【弐】 この村の学校は子供の人数も少ないせいか、小学生から高校生まで皆一緒くたで勉強をしている。ついでに言えば、学級も一つしかない。理由は街の分校まで遠いのと、村民がこの学校を選んだせいだ。 皆この学校を楽しんでいる。ならばその楽しみをわざわざとることもあるまいと、親世代一丸となって決めたのである。 制服も様々で、敦盛と同じように転校してきた望美はセーラー服。元々この村の住人である朔はブレザーだ。 とはいえ、学校側は実はそんなに服装に拘っておらず、学校にきちんと制服着用するのは彼らの趣味とも言える。公私の区別をつけるのにも、制服というのは一役買っているのだった。 三人は喋りながら歩き、いつも通りに学校に辿り着いた。木製校舎で建てつけも悪い。幾ら頑張って訴え続けても、老朽化にはさすがに勝てない、正直言えばこの学校が封鎖されるのも時間の問題といえよう。 「おはよう、みんな!」 「おはようございます」 朔と望美が先に入り、敦盛がその後に続こうとすると上からポスッという音が聞こえてきて、舞い上がった白い粉塵に敦盛は見事な咳を繰り返した。 「ごほっごほごほ!」 「あーはっはっは! 引っかかったなぁ、敦盛!」 「おはようございます、敦盛くん」 「ヒノエ……弁慶殿も……」 そこには学友?とも呼べるヒノエ(ミニマム:推定10歳)と弁慶(鬼若仕様:推定16歳)が居た。ヒノエは何かにつけてこうして敦盛にちょっかいをかけてきて、弁慶はそれを無理にとめようとはしない。きっと、結局はヒノエと一緒に弁慶も敦盛をからかうことを楽しんでいるのだろう。 そう、今日のように自分が上から降ってきた黒板消しによりチョークの粉だらけになる姿を見るとか。 「お前ホントトロイ奴だな」 「……自覚はしている」 ヒノエの言い分はもっともなので、特にヒノエを責めることなく敦盛は項垂れた。こればかりは性格なのでなかなか直らないのが、最近のもっぱらの悩みである。 「敦盛くん、大丈夫ですか?汚れが落ちなくなる前に、ジャージに着替えてきた方がいいですよ」 弁慶の言葉に頷くと、水道で濡らしてきたのだろう。望美が濡れたハンカチをもって敦盛の髪に触れた。 「敦盛さん!大丈夫?」 「ああ、平気だ。すまない」 「ヒノエ殿、今日はまた随分手の込んだ悪戯ね」 望美はハンカチで敦盛の身体を拭きながら、ギロッとヒノエを睨んだ。朔は涼しい顔してそれを見ている。 「もーヒノエくん! なんでこういうことばかりするかなー? 転校生なんだよ、敦盛さんは! 解らないことも多いんだから優しくしてあげなきゃダメじゃない!」 「だってさー避けられないそいつが悪いんだろ〜?」 望美に怒られたせいか、少し不機嫌になってヒノエは小さく毒づいた。 「神子、私は大丈夫だ。ジャージに着替えてくるので、先生にそういっておいてはもらえないだろうか」 「それは勿論です」 敦盛はいつもの喧嘩が始まる前にと、教室を出て、頭についてしまったチョークの粉を洗面台の蛇口で頭から水をかぶって落とした。本当は風邪一つだって侮れない身体なのだが、今日はタオルもきちんと持ってきているし、きっと拭けばこの暑さですぐにも乾くだろう。さすがに身体まで洗うことは出来ないので、絞ったタオルでチョークが直接肌についてしまったところは拭いて、他は着替えて済ませた。 鏡に映った自分の頭が白くなってないことを確認してから、敦盛は教室へと戻る。 「おう、戻ってきたな。敦盛、お前扇流しのお祭りって知ってるか? 今度の日曜にあるんだ」 「扇流し?」 得意げにそういったヒノエに、敦盛は首を傾げる。 初めて聞く名前だ。 「このチモ見沢で毎年行われてる祭りだよ。よくある話だけど、紙で作った扇を川に流して、その年の穢れを扇に乗せて運んでしまうって奴さ。別名チモ流し」 「なるほど、そういった祭りがあるのか……」 お祭りは敦盛も知っていたが、今まで出たことがあるのは小さい頃に一度きりだ。病弱であまり外を出歩けなかった敦盛は無論人混みも得意ではなく、その一度きりのときに倒れて以来自粛していた。一緒に出かけた人間に迷惑がかかってしまうのは嫌だった。 「お前も体調が良かったら一緒に行こうぜ。オレが案内してやるよ」 「ああ、そのときは頼む」 この頃、こちらに引っ越してきてから、確かに体調はすこぶる良い。元々都内に住んでいたのだが、この間敦盛はかなり大きい手術をして、危うくではあったものの成功した。だが、環境が身体に良くないということもあり、術後の休息も兼ねてこちらのチモ見沢までやってきた。 「ところでヒノエ。他の三人はどこに行ったんだ?」 「ん? なんか先生に呼ばれてったぜ。オレはお前が帰ってきたときに一人で泣かないように残ってやったんだ」 「は、はあ……それは有難う……と、言うべきなのか?」 「トーゼン!」 「こら、ヒノエ! お前も呼んだだろうが! 何をサボってる!」 ガラッとドアが開き入ってきたのは、このクラスを統括している担任の先生、源九郎。 「敦盛、体調はどうだ? このバカが水をかけたそうだな」 ぐりぐりぐりぐりとヒノエの脳天に拳を突きつけながら九郎がそう尋ねると、敦盛は困ったように笑いながら「大丈夫です」と答える。それがヒノエには不満だったらしい。 「いででっ! おい敦盛! 何笑ってんだ! 助けろ!」 「自業自得だ、馬鹿者!」 九郎先生に引きずられて、ヒノエは喚きながら姿を消してしまった。自分の席について空を見上げてふと唇の端が持ち上がる。 「お祭り、か……いければいいな」 久々のお祭り。体調が良くなってから、でかけていなかったこともそうであるが、最近つるんでいるここの仲間たちとでかけられるかもしれないというのが、とても楽しみだった。優しく最初に声をかけてくれたのは望美。次にそっけないけれど何かと気を使ってくれるのが朔。そしてヒノエは敦盛を病人扱いせずにいつでも友達付き合いしてくれて、弁慶はさり気なく助けてくれる。 ここの皆が敦盛は好きだった。年が他の子よりも上であることを気にもせずに接してくれる、良い友達。 日曜日に晴れて、自分の体調がよくなることを、願うばかりである。 【弐】 了 【参】 20060814 七夜月
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