邂逅 6 「この感じ……殺気? 九郎さん、危ないから下がってて!」 牛若丸を背に庇い望美は周辺をくまなく探る。九郎と呼んでしまっている事にも気付いていない。 「俺も男だ、戦える! 女人にだけ戦わせるわけにはいかない!」 「ダメだよ、私は貴方をここで傷付けさせるわけにはいかないから」 刀を構えた牛若丸を尻目に、望美も自らの刀を構える。がさっと茂みが動く音がした。 「後ろ!?」 牛若丸を突き飛ばすと、いきなり振り下ろされた刀をなんとか刀の腹で受け止めた。 「この時代に怨霊? まさかどうして……!」 それは、望美がこの世界に来る前まで、戦っていた怨霊だった。 「九郎さん、逃げて!」 「お前だけ置いて逃げられるか!」 未だに九郎は剣を構えていたが、自分が足手まといになることは悔しいながらも理解したらしい。無理やり怨霊を斬りつけようとしたりはしなかった。だが、望美が傷付けられそうになったらすぐにも剣を振るえるようにと、構えだけは解かない。 「でも、相手は人間じゃないんだよ!」 会話をしているときも容赦なく刀が振り下ろされて、望美は防戦一方だった。なんとかしなくちゃと頭を働かせる。ここで戦えるのは望美だけだ。牛若丸には指一本触れさせはしない。 強い意志が刀身にこもる。内側から力が溢れてくるように、防戦ばかりだった望美は攻撃を仕掛けるまでになった。怨霊を倒すまであと少し。舞うように戦い、怪我のブランクさえも思わせないような素早い動き。 絶対私が、守ってみせる!そんな決意がにじみ出るほど、望美の気迫は並々ならぬものだった。 「はぁああああああ!!」 最後の一撃を加えて、怨霊の剣を弾き飛ばす。たじろいだ怨霊は剣がないことに、少しの間隙が出来てしまう。 そのチャンスを望美が逃すはずはなかった。 「かのものを封ぜよ!」 この言葉を最後に、怨霊の姿は跡形もなく消え去った。 「はぁ……はぁ……!」 「おい、大丈夫か!」 望美の戦いに圧倒されていたものの、助太刀が必要になったらと、臨戦態勢に入っていた牛若丸は、剣をしまうと慌てて望美に駆け寄る。荒い呼吸を繰り返している望美は頷くことが精一杯で、深呼吸して呼吸を整えた。 「今のはなんだったんだ? そしてあの光は……」 牛若丸の質問に望美が答えようとしたとき、ちりんとどこかで鈴の鳴る音が聞こえてきた。 ハッとして顔を上げた望美。 「この音……」 「音? 何も聞こえないぞ」 訝しげな牛若丸に、唐突に気付いた望美。 望美にだけ聞こえるこの音。きっとこれは……。 「元の時空に戻るんだ……」 ようやく望美がこの世界に留まっていた理由を知ることが出来た。あの怨霊を封印すること、それが白龍の神子としての使命だったから、だから望美の願いにも逆鱗は呼応してくれなかったのだ。だが、封印するべき相手はたった今望美が封印した。もう、この時空にいる理由は無い。 あの最初にあった結界も、もしかしたら無意識のうちに怨霊を近づけまいと何らかの龍神の力が働いたのかもしれない。望美が二度目に素通りできたのは、その力が神子を受け入れていたから。あれはこの時空でないものだけを阻むものだったのだろう。 謎が解ければ、簡単なものだった。そしてこれから起こることも、簡単に想像がつく。 「……どこかに行くのか?」 不安げに、尋ねられた言葉。この時望美は、初めて彼がまだ幼いということを思い出した。今まで見たことのない怨霊を見て、心細くなったのかもしれない。ついていてあげたい。何もかも話して安心するようにしてしまいたい。けれども、望美がここに留まることも、事実を話すことも出来ないのだ。九郎への言葉には頷き答えを示す。 「うん、みんなのところに帰らなくちゃ」 「そうか……まだお前の先生は来てないぞ」 何でもいいから引き止める材料を、九郎は探しているようだった。離れがたいと思ってくれているのは嬉しいけれど、未来で九郎や皆が待っているはずだ。心配もしているだろう。 だから、望美は帰らなければならない。望美の本当にいる時空はここではないのだから。 ゆっくりと横に首を振って、九郎の問いに否と答えた。 「もう、いいの。先生への用は済んだから」 元々、時空跳躍について相談しようとしてたのだから、帰れるのならばこの時空の先生に会う必要は無い。もしかしたら、会ってはいけないのかもしれない。それは大きく歴史を変えることになるから。 淡い光が望美を包み込んだ。 「また、逢えるか?」 本能的にお別れだというのが牛若丸にもわかったらしい。 いつにもまして神妙な顔つきで望美の事を見つめている。 少しは悲しんでくれているのだということが、望美にも解ったからこそ、笑って安心するようにと告げる。会える事を知っているから、自然と微笑むことが出来た。今よりもずっと先の未来で一緒に戦うことになるから。 「また、逢えるよ。絶対! 私が保証する」 「お前はいつも、根拠が無いくせに保証するな」 呆れたようなその言葉に、望美は言い返す。 「失礼ね、根拠なんか無くったって、私たちが出会うのは事実だよ」 「何で解る?」 改めて説明しなければならないとなると、結構難しいものだ。未来から来たことは、やはり伏せておくべきだろうし。何と言ったらいいものか。 ………そうだ、一つだけ嘘ではない真実の言葉がある。 「それは……私が貴方に会いたいと思ってるから。貴方は違うの?」 「変な理屈だな」 牛若丸はそれには答えなかった。けれど、望美にも解っていたのだ。解っていて、答えないだろうことも知っていて、あえて尋ねてみた。 案の定、答えはもらえなかったけれど。 「待っていろ、次に逢うときはお前よりもずっと強くなってるからな!」 「うん、楽しみにしてる。それで、今度は貴方が私に稽古をつけてね」 「ああ!そして、今度こそ俺がお前を守ってやる!」 「ありがとう」 そう告げたが最後、望美の身体はスーッと透けて、牛若丸の目の前から消えていった。 本当に、不思議な女性だったと、牛若丸は何も無くなったその一点を見続けていた。 「そういえば」 ふと思い出したように、牛若丸は呟いた。 「あいつの名前、聞いてなかったな……」 笑顔の綺麗な人物だったと、心密かに思いながら、胸に刺さる痛みを必死になってこらえていた。 約束をした。だからきっと、また会える。 いつか再び出会える運命を信じて、牛若丸はその地を後にした。 約束を守って、今よりずっと、強くなるために……。 → 20060119 七夜月 |