龍神温泉パニック☆1 (ギャグとして少々下品なネタ等がございます。お読みの際はご注意ください) 「良いお湯だったわね、望美。十分温まれたし、疲れもとれたんじゃないかしら?」 「うんっ、ホント良いお湯だったよ」 弁慶が紹介してくれた温泉に今日も今日とて浸かっていた望美は朔とおしゃべりをしながら露天風呂から上がった。山奥の秘境とも呼べるこの場所ではのんびりとしながら温泉に入れるため、望美もとてもお気に入りだ。 ただ宿は別の場所にあるためこのまま新たに着替えて、というわけにはいかない。途中怨霊に出会うかもしれないと解っていて、軽装備で居られるはずも無く、身体をよく拭いてから望美は着ていた戦装束に手を伸ばした。 が。 「………あれ? あれ?」 ごそごそと戦装束を振ったり逆さまにしたが、目当てのものは一切出てこなかった。 「無い! 何で!?」 望美は恐慌状態に陥ったように、他の自分が持っていた荷物も漁るが、何処にも無い。 「嘘でしょ……ちょっと待ってよ……」 望美の顔からサーッと血の気が引く。 「望美? どうかしたの? 早く服を着ないと風邪を引くわよ?」 「へッ!? う、うん! 着るよ! 着る着る!! 着ますとも!!」 朔に呼ばれて望美は衣服を着用した。 ただ一つを除いて。 「何処いっちゃったの? 私のブラぁあ〜〜〜」 ブラジャー紛失と言う名の乙女的世界の危機にも匹敵する大事件の幕開けであった。 「お待たせしました、少し遅くなってしまったかしら。ごめんなさいね」 朔が先に出て男性諸君に遅刻の挨拶を申し出る。 「いいよ、花の乙女のお風呂が長いのは見目麗しさを磨いてオレたちを楽しませてくれるためだって、ちゃんとわかってるつもりだからね」 それに答えるのはいつもの通り決まっている。ヒノエが朔に近付きウィンクを飛ばしている隙を狙い、望美はササーッとヒノエを避けるように白龍の元へと急いだ。 「姫君? どうかしたかい?」 避けられたことで、ヒノエはきょとんとしている。 胸元を押さえ込みながら白龍の後ろへと非難した望美はそこから奇異な目で望美を見ている八葉たちを一瞥した。 「何でもないから。それより、聞きたいことがあるんだけど、まさかとは思うんだけど、私の荷物の中身がそっちに紛れてたりしないよね?」 「先輩の荷物ですか? いえ、俺の方には紛れてないですが」 譲の答えに、他の八葉たちも顔を見合わせて、同意というように頷く。 「そう、じゃあいいんだけど。それでね、お願いがあるの。今日は悪いけど一番後ろを歩きたい気分だから絶対に後ろを振り向かずにみんな先に行ってくれないかな?」 「はぁ? 何を言ってるんだお前は」 九郎が首を傾げて望美に近付くと、望美は顔を真っ赤にして白龍を盾にした。 「わー!わー! ダメダメこれ以上こっち来ないで半径一メートル以内立ち入り禁止!」 「いちめーとる?」 「要するに、近付くなって事だろ? まぁ好きにさせてやろうぜ。コイツのやることは昔から意味不明だからな」 訳がわからんという九郎の肩に手を置いて、将臣は首をすくめた。 「意義アリ!それはちょっと酷いよ将臣くん。でも今は理由を説明できないから甘んじてその不当な捏造過去を受け入れるよ」 「けど兄さん……!」 「放っておけよ。放っておいてほしいって言ってんだからさ」 食い下がる弟の発言さえも見事に退けた将臣は頭の後ろで腕を組みながら我先にと歩き出した。 「まあ、君がそういうのでしたら大人しく従いましょう。ただ、具合が悪いのであればすぐに言ってくださいね。僕は薬師で君たちの体調管理も仕事のひとつなんですから」 「はい、ありがとうございます。すいません」 弁慶からも声をかけてもらい、望美はなんだか妙に心配かけてしまったことに申し訳ない思いでいっぱいになったが、さすがにブラをなくしたことまで公言できない。ここは一つ、自分の心を鬼にして、何とか現在の状況を打破しなければ。 「そ、それじゃあ白龍、先に行ってくれる? 後から追いかけるから」 「うん、解ったよ。それが神子の望みなら」 白龍はくるんとしたつぶらな瞳で望美を見上げると、ほんわかした笑顔で頷いてくれた。そのキュートな笑顔に思わず抱きしめたくなる望美だが、いかんせん、ブラが頭を離れない。 自主規制自主規制と少し危ない呪文を心で唱えながら、先に進んでる八葉たちのあとを追って、望美も歩き出した。 「しかしこの森…夕方ともなると他より暗く感じて何か出そうで怖いですね」 突然そう言い出したのは譲だ。望美はビクッとして譲を見る。 「いきなりどうしたの? 譲くん。これは私に対する挑戦とでも受け取っていいの?」 いきなりそんなこといわれたらいつもなら「や〜ん怖い」とかぶりっ子ボイスで白龍に抱きついて「神子、怖くないよ。私がいつも神子の傍に居るから」と慰めてもらうであろう所なのに(その場合、将臣に鼻で笑われることは確実だが)、現時点ではそれも出来ない。 「え? 挑戦って。俺は別にそんなつもりじゃないですよ。ただ。セミの声とか聞いてると以前祖母が言っていたことを思い出して。山の中には妖怪の類も居るって言うらしいじゃないですか。キーキー啼きながら猫のように三角の大きな耳をつけた猿に似た妖怪とか」 「や、やだなぁ、譲くん。変なこと言わないでよ」 譲に言われて途端に望美の中で、警鐘が鳴り出す。その手の話題は得意というわけでは無いし、第一今は白龍はおろか誰にも抱きつけないのだ。胸元できつく握っている戦装束をより強く掴むくらいしか出来ない。 「なんだ、怖いのか? あれだけ容赦なく怨霊を斬っていく奴が」 「わーわーわーーわ!ストップ、絶対振り返らないでくださいね!絶対!」 九郎がからかいげに振り返ろうとしたところを、気配で察知した望美は慌てて止めた。 一番知られたくない相手にこんな醜態を犯している事がバレた日にはもう、お嫁どころか二度と男の人とお付き合いできない。 「それくらい解っている」 望美があまりにも拒否したせいか、九郎の声音はブスッとしていた。 「あーほら、喧嘩しないで二人とも〜」 後ろを振り向くなと厳密な命令を忠実にこなす戦奉行の景時は、自分より前を歩いている九郎にそう告げた。が、九郎のご機嫌がそれくらいで直るはずもなく、早歩きになり一人ザカザカと歩き始めた。 いつもならここで負けるもんかと早歩きを始めるであろう望美も今度ばかりは九郎の後姿を見送る形となる。 あーあ、後でまた謝らなくちゃとこっそり望美は心で溜息をついた。 「仕方ありませんね。九郎は少々子供ぽいところがありますから」 弁慶の苦笑に、望美も「そうですね」と庇うこともなくそう言って早く追いつくように少しだけ歩行速度を上げると、速度を上げる間もなく九郎にはすぐに追いついた。 というよりも、九郎はそこで立ち止まって一点を凝視していた。 「九郎、どうしました?」 弁慶の言葉に答えるように、九郎は太刀を抜くと、鋭い眼をして眼前を見据える。 「怨霊……? いや、妖怪なのか?……どちらにせよ、こちらに敵意を持っているようだ」 夕日をバックに現れたのは、遠目で解りにくいが集団の猿たちだ。しかもその一番前にいるボス猿らしき猿は奇抜な形態をしていた。 そう、まるで譲が先ほど言っていたように、猿の形をして三角の巨大な耳がもう一組頭に……。 「ホワッツ!!??」
望美には解った。あの形、あのシルエット、絶対間違いない。アレは望美のブラだ。 20060714 七夜月 |