邂逅 4




「いたか?」
 望美を探して出ていた将臣が戻ってきた時に、邸で顔を付き合わせながらそれぞれの結果を報告しあっていた面々は面を上げた。
「いいや、こっちは駄目だった」
 みんなの代表として肩を竦めて言うヒノエはいつもどおりのように見える。しかし握った拳が震えていた。八葉の動揺を顕著に表しているのが、龍神であった。
「神子……神子、どこへ行ってしまったの?」
 白龍は呟いて落ち込み、ついていた朔が慰めるようにその肩に手を置いた。朔の顔にもずっと笑顔が戻らない。
「白龍、本当に気配がないのか? お前のレーダーにもうつらねぇってのはおかしいな」
「ええ……気配ごと消えるなんて…何かあったとしか思えません」
「先輩……無事でいてください」
 譲は歯がゆい思いをこらえることなく呟いて、俯いたまま黙ってしまった。
「皆、今日はもう遅いわ。捜索はまた明日…明るくなってしましょう。今寝床の用意をします」
 本当は夜通しでも探したい皆を朔は休むよう促す。もちろん、朔だって気持ちは皆と同じだ。望美が心配でたまらないのに何も出来ない自分に嫌気がさす。けれども、望美が帰ってきたときにみんなが元気じゃないと心配してしまう。だからせめて、望美に温かく手を差し伸べて上げられる皆の笑顔だけは守らねばならないと考えたのである。
「あ、じゃあ俺も手伝うよ。みんな、ゆっくりしてて」
「そうですね、もう一人が帰ってきたときにすぐに休めるようにしておきましょうか」
 いつもならば隣にいるはずの相棒とも呼べる友が、今日もまたこの時間になっても戻ってきていなかった。
「まだ、九郎殿が戻ってきていない……探しに行かなくてもいいのだろうか?」
 望美だけではなく、皆は九郎のことも心配していた。それを代弁したのは敦盛だ。
「敦盛、それでは本末転倒だ。九郎ももう子供ではない。心配しなくとも戻ってくる」
 それに、とヒノエがリズヴァーンの言葉に付け加えた。
「今はさ、好きな様にやらせとけばいいんじゃねぇ? どうせ寝ろって言ったって、寝やしないんだからさ。本人の気が済むまで、やらせてやれよ」
 ヒノエの言葉の重みは沈黙を生み、誰もがグッと言葉をこらえた。言葉を発して慰める相手はここにいない。
 またきっと、夜明けギリギリに戻ってきて、少し休んだら探しに行く彼を、皆はそれぞれの思いで待っていた。

 望美の傷の治りは意外というかさすがというか、強靭並のスピードで治っていった。三日で包帯も取れて、牛若丸が運んできてくれる食事を摂り、昼は日光浴、夜は散策という日々を送っていた。サバイバルな経験が皆無じゃなかっただけに、望美自身も野宿生活の知恵を身につけていたため、何とかここまで暮らせてこれていた。だが、しかしいい加減に仲間が心配になってくる。心配させてしまっているだろうし、変な別れ方をしたから、誤解をしていなければいいけど。
 洞窟の中でそんなことばかりを考えるようになっていた。
 ある夜、またも抜け出してきて望美のところにやってきていた牛若丸は、その手にいつものように太刀を持っていた。
 だが、纏う雰囲気が違う。ただ事ではないそれに、望美も身体を堅くした。
「どうかした? 何だか雰囲気がいつもと違うみたいだけど」
「一つ、手合わせを願えないだろうか」
 幾分堅い顔つきは、どうやら緊張しているようだ。
「今日? 今すぐに?」
「ああ。素振りや基礎を何度もやっているが、俺は自分の実力がどの程度上がったとか、まだ確かめていない。確かめる相手もいない。だから、自分の力を知っておきたいんだ」
 望美も腰に差さっている自らの太刀を手に取り、微かに頷いた。
「いいよ、確かに私も怪我とは言え、練習をサボってたから、少し身体を動かしておきたい」
 鍛錬は大事だということは嫌というほど学んできた。だからこうして直に剣を交じ合わすことも、必要なことだ。洞穴から出た二人は、広いところを探して、手近な広野へと場所を変えた。
「この辺でいいかな?」
「ああ」
「それじゃあ、いつでもいいよ」
「では、参る!」
 言葉と共に加えられた斬撃をするりと交わして、望美もまた踏み込む。
 若さゆえなのか、その直情的な剣さばきは望美にも次の手が解る位に単純なものだった。
「はぁ!」
 掛け声の威勢はいいが、無駄な動きが取り巻いていて、これではせっかくの流れが勿体無い。
 先ほどまではスピードと大胆な剣使いで少々押され気味だった望美も、相手の分析を終えると、身体も徐々に感覚を取り戻していき攻めの一手にかける。次々と反撃の隙を与えずにひたすらに攻め続ける。防戦一方だった九郎が石に躓いて転びかけた。そこを望美が見逃すはずもなく。
「甘い!」
 よろめいた牛若丸の剣を弾き飛ばすところで勝負はついた。
「………………」
 お互いに息が上がってしまっていて、言葉が出ない。
 草原にへたり込んだ望美はまだまだ体力が完全回復していないと思い知るのであった。
「お前……本当に剣が使えたんだな……」
「嘘だと思ってたの?」
「いいや、だがまさかここまで上手いとは思わなかった。とはいえ、俺の基準など当てにはならないかもしれないが」
 確かに、望美自身も驚いていた。子供相手とは言え、自分だってこちらの世界に来るまで剣の柄すら握ったことがなかったのに、今はこうして他人に教えるまでになっているのだ。
 それが嬉しいことなのか……判断はつきかねるものだが。確実に仲間を助けられるのなら、やはり喜ぶべきだろう。
「改めて頼む。どうか、俺に剣を教えてくれ。……いや、教えて欲しい」
 九郎は剣をしまうと、望美に向かって頭を下げた。最初は戸惑い、ポカンと口を開けてしまった望美も、慌てて条件をつけながら頷いた。
「……先生がここに来るまでなら、私が先生の代わりを務めるよ。先生が来たら、そのときはお役御免だよ」
 ぱぁっと牛若丸の表情が輝いた。
「それで構わない! よろしく頼む!」
 本来なら、一人の人間に教わるのが一番いいはずだ。それぞれクセや教え方なんかも違うはずだから。しかし、一応望美も先生に教えを受けた。だから、先生が望美に教えてくれたこと、それを牛若丸に伝えればいい。
 そう、心に決めて、望美は剣をしまった。
 唾がカチャリと音を立てたのを聞き、望美の胸に懐かしさがこみ上げる。少しだけ哀惜の念が沸くが、今出来ることは胸の痛みを抑えることだけ。この音をもっとたくさん聴かなければならない世界に、もう一度戻ることが出来るのだろうかという不安は、頭の中から追いやった。






   20060117  七夜月

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