私だけの居場所 前編 昨日来た海、私は今日もこの海にきていた。 『貴族っぽい女と歩いていったよ。きっとあっちが本命だろうね』 『お前には関係ない』 耐えられると思ってた。だって昨日何度も何度も頭を悩ませて、自分が納得する形で結論を出したのだから。 でも、それでも。 『だからっ……お前には関係ない!』 2度も同じ言葉を聞くハメになるとは思いもしなかった。 仲間としても、関係ない。認めてもらえてると思ってたのに、望美の思いは最初から一方通行だったのだ。 死んで欲しくないと願って運命を塗り替えて来たけど、全部が私の自惚れ。 そんな自分勝手な思いだったんだから、九郎を責めることは出来ない。 だけど。 「辛い……!」 海辺の潮風に吹かれながら、望美は浮かびそうな涙を必死になってこらえた。 「望美、今日の予定だが、もう一日休みを貰ってもいいか?」 「え? はい、それは……構いませんけど、どこかに行くんですか?」 「あ、ああ。兄上のところに、少しな」 昨日の今日だ。何だか顔を合わせにくいなと感じていた望美はぎこちない笑顔を浮かべながら九郎を見上げた。 「それで、どのくらい時間がかかるか把握しきれないから、今日は俺抜きで頼む」 「八葉は、八葉が揃ってこそだよ」 話が聞こえたのだろう。戸口にやってきた白龍がそう告げると、一緒に居た朔もまた頷くように口を開いた。 「そうね、龍脈が穢されているせいで白龍も望美も力を使いきれていないし、今日もおやすみにしましょう。準備も戦力も万全の方がいいと思うわ」 「しかし……こうしている間にも穢れが広がっているんだろう? そんなゆっくりしてていいのか?」 九郎は自分が抜けることに対しては罪悪感があるのかあまり強くは言わなかったが、それでもなかなか頷こうとはしない。鎌倉が心配な気持ちは望美にもわかった。 きっと、九郎の恋人がこの鎌倉にいるせいなんだろう。鎌倉を穢れから解き放ち、そしてその恋人が少しでも危険から離れられることを願っているんだ。ともなれば、望美も覚悟を決めた。 「そうだよ、朔。私たちだけでなんとかしようよ」 「貴方がそういうならそれでもいいけれど……。もしも怨霊がこの鎌倉の龍脈から力を得ているのなら、幾ら私たちが全員かかったとしても、勝てる相手かどうかは遭って見なくては解らないでしょう? だったらやはり万全は期したほうがいいと思うの。兄上も、鎌倉殿に呼ばれているようだったし、戦力が大きく欠けるのは少し考えた方がいいわ」 「そうか……それもそうだな。わかった、では明日にでもまた怪異の原因を調べよう」 「あ、九郎さん!」 立ち去りかけた九郎に思わず声を上げてしまった望美は言うべき言葉が見つからずに、それでも何とか笑顔を浮かべた。 「あの、頼朝さんに用事って……」 言いかけた望美の言葉を遮るようにして、顔を赤らめた九郎は口を開いた。 「お前には……関係ない! 余計なことは詮索するな!」 まただ。 また突き放された。望美の気持ちが隣に居た朔にも伝わったのか、ムッとしたように朔は九郎ににじり寄る。 「九郎殿、幾らなんでもそんな言い方……!」 「いいの、朔。ごめんなさい……気をつけて」 詰め寄る朔をとめて、望美は九郎に背を向けると挨拶を交わした。 九郎が出て行くのを見送ることもなく自らの部屋に戻り、しばらくして望美もまた誰にも言わずにこっそりと抜け出し、昨日と同じ海へと向かった。 九郎のあの態度は鈍い望美にもわかってしまった。 顔を赤らめて関係ないといっていた。きっと、頼朝に会うのは口実で、例の恋人に会いにいったんだろう。 確かに九郎の恋人のことは望美の関与するべきことではない。だからこそこれからきちんとした仲間になっていこうと思っていた。 けれど、何度も何度も拒絶されたら、さすがに元気なんかでない。 ぐるぐると、終着点を知らないように思考が同じ場所を行き来する。せっかく昨日覚悟を決めたというのにこの悩み通しな自分に嫌気が差すものだった。 もう日も暮れて夜になるというのに、一体なんでこんなことばかりしか考えられないのだろう。寒くなってきたし、きっとみんなも心配するから帰ろう。 望美は立ち上がり腰についた砂を払う、すると遠くの方で嫌な気配を感じた。 直後に聞こえてきた悲鳴。望美は怨霊の出現を確信して、全力で走り出した。浜から大して離れていない場所で、小さな女の子が腰を抜かして倒れている。やはりそのすぐ近くには、怨霊がいた。今にもその女の子に襲い掛かろうとしている。言葉にしてもダメなのは解っている。望美は剣で無理やり間合いを作り女の子と怨霊の間に入り込むと、怨霊に対して牽制をかけた。ひゅっと空気を切る剣先。怨霊は牽制に少したじろぎ一歩後退する。 「あなたの相手は、私がする」 女の子はギュッと目を瞑ったまま開こうとしない。きっと、逃げようとしても腰が立たないのだろう。強い斬撃を刀の腹でなんとか流す。そうして、望美は女の子を背に庇うようにしてなんとか怨霊の攻撃を防いでいた。 だが、望美とて修行を積んだ武士の端くれだ。少しずつ切り込みを加えて着実に怨霊にダメージを与えていく。動きが鈍くなった怨霊にチャンスとばかりに望美は封印を叫んだ。 「めぐれ天の声! 響け地の声!」 その時怨霊は、最後の足掻きと言わんばかりに、自分が持っていた剣を倒れている女の子に向けて投げた。 「危ないッ!」 女の子を抱きしめて庇った望美の腕にかすったその剣。軽い痛みが望美に襲ったが、封印するのに支障ない。 「かのものを封ぜよ!」 声を張り上げ精一杯言うと、怨霊は叫び声虚しく消えていった。それこそが、浄化された証。 「大丈夫だった?」 心配になって胸に庇っていた少女の顔を見つめる。少女の顔には恐怖ではなく、安堵が滲み出ていて望美もホッとした。 「うん、ありがとうおねえちゃん! でもおねえちゃんも大丈夫?」 「私は平気だよ」 実際、腕の傷を見てみても、紙で切ったくらい浅いし、小さい傷だ。これなら弁慶に見てもらわずとも自然治癒で何とかなる。心配はかけたくないから、丁度良かった。 「お家はどこかな、送っていくよ」 「うん! ありがとう!」 小さな女の子と手を繋いだ望美は、その子の家を目指して浜を後にした。 → 20070228 七夜月 |