【壱】 チモ見沢。人口200人にも満たない、小さな村。 道を歩けば見知らぬ人でも挨拶するような気さくな住人で典型的な田舎。そこに先日、敦盛は引っ越してきた。 病気がちな彼は入退院を繰り返し、今年19歳であるにも関わらず、高校2年生だ。彼がこの地にやってきた理由としては、親の転勤に加え、静養を目的としてである。このチモ見沢は素晴らしい気候で、空気はおいしく、また水もきれいときた。まさに静養地にはうってつけなのである。 きっちりと夏服の学ランを身に纏った敦盛は、鏡の自分でどこかおかしいところがないかチェックしてから、階下に降りる。 「それじゃあ、今日も行って参ります、父上母上」 「ええ、ただでさえ貴方は鈍くさいのですから、十分に気をつけなさい。ああ、この私が作ったお弁当を忘れないように」 敦盛はお弁当を渡されてニコリと微笑むと、静かに玄関のドアを開けた。 太陽がサンサンと敦盛の身体を容赦なく照らす。そんな光にクラッと眩暈が起きぬ訳でもなかったが、夏ともなればこの暑さも仕方ないというもの。 もうすぐ夏休みが始まるし、あと少しの辛抱だと自分を励まして、敦盛は歩き出した。 「あー! 敦盛さぁん! こっちですー!」 敦盛が家を出て竹林を抜けると、いつも地蔵の前で待っている春日望美が敦盛を見つけて手を大きく振った。 「おはようございますっ、敦盛さん!」 「おはよう、神子」 「やだなぁ、敦盛さん。またその名前で呼んでる。私の名前は神子なんかじゃなくて、望美ですってば」 ニコニコと邪気のない微笑で笑いかける望美に、敦盛はすまないと苦笑した。以前本で読んだ某龍神の神子様に、望美がそっくりで、ついそう呼んでしまうのだ。 「でも、敦盛さんがそう呼びたいなら、それでいいですよ」 「あ、ああ……本当にすまない」 敦盛の顔を覗きこんだ望美は仕方ないなぁと言いたげに苦笑した。 「あら、望美に敦盛殿。もう来ていたのね。待たせてしまったかしら?」 「ううん、大丈夫だよ朔」 敦盛とは別の方向からやってきたのは梶原朔。彼女は望美とはまた別な優雅な微笑を浮かべて、敦盛と望美を交互に見た。 「遅刻しては大変だものね、さあ、行きましょうか」 そうして三人は学校へと向かった。 【壱】 了 【弐】 20060814 七夜月
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