていたヒノエ、そして背後には同じく身軽だけれど以前とあまり変わっていない格好をした敦盛。気配に気づいて家の中から足音が聞こえてきて、ヒノエは姿が見えると同時に笑顔と一緒に声をかけた。
「姫君、久しぶりだね。元気にしてたかい?」
「うん、元気だよ! いらっしゃい、二人とも。今日からよろしくね〜」
「いいや、神子私たちの方こそ、宜しく頼む」
「じゃあ敦盛さんたちが楽しめるように、頑張りますねー! 料理とか!」
 途端に二人の顔が引きつる。それを見逃さなかった元源氏の神子は、ふふっと少しだけ勝ち誇ったように笑う。
「心配しなくても、ちゃんと練習しましたから大丈夫ですよ。あ、そうだ。ちぃー、みぃー、ちょっとおいでー」
 望美が奥に声をかけると、壁から二人の少女の頭がひょっこり現れる。弁慶と望美の間に生まれた双子で名を千里と美里という。
 しかし、遠慮しているのか、警戒しているのかおそるおそる顔を覗かせており、こちらへこようとはしない。
「大丈夫だよ、二人とも父上と母上の大事な仲間だから。怖くないよ、あの九郎さんの仲間でもあるんだから」
 九郎の名を出した途端、千里が顔を輝かせてやってきた。よたよたと二足歩行をする千里はこの間歩けるようになったばかりだ。
「くー、くー!くろーど……!」
 よたよたと歩いて、荷物を置き、手を差し伸べたヒノエへと抱きつく。ヒノエが抱き上げて高い高いをしてやると、千里は嬉しそうに声をあげてわらった。
「前に見たときは全然喋れなかったのに、喋れるようになったんだ」
「そうだよ、ちぃはちょっと遅いけど、みぃはもっと喋れるよ、おいで」
 いまだに柱の陰に隠れていた美里は、望美に呼ばれて渋々やってきた。歩くのも美里が早かったらしく、美里の足取りはしっかりしている。だが、望美の後ろに隠れたままでて来ようとはしなかった。
「みぃ、挨拶しなくちゃだめでしょ? 父上にも言われてなかった? 二人がきたらちゃんと挨拶してくださいねって」
「や」
「もう……みぃ?」
 困ってしまってこめかみを押さえた望美に、敦盛がふっと笑う。
「大丈夫だ、神子。恥ずかしがりやなんだろう。私にも覚えがある、無理させなくてもいい」
「だよなぁ、お前見知らぬ人の前だと絶対兄貴の袖の内側から出てこなかったもんな」
 みつあみを引っ張られながら茶々を入れたヒノエに、敦盛が怒るべきか笑うべきか悩んでいると、美里がパタパタと走っていってしまった。
「ふーん、嫌われちゃったかな?」
「違うよ、誰に対してもあんな感じなの、ごめんね。気にしないで?」
 ヒノエから千里を受け取って望美は謝罪するが、二人は特に気にしているわけではないので、顔を見合わせて苦笑しただけだった。
「気にはしてないよ、それに、難攻不落だと思えば思うほど、落とし甲斐があるだろ?」
「ヒノエ、そういう言い方は誤解を招くからやめたほうがいい」
「え、何!? ヒノエくん、ウチの子に何する気!?」
「おいおい、冗談だって」
 千里を庇うように抱く力を強くした望美に、相変わらず信用ないねぇとヒノエは肩を落とした。
 それをみて笑った望美と敦盛、そしてなんだかよく解ってないながらも笑っている千里を、遠巻きながら美里はジッと見つめていた。

 それから幾日が過ぎた頃。
「まだ全然駄目だな、これは本当に難攻不落だね」
 千里からは懐かれたものの、相変わらず美里には無視をされ続けていた(というよりも、姿すら現さない)二人は、軒下で日向ぼっこをしながら話していた。
「一筋縄じゃいかないってね。まさかここまで子供に手を焼くとは……」
「性格なんだ、仕方がないだろう」
 言葉ではなんだかんだ言いつつも、実はヒノエが楽しんでいる事は敦盛にも解っている。まだ時間はあるし、のんびりとやっていこうと話していると、部屋の中から泣き声が聞こえてきた。
「ふぇ……! いやぁあーあ!」
「はいはい、大丈夫だから泣かないで」
 何事かと二人が部屋の中へ入ると、望美にあやされる千里がいた。顔を真っ赤に染めて、息も絶え絶えで今にもぐったりしそうだ。
「姫君、どうした?」
「あ、ごめんね、煩くしてて。ちょっと、この子熱が出ちゃって……」
「熱? 大丈夫なのか?」
 敦盛が千里の額に手を当てると、確かに熱い。子供の頃は元々体温が高いというが、それにしても苦しそうだ。だが、敦盛が額に手を当てると、その冷たさに千里の頬が緩む。
「うん、この子たちがよく熱出すから弁慶さんが作り置きしていってくれた薬があるの。それでね、ちょっと二人にお願いがあるんだけどいいかな」
「構わないよ、なんだい?」
「美里を探して欲しいの、さっきから探してるんだけど、何処にも居なくて……この子を連れ出すわけにはいかないから、二人にお願いしたくって。それで連れて帰ってきてくれる?」
「ああ、いいよ。ついでに何か買ってきたほうがいい?」
「それは平気、それよりもみぃが心配だから。あの子実はすっごく苦手なものがあって……」
 望美から聞かされたその苦手なものに敦盛とヒノエは視線を通わせる。確かに、アレは神出鬼没で早く連れ帰らないと大変なことになりそうだ。と二人は早々に立ち上がり邸を出た。

 




  20081105  七夜月


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