邂逅 5



 先生がくるまで、あとどのくらいあるのだろうか。
 けど、先生がきてから…どうすればいいんだろう。なんて説明すれば先生に伝わるんだろうか。
 最近、そんなことばかりが頭をよぎる。
 このままここにいていいのだろうか? 何か他に、元の時空に戻る道を探すべきではないのだろうか?
 白龍の逆鱗は持っているものの、あの日から一向に元の世界に戻る予兆を表さない。望美の願いに呼応してくれないのだ。
 もしやこのままこの時空で暮らさなければならないんじゃ……と、そんな考えが浮かぶが、それはそれでものすごく困った事になる。
 先生が帰ってくれば何もかも解決するような気がしていたが、もしも先生がダメだったら、本当にどうしたらいいんだろうか。
「何か考え事か?」
 洞穴の外でひっそりと月を見ていた望美の元に、九郎がやってきた。
 どうやら懲りもせず、また抜け出してきたらしい。
「うん、少し。仲間の皆はどうしてるかなって思って」
「仲間がいたのか?」
 席を少しだけずらして、隣に牛若丸が座れるようにと空けた。一瞬の躊躇いの後、牛若丸は望美の隣に座った。いつもだったら自分が見上げる位置にいるのに、今はその逆だった。
「うん、私一人が途中ではぐれちゃったようなものだから、みんな心配してるんじゃないかと思って」
「仲間はどこにいるんだ? お前の仲間なら、強いんだろうな」
「うん、すごく強いよ。でもここよりもずっとずっと遠い場所にいるんだ。だからすぐには会えないけど、きっといつか会えるよ」
「そうか、会えるといいな」
 希望に満ちた目で、牛若丸は笑った。最近この笑顔を良く見る。きっと心を許してくれた証なんだとは思うけれど、笑顔が九郎を思い起こさせて、望美は嬉しさの反面切なくなることがしばしばだった。
 彼は今、どうしているだろう。ちゃんと、お兄さんのために頑張っているのだろうか。望美はふと、尋ねたくなって牛若丸に聞いた。
「ねぇ、どうして貴方は剣を習いたいの?」
 少し悩んでいた末、牛若丸は口を開いた。
「何故だろうな、でもそうしなければいけない気がするんだ。いつか来るその日のために、俺は常に腕を磨いていなければいけないような、そんな気が。そのためには、弱いままじゃいけない。強くならなきゃいけないんだ。じゃなければ、母上にも兄上たちにも申し訳ない」
「お兄さんに会ったことあるの?」
「いや、無い。けど、兄上も同じ気持ちだと、俺は信じている。こんな戦ばかりではない、誰もが笑って暮らせるような平穏な世界がいつか訪れることを願っていると」
 キラキラと光る牛若丸の目。必ず実現すると信じているのか、そこに不安も迷いも感じられない。
 どこまでも真っ直ぐな感情に眩しさを覚えて、望美は静かに瞳を伏せた。
「そっか……すごいね」
「俺の記憶はあやふやだから、断言はできないけど。それでも、夢見ることくらいは許されるだろう」
 あやふやでもこんな小さな頃から、ぼんやりとではあるが九郎は兄と天下統一を夢見ていたのだ。こんなに心が大きな人であるのに、なのに望美はあれしきのことでその人をぞんざいに扱ってしまった。改めて後悔の念が沸き起こる。そして、自己中心的すぎる自分の態度に穴があったら入りたいくらい恥ずかしくなった。
「どうした? 元気が無いぞ。仲間が恋しいのか?」
「仲間が恋しいって言うか……」
 もう一度、成長した九郎ときちんと話したかった。会って謝りたいと思った。こんなことなら、素直に自分の感情を認めてしまえばよかったのだ。
「逢いたい人がいるの。会って謝りたい」
「謝らねばならないようなことをしたのか?」
「うん、私が馬鹿だったから。何も悪くないその人を、傷付けてちゃったの。強い人だけど、仲間を大事にする人だから、意外に気にしてそうだし」
 ……仲間が傷つくのを良しとしない人だから、きっと自分を責めている。九郎さんは何も悪くないのに、私があんなまるで九郎さんが悪いことをしたみたいな態度を取ったから。
「そうか、お前もその人に逢えるといいな。会って謝れば、きっと気分が晴れる」
「うん」
 無邪気な牛若丸の言葉に少しだけ元気を取り戻した望美は、ようやく本来の笑顔を浮かべて頷いた。
 会ったら開口一番にごめんなさいと告げよう。許してくれるまで時間はかかっても、もう二度と馬鹿みたいに嫉妬なんかしないように、ずっと謝ろう。それでもダメなら、この気持ちを心の奥底に沈めて、せめて彼が望むままの形でありたいから。
 そのとき突然、周囲の空気が変化したのを望美は敏感に感じ取った。





   20060118  七夜月

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