【四】



「被害者って……なんのことだ?」
 望美に聞いてみようかと、さっきまで望美がいたところを見ると、そこに望美はいなかった。
「ねぇ、敦盛さん。さっき、景時さんがいたよね? 何の話をしていたの?」
 オクターブが下がった冷ややかな声が敦盛の耳をくすぐる。勢いよく振り返ると、いつの間に近付いていたのか、望美の姿がそこにあり、敦盛は驚いてしまう。気配も何もなく真後ろに立っていたのもそうだが、何より驚いたのが、望美の瞳だ。いつもみたいに優しい笑顔じゃなくて、据わった眼に微かだが瞳の色が赤く見える気がする。これはきっと夕日のせいだろうけれど、いつもとは見慣れない望美の姿に、敦盛は一歩下がった。
「敦盛さん、どうしたの?」
「いや、その……景時殿が言っていた被害者という言葉が気になって……。神子、お祭りで何か事件があったのか?」

「知らない」

 強い口調で望美はそういいきった。眼が細まる、だが、次に見たときはもういつもの敦盛が知っている望美の姿だった。眼も赤くないし、優しい笑顔を浮かべた。
「ごめんなさい、実は私も転校してきた人間だから、お祭りの事とかあんまり詳しくないんです。本当は案内してあげたかったんだけど……今回はヒノエくんや朔におまかせかな」
 てへへっと残念そうに笑った望美になんの違和感も無い。さっきのことは見間違いだったのかと思わせるほど、自然な望美だった。
 敦盛はホッとして胸をなでおろすと、そういえばあの狸はどうしたのかと望美に尋ねた。
「それが……上のものが重くて引っ張りだそうと思ったんですけど、もてるところが少なくて、今道具を取りに行こうと思ってたんです。敦盛さん、ちょっとあのポンタくんが取られないように見張っててくれませんか?」
「それくらい構わない。日が暮れる前に出してしまおう」
 取られる事はないだろうなとは思うけれども、気持ちは解るので頷いておく。それで望美も満足したらしい。
 元気良く道具を取りにいった望美との約束を守るために、敦盛は静かに歩み、狸の前に立った。すると、狸の脇に小さな週刊雑誌が落ちているのを見つける。拾い上げて暇つぶしにぱらぱらめくってみると、気になる題名を見つけた。
「『チモ見沢で今年もまた怪事件。一人は記憶喪失、もう一人は行方不明――』」
 どうやら事件が起きたのは今から3年前らしく発行年月日が三年前の雑誌だった。だが、敦盛が気になったのはその日付と、見出しの今年もまた、という文字だ。チモ祭りが行われたその日にまるでそれが、毎年行われているかのような書き様。一体どういうことなのだろうか。
「どういうことなんだ……?」
「あっつもりさぁ〜ん! お待たせしました〜!」
 ヒュッと風を切る音と共に、敦盛の真横を何かが横切った。
 シュルッシュルルルル。
「うわぁっ!」
 敦盛が驚いたのも当然で、いきなり黒い紐、どうやら鞭が狸の上に乗っている鉄柵に絡みついたのだから
「あ、ごめんなさい、驚かせちゃいました? っと、それより敦盛さん。こっちへ来て下さい。そこは危ないですよ」
 望美に言われるまでもなくそこは危険と判断した敦盛はゴミ山を這い上がって、さっき自分がやってきた出入り口までやってきていた。
「何故鞭なんだ?」
「え、だって引っ張れるものがあったほうがいいかなぁって思って。偶然見つけちゃったんで、ちょっとお借りしてきました」
 さて、と掛け声をかけて望美はその鞭を大きく引っ張ると、見事鉄柵は宙に浮き上がり、望美の見事なコントロールで狸の脇に叩きつけられた。その際、非常に宜しくない音が耳に響き渡り他のものが崩れ去ってくるのでは?と危機感を覚えないでもないなかったが、それも杞憂に終る。
「ポンタくんしゅつげ〜ん♪ お持ち帰りィ!」
 漫画であるならば目がハートになるであろうほど嬉しそうにゴミ山を降りていく望美を生暖かく見つめて、敦盛は苦笑した。
よほどあの狸が欲しかったらしい。狸の置物(間近で見たら有に1.5メートルはありそうだ)を小脇に抱えて、るんたるんたとスキップして戻ってきた望美は、ニコっと笑った。
「お仕事完了ッ! さ、敦盛さん帰りましょう!」
 ニコニコニコ。引きつり笑顔を敦盛も浮かべて、望美と一緒に帰路へと戻った。
 夕暮れはもう数分もすれば、完全に沈むだろう。夏の夜の涼しげな風が、二人の間に吹いた。

 

 【四】 了 【楽屋裏其の壱

【第一話 了】





    20060628  七夜月


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