信頼と不安の狭間で2




 その夜は寝苦しかった。何だか体が妙に火照っていて、眠りについてもすぐに目が覚めてしまう。そんな夜だった。
 このままではどうせ眠れるはずが無い。私は起き上がると、服を着替えて外に出た。
 散歩して夜風で身体を冷まして、少し動けば疲れて眠れるようになるかもしれない。
 そう思って、そっと屋敷を抜け出すと暗い夜道を一人歩き出す。
 怨霊も出なくなった今では怖いのは人間だけ。一応刀は忘れずに常備しているから、危険は薄らぐはずだ。
 戦も終ってしまった今では人間相手に上手く振るえるかどうかが、問題ではあるけど。
 腰に手を当てていつもの感触に安堵すると、不意に背後に気配を感じた。
「誰!?」
 柄を握って後ろを振り向く。
「俺だ、望美。驚かせて悪かったな」
「九郎さん?」
 振り向いた先には私と同じように驚いた顔をした九郎さんの姿があった。
「どうしたんです? こんな夜中に」
「それはこちらの台詞だ。女が一人で出歩く時間じゃないぞ」
「私はただの散歩です。眠れないから、少し外の空気を吸おうと思って」
「眠れない? そうか、まぁ人間そういう日もあるけどな。だからといって、あまりこんな時間に出歩くものじゃない。危険なことに変わりないだろう」
 九郎さんは言い方は昔ほど刺々しさは抜け、最近ではストレートに心配してくれる。
 そんな些細な変化が嬉しくて、私もつい甘えてしまうのだ。
 後にそれが、どんな結果になろうとも知らず。
「それじゃあ、九郎さんも一緒に散歩しましょうよ。何かの用事だったんですか?」
「いや、その帰りだった。弁慶はまだ残っているんだが、俺が居てもどうにもならないからな。だから、お前の散歩に付き合う分には異論無い」
 九郎さんは優しい。一度心を許した相手には、本当に柔らかい笑顔を向けてくれる。
「本当ですか? よかった、有難うございます」
 そんな昔の仲間の気遣いが嬉しくて、私も感謝の笑顔でお礼を言った。
「礼などいらん。その代わりに、お前の世界のことを聞かせてくれ。約束だったろう」
「はい、お安い御用です」
 素直じゃない、わけではない。きっと、私が気にしないようにってさり気なく気を使ってくれているんだろう。
 私は良い仲間をもったって、心の底から思う。こんな仲間にはもしかしたら、出会えなかったかもしれないと思うと、将臣君じゃないけどラッキーだと思った。

 暫く二人で歩きながら話していると、次第に森の奥に人の気配を感じた。
「なんだ?」
「行ってみましょう」
 何か事件だったら大変だし、そう思って慎重に足を進める。しかし、思っていたような大事などではなかった。
「……すから、どうしても……」
「んなこと……いち、オレが……」
 小声で話し合っている男女の姿があり、私は思わず赤くなってしまった。
 どこからどうみても、これは立派な逢引の現場だ。
 隣の九郎さんもそう思っているのか、目が泳いでいて少々落ちつかないようだ。
 布を被って二人とも身元を明かさないようにしているのが、その証拠である。
 なんとなく、気恥ずかしくなって九郎さんに戻ろうと告げようとしたときに、女性らしき人が男性の胸に飛び込んだ。
 その瞬間、男性の纏っていた布がずれて、顔が露わになる。
 まさか、と思った。
「ヒ、ノエ……?」
 だけど、隣に居た九郎さんも驚いたように呟いていたから、きっと私の見間違えなんかじゃない。
「どういうことだ? なんでヒノエがここに……というよりも、あの女性は一体……」
 女性を沈痛な面持ちで抱きしめてるヒノエくん。それを見て私の心はぐちゃぐちゃになった。混乱して、何が起きたのかわかっていない。
 目の前が真っ暗になって、私は九郎さんのことも忘れて走り出していた。
「おい、望美……!」
 早く、早く……ここから離れなくちゃ。
 私の頭を占めていたのは、ただそれだけだった。








    20051027  七夜月

遙かなる時空の中で TOP