邂逅 3 牛若丸に連れられ、辿り着いた先は小さな洞穴だった。 「ここは?」 「俺がよく山を抜け出したときに使う洞穴だ。ここなら人に見つからない。傷が癒えるまで、隠れていろ」 「あ、ありがとう……」 ぶっきらぼうでも優しいその姿に、望美は小さく喜びを感じた。 確かにあの九郎と一緒だ。 素直じゃないくせに、けれど本当は情に篤い人。 「お前、ここに用があったのか?」 「え、あ…うん。そう、なのかな。知り合いの人がここに住んでいて……私の先生なんだけど」 身体が小さいせいか、いまいちどう喋ればいいのか解らない。とりあえず、敬語を使う必要は無いと判断して、望美は牛若丸を同じ年頃の子供達と対等に扱うことにした。 「お前の先生が?だが、ここにはしばらく人の気配は無いぞ。残念だったな。」 「ええ!? ってことはもしかして、先生まだここにいないんだ……」 あらかじめ、先生がいないことについては考えていたが、それでも本当の話となると別だ。 でも、結界が張って合ったし……あれ? でもそういえばここって結界の中じゃなかった? 数々の不思議が生まれるもののそれらも先生に会えば全部解決する気になっていた。頼れる人が先生くらいだっただけに、いきなり道を塞がれて、どうしたもんかと考える。 「でも、それじゃ牛若丸さんはどうしてここにいるの?」 「俺は剣の修行だ。勉強ばかりしていると、どうにも堪らない。身体を動かして気分転換として戦の真似事をしていたんだ。ただ外野が少々煩くて、寺の敷地で剣を振るうのはさすがに出来ないから、こうして抜け出してきた」 「抜け出してきたって……」 「もう少しで新たな技が習得できそうなんだ。だから、見つかる前までに、絶対に会得してみせる!」 燃えている小さな牛若丸の姿はいつでもまっすぐな九郎の姿とダブって見えて、望美はついその頭に手を置いて撫でてしまった。しかしその行為は九郎を不機嫌にさせてしまうものだったらしい。この年頃の子供というのは思春期にかかる微妙な時期である。 「子供扱いするな!」 カッと怒りに目を見開いた牛若丸により、手を振りほどかれてしまった。まぁ、九郎を見る限りだと思春期というよりもただの性格なのかもしれないが。 「あはは、ごめんごめん」 真っ赤になって怒られてしまったので、笑いながらそれを流して望美は牛若丸を見た。 「大丈夫だよ、貴方なら絶対出来る!それが出来る力を持っているんだもん。きっと大丈夫だよ。私が保証する」 にっこりと微笑んで見せれば、何故か照れたような牛若丸。 「そ、そうか……? お前に保障されても説得力に欠ける気がするが」 「こらこら!」 素直じゃない牛若丸に、望美は珍しくしかりつけた。白龍はすごく素直な子だったから、怒る必要が無かったというのはあるけれど。しかし、九郎を叱ることが何だか特別なように感じないというのは、今までの自分が九郎に対して同じような態度を取っていたということだろうか。叱るというより、喧嘩のほうが多いけれど。 「そういう時は素直に受け取りなさい。自信持ってって応援してるんだから」 「……わかった」 牛若丸にとって叱られるという経験自体が乏しいのか、素直に頷くまでに微かの間があった。それに耐え切れなくなって視線を泳がせた牛若丸は、望美の腕に巻かれている赤く染まった布の包帯を見て、痛々しげに呟く。 「その怪我はいつ?」 「さっきだよ。貴方に出会う前に、戦ってたから」 「お前は戦えるのか?」 「一応、剣は習ったの。貴方が会得したい技とは違うかもしれないけど、花断ちっていうのなら私も出来るよ」 誰にとは言えないが、習っていないという嘘はつけない。それが望美の誓いだからだ。 いざというとき、守られる側になってしまうのではなく、守る側に立ちたいというのが望美の気持ちであるからだ。 「本当か? 花断ちと言うのはどんな技だ?」 「うーんと、舞っている桜の花びらを剣で断つことだよ。牛若丸さんもこれが出来れば十分修行になるよ」 花断ちが出来るとはいわれたものの、全面的に信じられなかったのだろう。 牛若丸の瞳が驚きに見開かれる。 「なら、怪我が治ったら俺に剣を教えてくれないか?」 「え!?」 まさか九郎に教える羽目になるとは思ってなかった望美なだけに、牛若丸のその申し出は少しだけ戸惑ってしまった。 九郎とは技術の差が大きく、いつだって自分が稽古をつけていてもらっていたからだ。 「嫌なのか?」 「う、ううん。そうじゃないの。でも、私なんかでいいの?」 「花断ちが出来るんだろう? 今の季節は丁度桜も咲いている、今度是非見せてくれ。そして、どうか俺に技の伝授をして欲しい。この通りだ」 頭を下げて強くお願いされてしまえば、望美も嫌とは言えない。 「わかった、私でよければ教えるよ」 「すまん、助かる」 「いえいえ……でも九郎さんって昔からそんな喋り方してたんだね」 「何のことだ?」 「こっちのことだよ」 ふふっと小さく望美は笑った。 → 20060115 七夜月 |