邂逅2 「きゃあああああ……!…いたっ!」 どん、とお尻に軽い衝撃を受けて、望美は痛みに目を開けた。 谷底から落ちたにもかかわらず、身体が受けた衝撃は全くといっていいほど無い。強いて言うなら強打したお尻が痣になるかもしれない程度だ。……なんて馬鹿なことを考えられるほど、脳内はわりと冷静でいた。 「いたた〜……私、崖から谷底に落ちたんだよね?」 確認するように呟いて、そんな状態にも関わらず怪我がお尻だけで済んだことが信じられなくて、答えの無い問いとはわかっていても自問せざるをえなかった。 辺りを見渡せば、そこにあったのは谷底の風景ではなく、どこか見たことある京での風景。 「あれ、ここって……鞍馬山?」 そう、確かリズヴァーンを探しに来たときにこの道を登った気がする。えっと、ここで景時に結界を破ってもらって、中に入ったのだった。 「何で私、こんなところに……とにかく、状況を確かめなくちゃ。先生はここにいるのかな」 立ち上がり、鞍馬山の中に入ろうとしたその瞬間、 ゴン。 「………〜〜つうぅ〜!」 見事顔面から結界に阻まれた。 「おかしいな、確か景時さんが結界を解いてくれたはずなのに……また先生、新しく施したのかな」 「そこのお前、何をしている!」 ぺたぺたと触って確認していると、後ろから声をかけられて、望美は振り返った。 そして、そのまま固まる。 ウェーブがかかった見慣れたオレンジ色の髪が、見慣れたそれより少し短く、背中辺りでばっさりと切られていた。 そして何より、その容姿。 「怪しい奴だな。お前、ここに何の用だ」 「く……」 「く?」 「九郎さん、どうしたんですか!? そんなにちっちゃくなっちゃって!!」 「はぁ?」 歳は明らかに10歳くらいに見える。 何故急にそんな若返ってしまったのか解らないが、とにかく九郎が小さくなっているのは確かだ。 「はっ! いやいや、落ち着いて私……九郎さんが小さくなるなんてそんなのあるわけないじゃない。そうだよ、きっと別人なんだ」 「さっきから何をぶつぶつ言っている」 訝しげにこちらを見ているその少年。違いを探そうとすればするほど九郎そっくりで、望美はある結論に至った。 「もしやこの子、九郎さんの隠し子!!」 「いい加減にしろっ!」 堪忍袋の尾が切れて怒鳴った少年は望美を見てふくれっつらをしてみせた。 「何なんだお前は! さっきから一人でぶつくさと! 俺の名は九郎ではない! 牛若丸だ! 父上と母上がつけてくださった、立派な名前がある!」 「え、牛若丸?」 以前、譲が望美にポツリと漏らしたことがある。 『俺たちの世界の史実だと、源義経は牛若丸として弁慶と五条大橋で戦ったんです』 と、言うことは。 ここにいるのは紛れも無く成長する前の九郎である。 「私、もしかして時空跳躍しちゃったの……?」 歴史を幾たびも塗り替えてきた望美だったが、まさかこんな昔まで遡るハメになるとは思わなかった。すると、ここは望美がさっきまでいた時間とは大きく違うのだ。 「あ、あの……ええと、牛若丸さん? ここは鞍馬山で、あってます?」 恐る恐る、小さい九郎…ではなく、牛若丸に尋ねてみると、牛若丸は不審者を見るような目で望美を見た。 「そうだ。女人が入ってこられるような場所じゃないぞ。お前、どうやってここまで来た」 「えっと……それが気付いたらここにいたっていうか……」 「そんなわけ無いだろう」 「いえ、本当なんですって」 「俺を騙す気か?」 「そんなことしてどうするんですか」 「本当のことをいったほうが身のためだぞ」 いつの時代のお代官様の台詞だ。 「だから、本当だって言ってるでしょ!」 いい加減しつこくなってきたので望美が怒鳴り返すと、急にフラッと眩暈が起きた。 酸欠のように頭がぐわんぐわんと鳴っている。 「お前、その腕……!」 異変の原因に牛若丸が先に気付き、急いで望美の元へとやってきた。 「どうしたんだ、怪我をしているじゃないか」 あぁ、そういえばさっきの戦いで腕を斬られたんだっけ。 血がなくなっているせいかぐらぐらし始めた頭で考えて、望美は牛若丸を見た。 「あの、少し待ってくれる?」 「…………話は後で聞く。こっちだ」 望美の手を引っ張り、先に歩き出した牛若丸に連れられて、望美も歩き出した。その手が以前に触れ合ったような大きな手ではなく小さな手にもかかわらず、温もりだけは一緒であることに何故か安堵感を覚えるのであった。 → 20060114 七夜月 |