信頼と不安の狭間で1




 気になんか、してない。
 今までだってそうだった。甘い言葉を言うのは、何も私だけじゃなかったし、そういうのが彼にとって挨拶だって言うのも、ちゃんと解ってた。
 「俺の女になれよ」って言われたときも、恥ずかしかったけど本当はそんな気ないんじゃないかって、少し疑ったくらいだもの。
 ねぇ、だからこれは罰?
 貴方を信じなかった罰ですか?
 私は目の前の光景に世界が暗転していくのが解った。



 結納の儀を控えたある日、私は久々に会う仲間たちに感嘆の声を上げた。
「弁慶さん、九郎さん! 二人とも、どうしたんですか?」
 こちらでは式に友達を呼ぶ、というのは私たちの世界ほど簡単じゃないから、尚更驚いた。
 確かに、新幹線なんかもないこの時代に遠い場所に住んでいる友人を呼ぶのは、大変だろう。私もそれは納得できたから、あまり気にしなかったのに。
「少し九郎とこちらのほうへ用事がありましてね。ついでという形で寄ってみたんです。残念ながら、あまり長くは居られないんですが、君の顔を一目見たくて」
 その優しげな笑顔は全く変わっておらず、昔ならその言葉に赤面していただろうに、今では懐かしさのほうが勝っている。
「ヒノエとの婚儀も、もうすぐなんだろう?」
 九郎さんも戦いが終ってからは楽しそうに笑う姿をよく見るようになった。
「はい、そうなんです。でも二人に会えて良かった。忙しそうだったから、てっきりもう会えないんじゃないかって……」
「大袈裟だな、時間さえ合えば会うことなんて容易いじゃないか。まぁ、確かに少々距離はあるが、行って来れない距離じゃない」
「あはは、そうですね」
 相変わらず、九郎さんは明朗とした考え方で、私も思わず笑ってしまう。
 確かに私の悩みは大袈裟だったかも、なんて思えてきてしまうくらい。
「おい、お前ら。熊野別当様に挨拶無しで、いきなり俺の姫君を尋ねるってのは一体どういう了見だ?」
「ヒノエくん!」
 私の背後から現れたヒノエくんは、いささかムスッとしているようだった。
 オーラに不機嫌さが現れている。大人気ないなぁと苦笑しつつも、こういうヒノエくんのストレートな嫉妬は嫌じゃない。
「これから向かうところですよ。ね? 九郎」
「そうだ。一応言っておくが、挨拶はする気だったぞ。ただ、その前にこいつと会っただけだ」
「ふぅん。まぁ、今日のところは許してやるよ」
 途端に張り詰めた空気を緩和させて、ヒノエくんは面白そうに笑った。
「お前にしては珍しく寛大じゃないか」
「狭量な男と思われて、姫君に嫌われたくないからね。せっかくの婚約も白紙に戻ったら意味が無いだろ?」
「正論ですね。もし君が彼女と喧嘩でもして彼女が元の世界に帰ってしまったら、もう二度と会うことは出来ませんから。怒らせないのが得策ですよ」
「アンタに言われなくても解ってるよ」
 嫌そうに弁慶さんを見上げて、ヒノエくんは私を見た。
「っと、こうしてる場合じゃなかった。望美、俺は今日ちょっと野暮用で帰れねぇんだ。一人で大丈夫か?」
 ヒノエくんが居なくなるのはしょっちゅうで、熊野別当がどれだけ忙しいかはこっちに来てから知ったことだった。今までも何回か留守にしていたから、私も別に疑うことなく頷ける。
「大丈夫だよ。お仕事頑張ってね」
「あぁ、なるべく早く帰るようにする」
「お頭―!!」
 振り向けばそこにはヒノエくんの部下が数人。もう来たのかよ、と舌打して少しだけ慌てた様子で、九郎さんと弁慶さんを見た。
「というわけだ。俺はこれから出かけなきゃならない。お前らいつまでいるんだ? 俺の留守中に望美に手を出したりすんじゃねぇぞ」
「あはは、何いってるのヒノエくん。そんなことあるわけ無いじゃない」
 笑って言い飛ばせば呆れたようなヒノエくん。
「頼むから、警戒心は持ってくれよ」
 一方、面白そうに何かを楽しんでいるのは弁慶さんだ。
「これは信頼されているとみていいんでしょうね。大丈夫ですよ、ヒノエ。僕らだって彼女の信頼を裏切るつもりはありませんから」
「というか、他人のものに手を出してはいけないと、先生も言っていた」
「リズ先生か……いいこと言うじゃん」
 多分、それってこういう意味じゃないとは思うけど。
 とにかく危険は逃れたと知るや、本当に時間が無いらしくヒノエくんは慌しそうに仲間の元へと走っていってしまった。
「ヒノエがいなくて、寂しいですか?」
 弁慶さんからの問い掛けに、私はちょっと迷ってから小さく頷いた。
「でも、お仕事だし、ヒノエくんも頑張ってるんだから、私一人で寂しがってる場合じゃないです」
 頑張らないとッ!握りこぶしを作って言えば、弁慶さんは嬉しそうに笑っていた。
「そうですか……君は、ヒノエのことが本当に好きなんですね」
「え? はい、そうですけど……弁慶さん?」
 弁慶さんの質問の意図がつかめずに、私は首を傾げるが、ここでもタイムアップだったらしい。
 日の傾き加減を見て、少し焦ったように九郎さんが声を出す。
「おい、弁慶。そろそろいかないとまずいぞ」
 その言葉に頷く弁慶さん。
「すみません、望美さん。僕らも少し急ぎの用事があるんです」
 済まなそうに笑顔を浮かべた弁慶さんと九郎さんに私が何かを言えるはずは無い。
 むしろ、寄ってくれたこと自体が感謝すべきことだ。
「悪いな、また帰りに時間があれば寄らせてもらう。お前の世界の話を聞くのは好きだ」
「あはは、いいですよ。私なんかの話でよければ、幾らでもお話しますから」
 九郎さんの言葉に嬉しくなった私は、笑顔で二人を見送った。
 また会えるかもしれないという期待に、胸を躍らせながら。







    20051024  七夜月

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